そのよん

そして、そんな会話があってから最初の配信日。いつも通りの雨宮と対照的に、俺は最初から、妙に雨宮のことを意識してしまっていた。


「え~、先輩、まさかあたしのこと好きなんですかぁ? わたしも、先輩のカノジョになれたら幸せだろうな……なんちゃって」


 視聴者に対して思わせぶりなことを言いながら、今日も元気に小悪魔系女子になり切って配信をする雨宮。いつも通りの光景、なはず。でも、そんな雨宮の配信を聞いているとなぜか、俺の心はざわついた。こんなこと、これまでの配信で一度もなかったのに。むしろ同時接続で見てくれている視聴者と雨宮のやりとりを微笑ましく感じていたはずなのに。


 ――なに本気にしてるんだよ、俺。雨宮の配信は演技だろ。


 そう自分に言い聞かせようとして俺ははっとする。


 ――違うだろ。今、目の前にいる雨宮が本当に雨宮がなりたかった雨宮で、今の雨宮は演技なんかじゃない。そう導いたのは他ならない俺じゃないか。そして、そんな『本物の雨宮』を認められないような俺は、雨宮の隣にいる資格なんてない。だいたい、雨宮には好きな男子がいるらしいし、そういう意味でも、俺の役割はもう終わったんだよ。


 そう思うと掠れた自嘲が口から漏れそうになったけれど、必死に抑え込む。そんなのは配信の邪魔になるってわかってたから。




 そして永遠かとも思えた配信がようやく終わり。


「今日の配信も楽しかった! 修くん、今日も付き合ってくれてありがと……って修くん、まさかわたしが視聴者さんのこと『好き』なんて言ってるから妬いてる?」


 ヘッドフォンを置いてこちらを振り向いてきた雨宮がそんなことを聞いてくる。


 こ、心を読まれてる? そう思うと、顔がかぁっと熱くなる。雨宮に言語化してもらった瞬間。俺はあの日以来自分の中に感じていたもやもやの正体がようやくわかった気がした。


 ――そうか、俺、いつの間にか雨宮のことが好きになっちゃってたんだ。だから、顔も知らない雨宮が気になっている男子に嫉妬して、もやもやして、あろうことかファンと雨宮の交流にまで嫉妬しちゃったんだ。


「……」


 自分がかっこ悪すぎて情けなくなって言葉に詰まってしまう。と、その時。


「心配しなくっても、あたしにとっては修くんが一番だよ」


 耳元で囁かれる雨宮の甘い声音。それだけで俺の脳が焼き切れそうになる。


「!!!!!! 雨宮、vtuberとしてのスイッチが入っちゃったままなんじゃないのか!? 俺のことをからかうのもいい加減にしてくれよ!」


 雨宮の体を押しのけて俺はなんとかそう言い放つ。そのまま雨宮のペースに流されていると雨宮の言葉を本気にしてしまいそうだったから。そしてそうなった時、傷つくのは雨宮にガチ恋してしまっている俺なのは明白だった。


 でも、この日の雨宮の追撃は止まらなかった。何のつもりか上目づかいで俺のことを見つめながら、雨宮は言葉を続けてくる。


「でも修くんの前ではあたし、優等生じゃない、わるい娘こでいてもいいんだよね? わるい娘こになって、修くんの心を射止めちゃってもいいんだよね? ーー数日前にクラスで話した気になってる男の子って、実は、修くんのことなんだ」


 ほんと今日の雨宮は何を考えてるんだ? このままだと、このままだと、雨宮も俺のことを本気に好きだと勘違いしちゃうじゃないか……! と、その時だった。


「ごめん、今のナシ! ……うう、やっぱ恥ずかしい」


 気づくとこれまで余裕そうな表情で俺を魅了してきた雨宮はすっかり影を潜め、いつもの優等生をやめきれない、初心な雨宮が恥ずかしそうに両手で自分の顔を覆っていた。指の隙間から垣間見える雨宮の顔は、紅潮している。そんな雨宮に、俺は困惑してしまう。


「ええっと……」


「あはは、配信の時のキャラのままだったら思い切って修くんに思いを伝えられるんじゃないかって思ったけど……やっぱわたし、まだまだ本物の雛森ナツミにはなれないなぁ。肝心なところでぼろが出ちゃう」


 顔を両手で覆ったまま雨宮がいう。そうか、そうだよな……って!


「今、思いを伝えられる、って言った……?」


 震えた声で思わず聞き返す。それに、雨宮は小さくうなづく。


「自分でもずっと気づいてなかったんだけど……数日前、クラスでわたしの好きな人について話題になりかけたじゃない? その時、『気になっている男子』って聞かれて、真っ先に頭に浮かんできたのは修くんの顔だった。『優等生』という生き方に息苦しさを感じていたわたしの手を引いて、新しい世界へと連れて行ってくれた、わたしだけの王子さま。


 そして、一回修くんのことを男の子として意識しちゃうと、もう駄目だった。授業中も、夜寝る前も、修くんのことで頭がいっぱいになっちゃった。修くんはわたしのことどう思ってるんだろ。わたしのことなんて、「かわいそうな女の子」としてしか今でも見てないのかな、って不安になった時もあった。今日ここに来て、修くんと二人きりになるのだって正直すっごく緊張してたんだよ! 


 でも、いつまでもこの気持ちを引きづって、告白を先延ばしにして、修くんが他の女の子にとられちゃうのだけはイヤだった。だから、2人きりになる子の配信の日に告白しよう、って決めたの。って、言っても、『優等生』としてのわたしはヘタレで告白する勇気なんてないから、配信の後、雛森ナツミの勢いのまま、告白しようと思ったけれど、やっぱり最後の最後で失敗しちゃったね。でも」


 そこで雨宮はいったん言葉をきり、俺のことをまっすぐに見つめてくる。


「わたし、うまい小悪魔系女子にはなれてないけれど、それでも修くんの前ではちょっとわがままで、魅惑的な女の子でいいんだよね? だから、改めて告白するよ。――修くん、わたしのものになって」


 そう、ちょっとあざとらしく言い切った雨宮だけど、その体は不安のためか小刻みに震えている。そんな雨宮を見ていると、これまで必死で抑えていた熱いものがこみ上げてくる。


 ――こんな小さくて触れたら壊れてしまいそうな雨宮のことを、これからも支えていきたい。誰よりも近くで、雨宮が雨宮のなりたい女の子に成長していくのを見ていきたい。それが俺の、「好き」のかたち何だろうな。


 次の瞬間。俺は思わず雨宮のことをぎゅっと抱きしめてしまう。


「……俺の方こそ、雨宮のことが好きだ! いつまでも、誰よりも、お前のすぐ近くに居させてくれ!」


 そんな俺の告白に雨宮は一瞬安心したように頬を緩め、でも何を思ったのかすぐに頬を軽く膨らませて言う。


「菜月」


「えっ?」


「菜月、って名前で呼んで。だってわたし達、これから付き合うんだもん」


 そう膨れる雨宮――菜月がいとおしくて、俺はつい吹き出してしまう。


 ――菜月、俺にとってお前は、もうとっくに俺のことを魅惑する小悪魔系女子だよ。雛森ナツミなんて演じなくても。


 そう思ったけれど、それは口にしなかった。それを口にしてしまうと、今以上に俺の愛しのプチデビルに翻弄されちゃいそうだったから。


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クラスの白聖女さまが小悪魔女子系配信者であることを、俺だけが知っている 畔柳小凪 @shirayuki2022

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