第2話 最悪の転生

「やめて、やめ……ああぁ! 熱い! 痛い!」


 男、ルイに羽交はがめにされ、額に焼きごてを押し付けられて、苦しみにもだえる女、トール。

 そんな女を見て、せせら笑うルイと、もうひとりの女、カレンがいた。


「あはは、いいザマね!」


「よくも俺たちと無理心中なんかしやがって! お前にはこれから奴隷どれいとして、一生をかけてつぐなってもらうからな!」


 トールはカレンに頭を踏まれて床にいつくばり、ルイはトールの腹を蹴り飛ばした。


 (どうして私がこんな目にあわなきゃいけないの!? 地獄に落ちるべきはあいつらなのに!)


 顔に大火傷おおやけどを負い、悔しさに涙を流しながら、トールはギリギリと歯を食いしばる。


(今に見ていなさいよ、この人生でもあなたたちに復讐してやる!)


 果たして、トールはルイとカレンに復讐を果たすことができるのか……?

 ここから真の異世界復讐物語は幕を開けるのである。


 ――神様というものが本当にいるとしたら、よほど私のことが気に食わないらしい。

 私は神様の機嫌を損ねるようなことをした覚えはないけれど、もしそうだとしたら、きっと自分の夫と浮気相手を殺したせいだろう。


 青山あおやまとおるはトールという名の召使いとして、生前の夫だった青山あおやまるいと浮気相手の赤城あかぎ花蓮かれんはそれぞれ貴族のルイとカレンとして、異世界に転生した。

 三人とも偶然ながら――あるいは神様の手違いか、いたずらなのか――前世での記憶を保持したまま異世界に生を受けており、全員が鉢合はちあわせしたときはみな驚いていた。

 そして、ルイとカレンはトールが自分たちより身分の低い召使いと知るやいなや、ニヤついた顔をしたのだ。


「トール、お前、俺たちを殺したという罪でそんな虫けらみたいな身分に生まれ変わったんだな」


「フン、まあ当然よね。これからアンタはアタシたちのために馬車馬ばしゃうまのように働くのよ!」


 それからは、彼らがトールに対して当てつけのようにいびるようになる、地獄のような毎日が待っていた。

 ルイとカレンは許嫁いいなずけの関係にあり、それを利用して前世での妻であったトールの目の前で見せつけるようにイチャイチャし始めたのである。

 さらに、二人が愛し合ったあとのベッドメイキングまでさせられた。


(なんで私がこんなことをしなきゃならないの?)


 トールは内心腹を立てながら、黙ってベッドを直していた。

 彼女はたしかに、死ぬ寸前「地獄に落ちても構わない」とは思った。しかし、それはルイとカレンを道連れに地獄に落とせるなら、の話である。こんな不条理なことがまかり通っていいものか。

 しかし、この西洋ファンタジー風の異世界では、貴族制度が幅をかせている。

 貴族に生まれたものは生まれながらにして高貴な身分。対して、低い身分の出身はどんなに優秀な者でも貴族からうとまれさげすまれる。

 そして、トールはそのことがまだ真の意味で理解できていなかった。


「おい、トール。ワインセラーからワインを持って来い。五十年もののやつだ」


「ルイさんとアタシを待たせないでよね」


 柔らかいソファにどっかりと身を預けているルイとカレンを。トールは黙って立ったまま無視した。


「ちょっと、聞いてるの!?」


「なんで私が、あなたたちの言いなりにならなきゃならないのよ。お断り。貴族だかなんだか知らないけど、偉そうに」


「なんですってぇ!?」


 カレンは勢いよくソファから立ち上がると、トールのほほめがけて平手ひらてで打った。


「トール、お前は教育が足りてないみたいだな。貴族に逆らったらどうなるか、教えてやろうか?」


 ルイはトールの体を後ろから羽交い締めにする。


「ちょっと、何よ! 何するつもり!?」


「カレン、罪人には烙印らくいんを押さなきゃな」


「ええ、そうね」


 カレンは暖炉だんろにくべていた焼きごてを持ち上げた。

 トールは体中の毛が逆立つような恐怖を覚えた。


「な……何する気……!? や、やめて、やめ、」


 カレンはトールの言葉を無視して――いや、笑いながら、焼きごてをトールの顔に押し付けた。


「ああぁ! 熱い! 痛い! いやぁぁぁ!」


 トールは激しい苦しみに悶え、泣き叫ぶ。

 そんな彼女を見ながら、ルイとカレンはせせら笑っていた。


「あはは、いい気味! 見てよルイ、『熱い! 痛い!』って虫けらがわめいてる!」


「これにこりたら、もう二度と俺たちには逆らうんじゃないぞ、わかったな?」


 羽交い締めを解かれても、トールはしばらく顔を押さえてうずくまり、動くことができなかった。

 どうして自分が異世界に転生しても二人にしいたげられなければならないのか、彼女には理解できなかった。これではあまりにも理不尽である。彼女が神様を信じていないのにも納得がいく。


(私は神頼みなんかしないわ。自分のことは自分でけりをつける。あの二人のことだけは、生まれ変わっても許さない!)


 トールは新しい人生においても、ルイとカレンに復讐を誓ったのである。


 さて、その事件以降、顔に大火傷を負い、そのあとが生々しく残っているトールは人目を避けて行動するようになった。召使い仲間に友人らしき友人もおらず、彼女は屋敷でもひそひそと遠巻きに見られていた。トールはそれを恥だと思っていた。

 そんなとき、彼女はカレンに呼び出されて、命令を受けた。


「街に行って、蜂蜜酒はちみつしゅを買ってきてちょうだい。アタシのお気に入りのお酒は街の酒屋にしかないから」


「申し訳ございませんが、他の召使いに命じてください。私は屋敷の清掃がありますので」


「あら、清掃なんてそれこそ他の召使いにやらせればいいわ。アタシはアンタを気に入ってるから大事なお酒のおつかいを頼んでるのよ?」


 カレンはニッコリと笑っているが、彼女はトールが顔の火傷のことで目立ちたくないのを知っていてこの命令をしているのが、トールにはよくわかった。


「……かしこまりました」


 貴族に逆らってはいけない、と学習したトールは渋々しぶしぶ街に買い物に行くことになった。

 しかしそこで、とある人物との運命的な出会いが待っているのである……。


〈続く〉

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