蛇足・ある姫の顛末

 いつものように残業して会社から帰ると、部屋が荒れ果てていた。



 うん、わかってる。泥棒に入られたとかじゃない。完全に自分が悪い。でも、本当に疲れてる時って周りに目がいかなくなるものなのだ。ちょっと余裕ができるとやっと気付けてドン引きするのだ。人生その繰り返しだ。

 家賃で選んだワンルームは西日がさすし、駅から地味に遠い。平日は別にいいけど、休みの日には致命的だ。

 昔から、引っ込しとかそういう手続きが苦手だ。まず面倒くさいのもあるけど、ワタシの場合、絶対名前でイジられるし。窓口に行くたびに、なにかの表情を噛み殺したような顔をされるし。絶対バックヤードで「今のお客さんの名前やばくなかった!?」とか言われてる。

 勝手に名前の印象で「浦安の夢の国とか好きそう~」とか言われるし。いや、好きだけど。年パス持ってるけど。でも、それはあの夢の空間が好きなんであって名前とは関係ないじゃん⁉ 最近の作品とか見た⁉

 みたいなことを熱を入れて説明するとドン引かれるので曖昧に微笑むことしかできないワタシ。

 一々そんなのに対応するのはダルいし、いまさら改名とかもっとダルいし。十代の頃にもっときちんと親に反抗できてたら、傷が浅いうちに改名できてたのかも。

 あー、せめて結婚すれば名前だけになるのか。名前だけならハーフか何かだと思ってくれるかもしれない。でもそれなら改名のほうがまだマシだわ……

 ゲームの中だったら好き勝手に名前変えられるのになー、名前が何でも相手の反応が変わったりしないのになー、なんて益体のないことを考えながら、最近ハマっている乙女ゲーを起動する。あと輸入食品店で買ったツマミを開ける。

 ゲームの方は、タイトルがちょっと妙な、結構昔の乙女ゲーム。パッケージのイケメンが好みだったから買った。あと、家にあるハードで遊べて、通販で安かったから。

 舞踏会で踊って好感度を上げたり、それ繰り返してるといつの間にか結婚まで行ったり、システムには流石に時代を感じるところもあるけど。意外と「ちょうどよさ」があるのか、ハマってしまった。


「ん、このチップス美味しい」


 ついつい、お酒に手が伸びる。平日は一杯までって決めてるけど、知るか。

 テキストを目で追いながら、この悪役令嬢、人間味なくて機械みたいだなーとか、この王子様は優しそうだけど誰にでも優しそうでやだなーとか、こんな異世界だったらワタシも幸せになれるのかなー、とか、そんなことを考えながらプレイを進めるうちに。

 意識がふっつりと途切れた。



「汝、スノウ・ホワイト。貴女は、別の世界へ行けるとしたら。そこで何を望みますか?」

 夢の中で、ワタシの名前を呼ぶ声がする。

 アンケート? なんかの診断? どうせ「あなたは芸術家タイプ!」って遠回しに社会不適合呼ばわりされるヤツ? と思いつつも、ワタシの名前を真顔で呼べるあたり、評価しないこともない。プロ意識ってヤツだろう。

 ワタシの答えは、決まっている。


「ワタシを傷つけるものがない世界。ワタシが報われる世界。そんな場所に、ワタシは行きたい」


 どうせ、多分これは夢だ。夢なら、ワタシの好き勝手にしてもバチは当たらないだろう。


「……なら。我、『茨の女神』は。彼方へと旅立つ貴女に、この祝福チートを授けます。どうか貴女の嘆きが報われ、願った場所へ辿り着くことが叶いますように。けれど……」


 茨の女神? 願いを叶えてくれる?


「……それでも満たされないならば。世界に散らばる、在らざる力を集めなさい。そうすれば、貴方の願いに手が届くでしょう」


 夢というか、なんかそういうコンカフェだろうか。ファンタジー的な。変な高額請求とかされないといいんだけど、みたいなことを考えて。

 目が覚めると、ワタシは異世界に居た。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 随分と、昔の夢を見ていた。あの頃のワタシは、この世界をゲームのように考えて。この世界なら、全てが手に入ると漠然と夢見ていた。


 けれど、ワタシの身体は、もうもたない。

 あの日、鋼の女に刻まれた深い傷。そして、その後雷霆勇者から逃げ出すために負った傷。

 心の臓は既になく、肌はいばらのように焼かれ、片目の虚ろは空を見つめる。ぼろぼろにちぎれた手足を異能チートで縫い止め、ワタシは歩む。

 こんな有様じゃあ、白雪姫というより茨姫じゃない? とか。ワタシの異能チートが通じるということは、この身はもう動く死体と同じなのだろうとか。色々な思考が流れては消える。


 けれど、じくじくと痛むのは別のもの。

 愛がないのだと鋼の女は言っていたが。つまるところワタシには、憎しみが足りなかったのだろう。執着がなかったから、愛も憎しみもなかった。なら、この五体はなぜまだ動いているのか!

 最後に残るともしびは、ただ一つ。ただ一つ、この手からこぼれ落ちたもののこと。


 あなたのことが嫌いすきでした

 あなたのことが好ききらいでした

 わたしの、わたしの王子様。


 死んでから気付いたのに。

 やっと、愛だということが解ったのに。

 あの人はもう、この力でも届かない場所に行ってしまった。


 貴方がいないなら、何もいらない。この世界も、何も。




 ここは、北の果ての城。地下の底にあるものは、当時のアッシェフェルトと勇者が施した、永久の凍結封印。施した者が世を去っても続く、この世の終わりまでの縛り。

 その奥底に、『それ』はいる。


「今度こそ。ワタシの願いを叶えてくださいね、


 壊れるほどに恋をしネクローシス壊れてからも愛しましょうロマンサー

 姫はそうして。壊れながら愛を囁き。『それ』の前で力尽きた。



◆『ある姫の顛末』・了◆

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アイアン悪役令嬢~断頭台の露と消えた私がロボになって復讐しますわ~ 碌星らせん @dddrill

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画