第38話 追跡(その2)

 一心はこの日も對田建設の管理職に話を聞いていた。

管理職になると、社長派と専務派に概ね分かれているようだ。中には常務派などと言う部長もいたがホントかどうか疑問である。

 社長派の部課長は噂に聞く賄賂や接待女に疑問を呈し、専務派の部課長は営業の厳しさを社長は知らないと断言する。

「二重帳簿」という言葉に反応したのは経理部長だけであった。

しかし、その部長もその存在は認めない。

「もしそんなものがあったら不正経理をしているという事になるが、自分の知らないところでそんなことが出来るはずは無い」と、力強く断言した。


 一心が部課を移動している時に、また先日と同じ作業服を着た男女が一心の前を何やら話をしながら歩いている。「こんにちわ」と声を掛けるとまた逃げて行った。

ちらっとしか顔が見えないうえマスクをしていて誰かまでは分からなかった。

「待ってよ、話が訊きたいだけだから……何故、逃げるんだ?」

また、階段を駆け下りる。

前回は三階だったが、ここは七階! 勘弁してほしいが追わないわけにもいかない。

 ――参ったなぁ、これで地下まで走られたら、俺、もう歩けなくなるぜ……

ぶつくさ思っても実際逃走劇が始まっている。

階段の下りは楽そうに思えるが、そう楽ではない。一心も膝が笑って転がり落ちそうになり何度も手摺にしがみついた。

思った通りビルの地下駐車場から車で表通りへ逃げようとしている。

一心は既に息も絶え絶え……事務所に電話を入れる。

「おー俺だ、一助に對田建設からシルバーのワゴン車出たから追わせてくれ~、車番は分からんが若い男が運転して女性が助手席にいる。二人ともブルーの作業着を来ているんだ。あと帽子もブルー、黒縁の眼鏡は変装用かもしれん。……マスクしてた。追ってくれ、俺もう息上がってダメ! 動けない」

 ――いやぁ~体力落ちたなぁ……もうダメだ、吐きそうだ……

 

 

 一助は探偵事務所の屋上からバルドローンを操縦して舞い上がりスカイツリーへ向かって数分、目的地付近に到着する。

「一心! 一助だけど、今對田建設上空。どっち方面に向かったかわかる?」

ドローンのプロペラの音がかなり五月蠅いので一助は叫ぶように言う。

「おー、サンキュー新宿方面だわ」一心の苦しそうな声がイヤホンから聞こえる。

「おー、追ってみる……一心、どうした? 苦しそうだけど?」

「あ~、七階から階段で降りたら……息できん」

「ははは、歳だな……まぁゆっくり休め、あとは俺に任せろ」

バルドローンで地上百メートル位を飛んでいると、車はレゴの大きさ、人はマッチ棒に見える。

都心には百メートルを越えるビルなどがあるので、下ばかりを注意してもいられない上、空っ風が結構強いのでバランスを保つのも訓練が必要なのだ。

一助は五十メートルまで降下してシルバーの車を見つけては前から車内を望遠カメラで覗く。

……十五分程してスカイツリー駅から西に向いた道路で該当車を見つける。

「一心! いたみたい。車番は、品川五三〇わ三七八一だ。男女二人乗ってて青い作業着を確認できた」

「おー多分それ、追ってくれ」と、一心。

「大分息切れが治まったようだなぁ」と、一助は独りごちる。

 

 

一助はその車を上空から追ってゆく。一心のケータイと繋ぎっぱなしにして、通過地点を知らせる。

「ツリー駅前から首都高速へ向かってるみたいだぞ」

五分後。

「今、駒形から高速乗ったどうやら新宿方面へ向かってるみたいだぞ。やっぱり、前回と同じだな」

車は十分ほど高速を走る。渋滞もなく順調な走りだ。

「今、外苑から下りて一般道に入った」

一般道は今日も混んでいてのろのろ運転だ。そのペースで三十分ほど走った。

「あ~今、新宿駅の地下駐車場に入ったわ。一心どうする? 待機してるか? 戻る?」

上空から尾行するときの唯一の欠点と言っても良いだろう……地下に入られたらまったく追えない。

「じゃ、戻ってくれ」

「了解」

一助は空の旅を終わりにした。

 何回飛んでも空を独り占めしているようで気分は最高だ。百メートルまで上昇する。

 ――少し遠回りして帰るか……一時間程飛行したがバッテリーはまだまだ四分の一も使ってない……

遠くには羽田空港に発着する航空機も見えている。

今日は天気も良くって海が青くキラキラ輝いている。

 ――あ~ちょっと寒いが最高の気分だ……

 

 

 一心は一助から聞いた車両番号から都内のレンタカー取扱店に片っ端から電話を掛けて借主を確認するよう静に指示していた。

事務所に帰るとすでにレンタカーの借主が分かっていた。

 ――え~なんで彼らが? 何やってたんだ? ……

 

早速、彼らに電話を入れてみるが、……呼び出しているのに出ない。

会社に訊くと二人とも一週間の休みを取っていた。

……姿を消してしまった……。

 

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