小さな変化 2

「はー! いい天気ね! もうすっかり暑いけど、ずっと部屋から出してもらえなかったからか、すがすがしい気分だわ!」


 レマディエ公爵領は南にあるため、夏の訪れも王都より早い。

 すっかり夏の装いになった庭をニナとともに歩きながら、セレアは空に向かって大きく伸びをした。


 ようやく今朝、ジルベールから部屋の外に出る許可が下りたのだ。

 ジルベールは宣言通りセレアが平熱に戻るまで絶対に部屋から出そうとしなかったが、今朝になって熱が完全に下がった。

 安静を取ってもう一日――と言い出したジルベールに、「これ以上部屋の中にいたら頭がおかしくなりそうよ!」と訴えて、何とか庭の散歩の許可をもぎ取ったのである。


「ジル様の心配性にも困ったものだわ!」

「それだけ奥様が大切なんですよ」


 ニナがくすくすと笑う。

 少し前まで「そんなわけないじゃない!」と反発心を起こしていたが、不思議とニナの言葉に反発する気になれず、セレアは「それでも心配が過ぎるわ」と頬を膨らませた。


「そういえばジル様は、今日の午後から瘴気溜まりのあった場所を見に行くんだったかしら?」

「ええ。魔物の討伐も大半が終わったようですので、瘴気溜まりのあった場所がどうなっているのかを確かめに行くのだそうです」


 瘴気溜まりや魔物の問題が解決しても、荒れた田畑を耕しなおすには時間がかかるし、すでに作付けの時期を過ぎてしまっているので、ジルベールは被害の大きかった瘴気溜まりに近い場所を回ってどの程度の援助が必要かを調べるのだそうだ。

 瘴気溜まりが発生している領地は国からの税金の一部が免除されるが、瘴気溜まりが消えたので今年からレマディエ公爵領に対する税金の優遇はなくなる。だからと言って作付け時期に畑作業ができなかった農民がすぐに税を収められるはずもなく、その部分については補填が必要なのだ。


(税金の仕組みって詳しくないけど、国と領地に、この地域に住まわせてくださいっていう税金と、収入に対しての税金があるのよね?)


 通関税とか、もっと他にもあるみたいだが、そのあたりのことになるとチンプンカンプンなので置いておく。

 ほかの国ではわからないが、アングラード国では土地はすべて国のものだ。そして王が定めた領主がその土地を治める。そしてそこに住んでいる住人は、国から土地を借りて住まわせてもらっていることになるので、土地代のほかに住民税というものを納めなければならない。

 この土地代と住民税と言うのは少々ややこしくて、土地代というのは、その土地を借りる契約主が支払うことになる。


 これはセレアが市井で暮らしていたときも同様だった。セレアはマリーおばさんがお金を払って国から借りている土地にある家を借りていたので、土地代は支払う必要がなく、毎月の家賃をマリー叔母さんに支払うだけだった。けれども住民税は住んでいることに課せられる税金なので、毎年決まった時期に一年分を収める必要があったのである。


 市井で暮らしていたときはセレアは王都にいたので、指定の機関に税金を収めに行ったが、各領主が治めている領地に住んでいる住人は、領主にすべての税金を納める。その後領主が振り分けて国に納める必要がある分をまとめて支払うのだ。

 なので、ジルベールは今年の税金の支払いが厳しそうな領民たちの分を、公爵家の財産から出そうと考えているようだった。


(ジル様って、いい領主様なのね)


 おそらくだが、もしゴーチェが領地を持っていたならこうはいかなかっただろう。何故ならゴーチェが自分の私財から平民の援助をするとは到底思えなかったからだ。あのデブはとてもケチだったので、むしろ増税とかいろいろしてそこに住んでいる領民を苦しめるに違いない。

 それを思うと、ゴーチェが領地持ちの貴族でなくてよかったと思う。まあ、落ちぶれ男爵家が領地を頂けるとは思えないので、どう転んでも無理だったろうが。


「……あら?」


 ニナとともに庭をゆっくり歩いていたセレアは、ふと足を止めた。


「どうされました?」

「うーん……ううん、なんでもないわ」


 セレアの視線は庭の隅の方で話をしている兵士たちに向けられていた。

 レマディエ公爵家のカントリーハウスに滞在してそこそこ経つので、邸を警護している騎士や兵士たちの顔は大体覚えている。けれど、庭の隅の方で話している兵士たちは見ない顔だった。ただ、各地の魔物討伐の報告などで騎士や兵士、魔術師たちが来ることがあるので、知らない顔が敷地内にいても不思議ではない。

 ただ、レマディエ公爵軍に籍を置く騎士や兵士、魔術師は統率が取れていて真面目なので、庭の隅で雑談している姿と言うのを見かけたことがなかった。


(休憩時間なのかしらね?)


 他人の休憩に目くじらを立てる必要もないだろう。

 ちょっとだけ気になったが、そういうこともあるだろうと、セレアは特に気にせずに散歩の続きを楽しんだ。




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