第6話 とある大衆食堂の一角

「ふむ、この料理はなかなか面白いですね。しっかりと煮込まれていて、すごく口当たりがいいです。すぐに崩れて、その上しみ込んだお出汁が溢れてきます」


 大衆食堂の一角に、あまりに場違いな光景が広がっていた。

 輝くような金髪に、光をため込んだ紺碧の瞳。市民の見方である探偵の見習いを示す真っ白な制服に身を包み、上品に箸を進める少女がいた。学生の身分であるから成人すらしていない少女だと分かるが、その上品な所作と彼女の醸し出す雰囲気があまりに違うため、異世界が構築されていた。


 彼女がおいしそうに料理を口に運び、少し表情がほころぶだけで、周りはパッと明るく花が咲く姿を幻覚視した。


「しかし、やはりこういった場所では目立ってしまいますね......」


 少女、レナは自分が悪目立ちをしていることを自覚していた。レナが入店して以降、店内が微かに静かになったが、活気自体は取り戻されている。ただし、レナの周りを除いてだが。

 これ以上、自分の周りに客が来なければ店側に迷惑をかけてしまうので、レナはこの料理を堪能したら退室しようと思っていた。


 そこに、別の意味で注目を集める集団が訪れた。


「瀬名様、今日は何をお食べになられますか?」

「瀬名様、私はこの料理が食べたいっ!」

「瀬名様瀬名様、私とこの料理を分け合いませんか?一緒に食べれば、とてもおいしいですよ!」

「うん、わかったから一度席に着こうか。ごめんなさい、ウェイトレスさん、全員分のウーロン茶お願いしていいですかね。その後にでも、注文をお願いしますね」

「わかりましたぁ~~」


 男は三人の女性を連れてその食堂に入店してきた。慣れた手つきで女性たちの対応をして、彼らはレナの空いている席に腰かけた。


「すみません、少し騒がしいかもしれませんがお隣失礼しますね」

「あっ、えっと、はいっ!」

「ここって、誰も使用していないですよね?」

「え?ええ、大丈夫ですよ」


 まさか話しかけられると思っていなかったレナは、慌てて対応する。レナのそんな姿に少しだけ疑問符を浮かべながら、瀬名たちは空いている隣の席に腰かけた。


 さっきまで異世界が広がっていた空間は、異空間へと進化した。


「お隣失礼しまーーす!」

「「すみません、失礼しますね」」

「ごめんなさい」


 驚いたようにレナが対応するが、瀬名はレナの反応を横目に席についてメニューを広げた。四人で仲良く一つのメニューを見ていた。


 手短に自分が食べる料理を決めた瀬名は、三人が悩んでいる間に、興味深そうに店内を見渡す。そして、自分たちが注目されていることに気が付いた。


 三人も女を連れて入店すれば、それは視線を集めてしまうのは回避できなかった。そしてその三人が、高レベルともなれば、さらに話は変わってくる。


 レナも思わず見とれたほどの、圧倒的な完成した美がそこにはあった。慣れているように対応している瀬名が異常なのである。


「ねね、探偵見習さんはよくこのお店に来るの?」

「ふぇ?私ですか?」

「うんっ!」


 注文を終えて、四人で談笑していた所、唐突にシャーロットが隣の席に座るレナに話しかけた。食事を楽しみつつも、その四人の仲睦まじい姿をひっそりと観察していたレナは、慌てて返答をしてしまった。

 内心、観察していたのがばれないかドキドキである。


「いえその、私は初めてですね。ですが、このお店はあたりでした」

「だよね、皆がこんなに楽しそうにしててさ!絶対に料理もおいしいし、

この空気を作れる皆がすごいよね」

「ですよねっ!お料理だけではなく、誰もが平等の空間でこうして食卓を囲み、楽しそうに食事をするのは、やはりいいですよねっ!何より心が休まりますっ!」


 レナは普段、食事は一人で取るか家族と黙々と会話なく食べるだけである。社交界では立ち話をしながら食べることもあるが、そこは誰もが身分を気にして、腹に一物を抱えて話す場所だ。

 脅威度は大したことがないけれど、正直心休まる食事ではない。


 あっさりと意気投合した二人は、お互いにどんな大衆食堂が好きなのか。穴場スポットはあるのか。どんどんと話は盛り上がっていった。


 シャーロットの対人スキルは、時にアンやサツキの想像を超えていく。流石の二人も呆気なく取り入ったシャーロットに、驚愕の視線を向けていた。


「シャーロットは、相変わらず人の懐に入るのが上手ですね」

「ええ、見習わないといけませんね」

「え、俺には絶対に無理だけど。挑戦しようとする気概すらない」


 見習うのか、即座にあきらめるのか。無理をしないという方針では瀬名の意見に賛成しそうになるが、この男。必要最低限のコミュニケーションしかこなさない。




 シャーロットの話術は素晴らしいのか、先ほどまで少し暗い顔をしていたレナの表情は柔らかいものになっていた。二人が繰り広げる微笑ましい雰囲気に、大衆食堂の視線が改めて集まった。


 そこにはもう、一人浮いていた少女はいない。周りも楽しそうに会話を繰り広げる二人の様子に充てられ、どんどんテンションが盛り上がっていく。


 この日、この店では開店以来ずっと変わらなかった最高売り上げを大幅に更新することになったのだった。

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