第12話 焦りと事件

 ツカツカと音を立てながらレナは大理石で作られた廊下を足早に歩いていた。そばには学院の同級生、ではなく現職の探偵を数名連れて。


「それで、私の両親を殺した犯人はどんな人でしたか?」

「男でした。やせ型で身長は180cm程度、筋肉質ではありますが何か特別な訓練を受けているような人間ではありませんね」

「ということは、確実に誤認逮捕ではありませんか」

「ええ。まず間違いないでしょう」


 レナの質問に探偵は淡々と答えていく。今回レナが呼ばれることになったのは、両親の殺害犯が逮捕されたという内容だった。しかし、どう考えてもそれはあり得ない話であり、誤情報であることは間違いない。


 確信めいた何かを感じながら、レナは探偵の話を聞いて移動した。


「私の両親を殺したのは女性か、ひ弱な男性です。侵入経路すら不明であることを考えれば、身体能力はかなり高いことがわかります。つまり、男性であるはずがないんです」

「そして今回の仕業は、死神の仕事でもないということですね」

「ええ、死神は男性という説が濃厚でしたからね。そもそも、死神が犯人であれば、使用人を殺害するような無駄はしません。私がいながら、ふがいないことです」


 死神の暗殺であればもっとスマートに、無駄な殺生はしなかったというレナの推察。これまでに発覚している、確実に死神の仕事だと判明している事件だと、初めから、両親が寝る部屋に侵入して即座に殺害を行ったはずだ。


 レナは探偵からの話をもとにそこまで推察すると、手早く指示を出した。


「では、あなたは引き続き捜査をお願いします。必ず、殺害された使用人の方々の無念は晴らさなければなりません」

「あの、レナ様のご両親の無念は晴らさなくてもいいのですか?」

「私の両親は、確かに立派な人だったと思います。しかし、それと同時に自分の利益を出すために多少の犠牲をよしとするということを、繰り返し行ってきました。ですから、いつかこのような日が来ることはわかっていたはずです。それを、無念がある、不当だというのは、余りにも無駄な行為です。ですが、使用人の方々は生きるために私たちに仕えてくれました。その恩と庇護対象である彼女たちを守れなかった責はとるべきでしょう」


 レナにとって両親が殺されたことは、致し方のないことでしかなかった。権力者とは、すなわち庇護下にいる人間から搾取することで生きていいる人間であり、庇護下のもの全員を救えるわけでもないとわかっているからだ。そもそも、誰もかれもが救われる世界であれば、スラムなんて形成されないし、この城塞都市ももっと自由に生きていける場所なのだ。


 なまじ身分があり上下関係がしっかりと構築されてしまっているからこそ、自由は失われてしまっている。

 こんな状況で、上に立つ人間が、その才覚を示して生きている人間が、人から疎まれないはずがないんだ。そして、その報復を受ける覚悟もなく先導者となることは、自分に付いてくる人間への最大の侮辱だとレナは考えている。


「そうですか......それでは、これで失礼します」

「ええ、よろしくお願いしますね」


 少しだけ悲しそうな顔をした後、探偵はその場所を後にした。レナはその姿を見届けると、急いで留置所に向かうのであった。

 焦って誤認逮捕してしまったその男を助けるために。





「今回は、誠に申し訳ありませんでした。こちらのミスでこのような事態にしてしまい」

「ああ、わかってもらえたんだったらいいんだよ。それで、俺はいつになったら釈放されるんだ?」


 レナの到着により誤認逮捕された男はすぐさま釈放されたかに見えた。だが、残念ながら男はいまだに手錠を掛けられ、その手錠はロープにより幾重にもして壁に固定されていた。

 本来であればすぐさま釈放されるはずなのだが、ほかでもないレナの手によって男は釈放されないままだったのだ。


「一つ確認したいんですが、あなた方はどうしてこの男を逮捕したのですか?」

「は、はい。それは、この男があなたの家の周辺で不審な動きをしていたからです。そして調査したところ、アリバイもなければ身分を証明するものも所持していなかったので一応こちらに連れてきました。今では身元も判明しているのですが、どうにも発言がちぐはぐだったのです」

「そうですか」


 警備員と会話をしながらも、レナは興味深そうに男を観察していく。視線は男から固定して一切ずらすことなく、言葉をつづけた。


「それで、この男はどんな人間だったんですか?」

「それが、一応ですが支配階級のようです。身分証明する書類も全部揃っているのですが、身内が誰もいないので証明できる人間はいません」

「なるほど、書類上は問題ないのね」


 書類上はしっかりと統治層の男だと判明している。しかし、その情報があまりに信憑性がなくて、困っていたらしい。実際にこの男がその位の人間であれば、この男に尋問した人間の明日は真っ暗なのだが......


「少し書類を確認させていただけますか?」

「こちらになります」


 レナは渡された資料を軽く確認すると「やはりですか」と、一言こぼした。


「何か分かったのでしょうか?」

「ええ、私の判断は間違っていなかったようですね」


 自信満々にレナはそう言い放った。

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