高く青白い空が色がっている。頭上にだけ。

 文字通りの天窓を形どるのは黒い、比喩ではなくその光を吸い込んでいるかのような真っ黒な雲。

 白い皿に乗り切らない程大きな黒いドーナッツ。ノートに書いた大きなまる

 何の変哲もない高山地帯にある三角屋根のログハウスの窓から見上げる景色は今日も変わらない。

 金髪というにはくすんでいて、茶髪というには主張が強いその髪を指先で持て余しながら少女は物憂げに窓を見上げていた。

 最初は何でこんなところにいるのかわからなかった少女だが今では自分の家のように感じている。

 古臭さを覚えるヴィンテージなソファも、リビングに置かれたワインレッドのカーペットも、間違いなく自身の趣味ではないと言えるはずなのにどこか心が落ち着く。

 それを為したのがどこから来たのかもわからない、何の目的で来たのかもわからない、しかしどこか信用できる、そんな相棒がいたからだ。


 少女がこの家のベッドで目を覚ましてから数日。家の中をパトロールすることに飽きた少女はついに外の世界に出ようとする。しかし周囲は山の稜線が近くにみえる高山地帯の頂上付近。彼女の決心は一瞬で萎れた。

 空も山も高い。せめて遠くに海でも見えれば気も晴れたのだろうが、周囲は黒い雲から地平線の向こう側を遮るような落雷や雨が降り注いでいた。

 なによりその土地は目線の高さに薄雲が発生しているのだ。もちろん山頂付近であるからそれは少女にも理解出来た。問題は土地が頻繁に揺れていることだ。

 地震のような揺れではなくもっと緩やかで緩慢な動き。見ている景色が傾いたり風が吹き下ろしてきたり吹き上げてきたり。

 環境や天候に明るくない少女だが自分が今いる場所はすごく変な場所であることは何となく理解していた。

 そうしてどうするべきかとしばらく悩みながら山小屋で過ごしていた少女だったが、ある朝突如鳴り響いた轟音に起こされた。

 隕石か流れ星か、それともスーパーマンか。そんなことは無いのだが、もしかしたら何かが助けに来たのかもしれない。

 玄関のドアからはじき出されるように出てきた彼女を迎えたのは幼い頃の彼女の母親が来ているのを見た和服で黒髪の和風美女。それがクレーターの中心で少女を見上げて佇んでいた。

 そうして少女アリスと和服美女サクラコは出会ったのであった。




 ところ変わってとある船の上。

 周囲は強い風が吹き荒び、船体がきしみを上げる。至る所が錆びついているが船内は経年劣化という言葉を忘れたかのように清潔に保たれていた。

 船体の揺れは大きくはない。接岸してはいるからというよりは完全に陸地にめり込んでいるその船の中で、よれたスーツのまま全力疾走している男がいた。

 かんかんと床を叩く足音を響かせて既に何度通ったか分からない廊下を駆け抜ける男性の後をぺたぺたと足音を鳴らして追いかける影。

 男は日本で一日の7割超の時間働いていたサラリーマンだったが、気付けばこの終わらない追いかけっこに興じていた。

 サラリーマンの男、滝はこの閉じた環境で雄叫びを上げながら白い廊下を駆け抜ける。一度決死の思いで外に出た時に今いる場所を確認しなければどこかのシェルターかと見紛うような近未来感あふれる内装の船に心を躍らせたのだろう。しかし残念ながら彼には運が無かった。

 偶然開けた扉の先にあった如何にもワープ施設のような場所。彼は自身がなぜこんな場所にいるのかという根本的な問題から一時思考を変えてワープ装置に手を伸ばそうとした。

 しかし滝が触れる直前に起動。起動は一瞬だった。水の膜のような波紋の奥から現れたのは顔に縫い跡があり、顔色はチアノーゼを起こしたような紫色、汚れた衣服に黒く変色している血痕。赤と白の頭髪で元は可愛かったのだろうとわかる女性。そのゾンビがこちらに手を伸ばしていた。

 滝の反応は早かった。部屋のドアを蹴破り船内を爆走して周囲にあったもので後ろから来るゾンビの進行妨害をしたり部屋に籠った後にダクトを通って別の部屋に逃げたり。

 最初の一日目は外に出て逃げようと思った。多少手間取ったが脱出口を見つけて外に出ようとしたとき、ゾンビが口を開いたのだ。

 外に出たら大変だよ、と。先ほどまで襲ってきたのがなんだったのかと思うような豹変ぶりに、思わず喋れんのかいと突っ込んでしまった滝は悪くない。

 その突っ込みにきょとんとした顔を浮かべて、私ゾンビあなた人間オーケー? と問われて滝はいいわけあるかと盛大に突っ込んだことで足を止めてしまったのが滝の運の尽きである。

 滝の大人しくしてくれないかという言葉に彼女はルールを説明するように時間制限や範囲指定をしてその追いかけっこがリスタートしてしまった。

 思えば滝にとってはこれが分岐点だったのだろう。変に冷静になってしまってからは追いかけっこにルールを追加し、規定時間の逃げ切りで滝はその晩のセーフゾーンや飲料水、捕まっても一度だけ逃げられる権利や何ならジェーンと名乗ったゾンビと話をしたりしていた。

 いっそ彼女を捕獲するなりすればよかったのだが、一度だけ見た船外へ出ようとする自身への警告の際に彼女がこのおいかけっこに本気で無いのがわかってしまったという点と、ゾンビと人間の関係性というものを彼女自身が定義していることから、少なくとも彼女を本気にさせない程度にこの追いかけっこをしつつ情報を集めるのがいいのではないかと思ってしまったのだ。

 ゾンビものにありがちなバールのようなものや銃器は無かったが鉄パイプのようなものはあった。武器となりうるものを持ったはいいが、彼女に攻撃の成功判定があるか聞けば特に効果は無いけど特定の反応をするように指定することはできるという。

 要はその鉄パイプじゃダメージ無いけどスタン効果付与ってことにしてあげる、そう言われたのだ。滝は理解した。これゾンビ系の脱出ゲームじゃなくてなぞ解き系だな、と。

 ちなみにワープゾーンのような場所の解析は出来ていない。船もどこかホテルのような作りで外に出なければ彼女は緩慢な動きで追いかけてくるのもゆっくりで、部屋に閉じ込めれば一定時間大人しくしてくれている。

 滝は幸いまだジェーンに咬まれていない。いつまで続くか分からないこのゾンビのなぞ解きに滝は息を切らせながらもどこか充実した時間を過ごしていた。




 静かでそれでいて何もない。ここには命のあるものが無い。そんな錯覚すら覚える静寂の中、立ち並ぶ鉄樹の森を物静かな二人が歩いていた。


 男は目覚めたすぐ後から周囲の環境の調査を始めた。樹木かと思いきやその樹皮は鱗のように固く、またその形も魚鱗のように重なりながら高く伸びている。鱗を剥がしたその先も見た目は木のようでもひっかいてみれば金属の硬質な感触があり、男は夢中でこの鉄樹をはじめとする森の生態を調べていた。

 鉄樹の足元には無数の剥落した樹皮が落ちておりそれを運ぶ機虫がいる。機械生命体というよりは節々が金属化した昆虫といった方が的確だろうか。

 地面に突き刺さるそれらを運ぶ機虫、剥落した鉄樹の樹皮。そうして耕された鉄樹の根本は幾分か柔らかくなっているように感じた。鉄樹の葉自体は普通なのか比較的柔らかく腐敗もするようだが樹皮で適度に刻まれていて土もきっといいのだろう。

 しかし柔らかく肥沃な足元であるというのは良いことばかりではない。時折起こる地震による倒木などがあるようで、実際に倒木に巻き込まれた男はますますこの土地の生態にのめりこんだ。


 作業着の男はいつの間にか現れた白衣の女性研究員然とした欧州人と共にフィールドワークに勤しんでいた。

 森の中にあったキャンプ場のような跡地を拠点としてフィールドワークをしながら気の向くままにバイクを走らせる日々。

 男が研究をしている間に呟いた独り言を拾った男の補助に勤めていた女がいつの間にか用意していたのだ。

 廃墟のような拠点もいつの間にか森林の中に開かれたドーム状の研究所になり、研究施設として充実を見せていた。

 この頃になれば男にとって急に現れた女も特に素姓を気にすることなく研究仲間として、相談相手として見るようになっていた。

 見るものすべてが新しい男に対し、知識の豊富な女。この二人はあるべき形に落ち着いたのだった。




 そんなショートフィルムの映画のような何かを見終えたあなたはようやく目を覚まします。

 随分と長く寝ていたようですがあなたにとっては久しぶりの感覚はあるようでありません。その光景は見慣れたもので懐かしさよりも最近見知ったばかりの場所であるからです。

 金属とガラス半々の構成で作られた休憩室のつくりは見た覚えがありますが、どこか周囲の景色が明るいようです。

 あなたが横になっていたベッドから身を起こしガラスの向こうを見れば上方から差し込む光が眼下の光景を照らしています。

 そこにはあれだけ何度も確認した水中遺跡が眼下に広がっていました。


『リスナーさん!』


 どこからともなく現れたサティとどこか余裕たっぷりに現れたメシエと再会したあなたは、何と返せばよいのか少しの間思案して、片手を上げて家に帰ってきたかのように声をかけました。


『おかえり!』


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