出題「動かないスマートフォン」

「あれ?もしかしてあなた樹一くん?」

 小説家の森久保もりくぼ樹一じゅいち旅先たびさきの古本屋でをしていると不意に女に声を掛けられた。

 二日前に初めて訪れたその土地の人間に声を掛けられるいわれのなかった樹一はげんに思いつつも自らの名を読んだその声の方へ身を向けた。するとそこにははっきりとは思い出せないものの何処かで見たような顔立ちの女が立っていた。

「んん?君……いや、あなたは?」

「忘れたの?私よ、カワチィ」

 女は樹一に笑顔を見せるとそう言った。

「カワチィ?ああ、高三の時に同じクラスだった河島さんか。こんなところで会うとは奇遇だな」

で悪かったわね。こんなところでも現在いまは私の地元なのよ」

 高校時代の同級生である河島かわしま法子のりこおどけながら怒った素振りをすると樹一は笑いながら謝った。二人は何も特別に仲がよかったというわけではないが、思わぬ場所での再会が二人の会話を弾ませた。

 話を聞くと、河島は学費の関係から高校卒業後に二年間働いた後でこの土地の大学へと進学し、大学院を経てそのまま同大学の助教授として勤務しているらしく、大学時代からずっと住み続けてきたこの地は河島にとって地元と言っても過言では無かった。

「私はそんな訳でここにいるんだけど、樹一くんは何でここに?」

 この河島の問いに樹一は端的に「取材旅行に」と答えた。樹一は確かにこの地に二泊三日の取材旅行に来ており、既に取材という目的を終えたこの日は帰りに乗る新幹線の時刻まで趣味である古本漁りをしていたのだった。

「ふぅん、今日帰るんだ。どうせなら来る前に連絡してくれればうちいま部屋余ってるから何もしないって誓えば泊めてあげたのに。まだ片付いてないけど」

「誓わずとも何もしやしないさ。とは言え連絡先すら知らないのに連絡する事は不可能だが」

「あ、そう言えば交換してなかったっけ?んじゃ交換しとこっか」

 樹一は河島に促されるようにして連絡先を交換するべくスマートフォンを取り出した。樹一が左のポケットから取り出したスマートフォンには操作時に指を通して使用する落下防止用のネコ型のリングが接着されており、待受画面もネコの画像だったが、河島がバッグから取り出したスマートフォンは装飾品もなく、待受画面もデフォルト設定のままだった。

「ん?んん?あれ?おっかしいなあ……」

「どうした?」

「いや、なんかスマホがおかしいんだよね。暗証番号は合ってる筈なのに合わなくてロックが……」

 樹一は暫く様子を見ていたが、河島のスマートフォンはロック画面で暗証番号を入力しても警告文が表示されるだけで操作することが出来ず、二人は仕方なく電話番号のみを交換することにした。操作が出来ない状態の河島が樹一に自身のスマートフォンの電話番号を教え、樹一は自身のスマートフォンからその電話番号に電話を架けた。

「……鳴らないね。番号は合ってるし、呼び出し音は鳴ってるのに」

 樹一のスマートフォンからは呼び出し音が響いていたが河島のスマートフォンは全くの無反応だった。

「河島さん、今日ここに来る前に誰かと会った?」

 樹一がそう訊くと河島は答えた。

「んーん、誰とも会ってない。ジムに行っただけ」

「……そうか、ちょっと貸して」

 樹一はそう言って河島の手にしていたスマートフォンを借りると直ぐに電源を切った。その後、樹一から警察に相談する様にアドバイスされた河島は警察へと向かった。

 それから程無くして、河島の通っていたジムのトレーナーを勤めていた男がストーカー容疑で逮捕された。


【問】

 樹一はなぜ河島に警察に相談する様にアドバイスしたのか?

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