第5話 とある探偵見習の少女

「レナ様!今日もお疲れ様です」

「ああ、レナ様は今日もお美しい」

「レナ様はいつも素晴らしい」

「ああ、いつかはレナ様と共にお話をしたいものだ」

「私たちとは、住む世界が根本的に違う」


 レナ・オーガストは、探偵学院で一番の有名人である。その理由はその圧倒的な美貌もさることながら、それ以上にその成績だ。文武両道で我が道を進むレナは、学力でも戦闘でも、学院の教師陣の数歩先を行く実力者である。


 もはや、『天才 レナ・オーガスト』はこの学院の物差しで測れるような人間ではなかった。教員側が彼女から指摘され、修正し学ぶということも少なくはなかった。


 名実ともに孤高の存在。それが、学院でのレナであった。


 そんなレナが、レナが学院に入学しているのはこの学院を卒業しなければ探偵になれないこと。もう一つは「死神」を探し打倒するための訓練期間を設けるためだ。


 レナはその才能に茣蓙をかくことなく、日夜修練を行っている。その修練の質・量ともに、並みの秀才では追いつくことさえ許されず、限られた一部の人間だけが、彼女の修練についていくことが許される。

 そんなストイックさも、彼女が学院で人気である理由の一つだった。


 そんなレナの前に立ちはだかる青年が一人。


「おい、レナ!」

「どうかしましたか、雄二」


 立ちはだかり、彼女に声をかけたのは雄二と呼ばれる青年だった。大柄ではないが、服の上からでも鍛えられた引き締まった肉体であることがよくわかる。その相貌はギラギラと輝き、一心にレナに注がれる。

 そんな視線をものともせず、レナはいつも通りに対処する。


「レナはこれから、また探偵のサポートに向かうのか?」

「ええ、それが今の私に求められている役割ですから。その責務を全うしなければなりません。雄二も、自分の訓練のみに専念するのではなく、その力を正しく使いなさい」

「はっ!この力は俺が自分のために身に着けたもので、その活用方法は自由なはずだっ!何より、弱者のために尽くすという精神が欠片も理解できねぇ」


 雄二は自分の力を誰かのために、弱者救済のために使用するレナのことが理解できなかった。彼にとって、力というのは自分の身を守り誇示し、示すためにあるものだ。徹頭徹尾、自分のために使用するべきものでしかなかった。

 真正面からレナに喧嘩を売る雄二を前に、それまで囃し立てていた周りの学友も黙り込んだ。


 雄二から放たれる殺気に、レナを除く誰もがピリついた首を撫でるような緊張感を感じた。


「安心なさい、あなたも私からすれば庇護対象です。その理解できないと宣言する行動の対象なのですよ」


 レナと雄二の実力差は、レナの反応を見れば明らかだ。雄二が全力で殺気をぶつけても、目の前で武器を抜き放とうと構えをとっても、レナの余裕の笑みは消えない。あまつさえ、「雄二も庇護するべき弱者だ」と宣言して見せた。


 それは、戦う気がないのではなく戦うに値しない……ということ。それがわかるからこそ、雄二は大きく体を震わせて、怒りを露わにした。


「チィッ!いつか絶対に、お前を超えてやる」

「その時はあなたの庇護下に入ることになるので、よろしくお願いしますね」

「糞がっ!」


 乱暴に壁を殴りつけて、雄二はその場を後にする。その姿を不思議そうに眺めながら、レナは一つ呟くのだった。


「急がなくては、事件現場に遅れてしまいますね」


 すでに、レナの頭の中から雄二の起こした一件は消去されているのであった。







 太陽が沈み始め、徐々に街灯がともり始める時間。一人の美少女が、哀愁漂う様子で、道を歩いていた。


「はぁ、結局事件現場にはギリギリでしたし、結局犯人逮捕にはなりませんでしたか。ですが、事件の犯人には目星がついているのですから、進展を待つしかありませんね」


 しかし困った......と、レナは一つため息をついた。犯人の目星がついているのに、その潜伏先も何も判明していないのだ。事件解決に一番手っ取り早い方法は、手当たり次第に犯罪組織を襲っていくことなんだが......それはそれで問題である。


 いつの時代、どこの世界にもグレーゾーンという存在が、上に立つものを支えてきたという事実は変わらない。それを知ってか知らずか、レナはある程度の悪が存在するのは仕方ないことだと割り切っている。


「しかし、どうしましょうか。このまま家に帰宅するには、歩いて帰ると少々遅い時間ですし。夕飯には確実に間に合いませんね」


 キョロキョロと目を光らせながら周囲の飲食店を見て回るレナ。生まれも育ちも超一流の彼女にとって、こうした一般の暮らしというのは、馴染みのない非日常なのだ。

 裕福層よりも下、一般階層に来ると、ワクワクしてしょうがない。レナも、年相応の少女であった。


 何より、見知らぬ人と共に会話をしながら騒がしくものを食べるなど、レナは経験がなかった。一般階層では当たり前の大衆食堂での食事は、彼女にとっては物珍しく楽しい時間を提供してくれるのである。


「ふふっ、どこのお店に入りましょうか?」


 まるで小躍りでも始めそうな、今すぐスキップしながら走りだしそうな。そんな雰囲気を醸し出しながら、レナは一人で飲食店が並ぶメインストリートを歩くのであった。

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