Track.2 スマホ

「スマホ……か」


総帥から賜った未知の魔具”スマホ”。側面にある突起を押すと黒く染まった表面が突如極彩色に彩られる。はじめはそれだけでも腰が抜ける程驚愕してしまった。


「しかも何やら、小さい箱の様な物が無数に描かれているな……」


何の気なしにその箱の絵の一つに触れる。すると画面が再び黒くなり……数秒の間を以って、未知の言語が描写され、次に長方形の枠の中に……人間?が移り込んだものとその横に謎言語が書かれたものが1セットとして縦に並んで表示される。


「なんだこれ!!?次々と……一体どんな魔法で……」


取扱説明書もあくまで基本操作のみで(それだけでも凄いが)、全てが書かれていた訳じゃない。故に何もかも手探り。……取り敢えず恐る恐る、その長方形の中の一つを軽く指で触った。


直後、それはスマホ表面の上半分程の大きさまで拡大し………複数の人間と、一匹の飛竜が平面的に現れた。しかも今度は、爆音と共に。


『これは!!一人の少年と、世界を脅かす龍達との闘いの物語!!!圧倒的なグラフィックと豪華声優陣でお送りする、今世紀最大のスマホRPG!!!』


「うわあぁぁあああっ!!!??なんだなんだ!!?」


別世界の言語の為、何を言っているのか全く分からない男の声がスマホから鳴り響く。思わず落としそうになるところを必死で堪え、荒ぶる鼓動を抑える。


………スマホの中で、人間と龍が戦っている。だが何もかも平面的で、彼らの頭身や目の大きさなどもどこか違和感がある。何より、同時に聞こえる音楽が、今まで耳にしたどれよりも荘厳で未知の楽器の音色で溢れていた。


「リルス様!!?な、なにやらものすごい音が聞こえましたが、大丈夫ですか!!?」


「えっ!?………だ、大丈夫だグルア!問題ない」


「………そ、そうですか………。あ、リンゴを剥いて来たのですがお食べになられますか?」


「そこに置いといてくれ!!悪いな!!ありがとう!!!」



スマホの音、グルアに聞かれてしまった……。このまま使用し続ければ他の奴らにも聞かれて、色々と説明が面倒になる。総帥曰く、これはあくまで極秘任務らしいからな……。



「………あ、そういえば総帥……もう一つ魔具作ってたな……」



スマホとは別に……『その魔具スマホから流れる音を、より鮮明且つ臨場感を以って楽しむもの』という説明と共に賜ったもの。その名は………”イヤホン”



「どこかの低級魔獣の様な名だが………只の紐にしか見えないな」



色は白く、腕よりも少し長い程度の紐。中心付近で二股に別れており……それぞれの先に、何やら歪な円形の物体が取り付けられていた。



「確かこれの一端をスマホの下部にある穴………これか。ここに差し込んで……」



あとはこの二つの物体を、両耳に入れ込む。………総帥が作られたものに対して疑念を抱く訳ではないが、こんな未知のものを急所に近い部分に入れるのは……死ぬほど抵抗あるな。



「怯んでいても仕方ない。………いくぞ………!!」



意を決して、ぐっと力を込め耳に入れた。



『龍を滅ぼし、俺達の故郷を手に入れる!!!ウオオオォォォオオオオォォォオオオオオ!!!』


「うるせえ!!!!!!!!!!!」



勇敢な男の叫びが全力で俺の鼓膜を打ち壊してきたので、思わず身を捩りイヤホンを引き抜く。今度ばかりはスマホごと落してしまった。



「ハァ……ハァ……!!!な、なんだ今の……心臓止まるかと思った………」


『オォオオオォオオオ……!!』



未だイヤホンからかなりの大きさで聞こえる男の叫び。肺活量すげぇな。………なるほど、先程まではスマホから直接流れていた音声が、この紐を取り付ける事によって直接耳に流れ込む……という仕組みか。



「確かにこれで外に音が漏れることは無いが……こんな馬鹿デカい音、俺の鼓膜が耐えられん……」



どうしていいか分からないまま、落したスマホを拾い上げる。………その時、先程の突起が付いていたスマホ側面とは逆にある、もう一つ別の突起を親指で押してしまった。


一瞬焦るが、何やらスマホ表面に……扇形の図形を横に向けたようなものと、それに沿う様に、細い曲線が三つ程並んで現れる。



「何だ今度は………」


『オオォ………オオ……』


「ん!?…………音が……」



あれほど威勢の良かった叫びが、突起を押した途端小さくなり始めた。……急いでイヤホンを取り付ける。



『オオオオオォォオオオ』


「まだ少しうるせぇけど、音小さくなってる!!!?」



原因と思しき突起を見る。……細い楕円形のそれが中心で区切られて付いていて、俺が押したのはその下部の方。……今度は上側を押す。



『オオオオオオォォォオオオオオオォォォオオオオ!!!!!!!』


「だからうるせえって!!!!どんだけ息続くんだよコイツ!!!」



再び、下を押す。



『オオォォオ』



もう一度。




『オオォ……』




ダメ押しでもう一度。




『オ……』




そして………もう一回。



無音になった。




「もしかしてこれ……音のデカさを調節する仕組みなのか……?」


一連の動作によって、その仮説はほぼ間違いないだろう。……これならイヤホンを付けていても、鼓膜の心配なく使用が続けられる。


謎の高揚感と共に、上側の突起を慎重に押し続け……ちょうどいい大きさになるまで調節した。



『ロード・オブ・ドラゴン、事前登録受付中!!!』


「………このくらいでいいか……」



いつしか、スマホの表面上では人間達が横に並んで何かを決意したかのような表情を湛えている。……そしてまた数秒ほど暗転し……今度は全く別のものが現れた。


得体の知れない、黒い円柱状の物体が横倒しになって一本の棒に取り付けられており、その奥には……顔は見切れているが恐らくひとりの女性の姿。



「なんだこの物体……これも魔具の類か?それにこの女性の衣服。こ、こんなもの見た事ないぞ……!?」



数秒間の沈黙を経て、彼女は目の前にある魔具(?)の左側に顔を近づけ、話しかけ始めた。




『こんにちは………”エリー”です。今日も……聞いてくれてありがとう……』




「っっっっっっっ!!!!!!なっ…………!!!」



””””””衝撃””””””。いや、もはや””””””革命””””””とも言い換えられる。


俺の鼓膜へと直接吹き込む柔らかい女性の吐息交じりな囁き。すべてを包み込み赦してくれそうな暖かさは脳をも溶かし全ての感覚が”聴覚”へと集中する。四肢が震え、意識が遠のく。


この今の俺の無防備さ……魔族に生まれ数々の死線を潜り抜けて来たが、もう今なら赤子にでも捻り潰されてしまい兼ねない。



「…………カハッッッッッ!!!!んな………何だこれは!!!?」



昇天しかける直前で意識を持ち直し、またイヤホンを引き抜く。



「周りに誰もいないのに………まるで直接耳元で囁かれている様な感覚………!!そして何よりこの女性の声!!!!!こんな聖母100ダース分みてぇな声が存在していいのか!!!?」



恐らく、今俺は絶望的に気持ち悪い。だがそんな体裁などどうでもよかった。今はただ……一刻も早くあの声を……



「クソッ……!!聞きたい……!しかし再び聞けば、今度は俺の身体が耐えられるか分からん!!!………畜生!!!何てものを作ってくれたんだ総帥!!!!」


「リルス様ァ!!?大丈夫ですかぁ!!?何やら先程から叫び声やら呻き声が聞こえてきますが……」


「も、問題ないグルア!!!大丈夫だ!!!」


「やっぱりカウンセラーに……」


「いらん!!!!!どんだけ俺を錯乱してると思ってんだ!!!いいから総帥の所に戻れ!!心配してくれてありがとな!!!あとリンゴも!!!」



”は、はぁ……”という一言の後にグルアが去る。


いかん。スマホを手にしてから振り回されっぱなしだ。総帥の指示通り、スマホを通して日本の文化に触れ……最終的には”次元を繋ぐ”魔術師を見つけなければならないのに。



「………だがこれも日本の文化の一形態なのかもしれんしな………。いや、多分きっと絶対そうだろ絶対。文化も文化だろ多分」



もはや、俺の欲望を止められる者はいない。宛ら取り憑かれたかの様に……再びイヤホンを耳に入れた。



『今日はこの……耳かきASMRです。これを使って、皆さんの耳を癒したいと思います………』


「ぐっ………やはりこの声……!!まずい、視界が眩む………!ていうか……えーえす……えむあーる?みみかき?なんだそれ……」



未知の言語の筈。現にさっきのうるせえ男の言葉は一つも理解できなかった。しかし何故か彼女の言葉は、断片的ではあるが何故かこちら側の言語に変換し聞き取ることが出来る。………今覚えばとんでもなく重要且つすぐさま総帥に報告すべき事象だが、そんなことすら脳裏を掠めない程俺は色々と限界だった。



………すると、彼女が突如謎の棒を取り出した。


木製の非常に細い棒。一方の先端には綿毛のようなものが極めて整った球を成して取り付けられており、もう一方は木のままだが少しだけ湾曲し、小さな匙の様な窪みがある。


彼女はその匙の先端を、先程から目の前にある黒い円柱の右側へと持っていき……、ここからでは見えないが、恐らく小さい穴が開いているのだろう。その中へとゆっくり差し込んだ。



「うぉおおおぉっ!!!?」



突如襲い来る、得た事の無い感覚。耳の中を直接優しくかき回されているような………。ただ音を聞いているだけなのに、黒い物体に行われている行為が全て俺の耳と連動しているものと錯覚してしまう。


全身がゾワゾワと震える。なんだこれは……!!?その昔、戦闘中我が軍に人間達が放った神経性の猛毒ですらここまでゾワゾワしなかった。しかもその時とは根底から違う、死ぬほど心地よいゾワゾワだ。



『どうですか?気持ちいいですか?』


「グおぉぉ………囁くな………死んでしまう………!!」



どうなってしまうんだ俺の身体は!!?このまま続けていたらヤバい!!!でも一生聞いていたい!!!畜生!!!いっそ殺してくれ誰か!!!!



「ぅっ……ぐっ………ぅああぁぁあああああああ!!!!」


「大丈夫ですかリルス様ァアア!!!?」



グルアが、痺れを切らし部屋へと乗り込む。


………俺はあまりの快感に、ベッド上にて……ブリッジをキメながら白目を剥いていた。


あぁ、総帥。


あなたは……何という世界に俺を陥れてくれたんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

姫騎士ASMR 監禁豆腐 @boxbox514

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ