小説家デビューしませんか?

 ……俺の書いていたポンチなろう系……カクヨムだが広義な意味でのなろう系な……がファンタジー、どこかこの編集者の琴線に触れたか判らないが、まぁこの様ないたずらが来るほどには認知をされてると思えば腹も立たないもんだ。

 最初はこの俺も恥ずかしながら鳥肌が立つほどに浮かれあがったが、1時間ほどして冷静に考えると本当だとしても喜んでいいのか? と思った。


 この出版社はそれなりにHIT作を抱え、なろう系の作品もどしどしコミカライズ化・アニメ化を進めている。

 俺の考えたキャラたちが喋り動く所は見てみたいが、昨今のアニメ業界は斜陽と聞く。

 俺の作品がアニメになるには、少なくとも小説が数冊出た後、それが評判でコミカライズ化の打診された以降であろう。


 巷で評判の軟体生物小説のwikiを見る。WEB小説サイトで連載が始まって1年と3か月で小説が出ているが、よく見ると連載版をプロットに大幅な改稿、とある。

 つまりは約10万文字といわれる小説1冊分を書くだけでも数か月かかるものを更に修正しているのだ。

 俺が今まで出した文字数は12万、此処までで半年ほどかかっている。そう考えるとやってやれない事もないと思うが、俺の小説は書いているその時から読んで貰えるよう推敲をし、カクヨムに発表を開始してからも何度も読み返している。もう既にこの流れで脳内でも物語が固定され、今更これを全て改稿すれと言われても困る。

 無論WEB連載と本になった物の差異があまりない作品も存在しているが、成る丈直したくはないが全く直さなくてもいいとは思わない程度には自信がない。


 ……俺は人付き合いが苦手で、今までの仕事も仕事自体合わないからじゃなく、すべからず上司との衝突で辞めてきた。

 出会った事もない編集者が上から目線で「こことかあそことか直してくれ」と言ってくるのに耐えられるのか?

 最悪キャラを削ってくれとか言われたら俺はその編集者を殴り〇す自信がある。


 まあそこを何とか折り合いをつけたとしよう。話も進まないから編集の要望も全て答え、主人公のエルフの少年を「~のだわ」が口癖の日本人少女に変更を余儀なくされても笑って許可したとしよう。

 だがこの小説で、一体どのくらい儲かるのか? いやらしい話だが今もバイト終わって疲れている身体に鞭打ち連載をしているのだ。


 兼業小説家も多いとは聞くが個人的には今のペースでは1年に1冊出すのが精いっぱいであろう。

 そういう小説の手取りとかを調べた事はないが、ざっくりと調べると1冊につき10%の印税だそうだ。

 1冊1000円とすると100円、少なくとも1000冊10万円は売れて欲しいが……1か月20万、年240万は収入がないと生活は難しいだろう。それを印税で補おうとすると……24,000冊だ。

 ……世の小説家がすべからず1巻24,000冊、いや税金も考えその倍、50,000冊も売れているとはとても思えない……。


 つまりはほとんどの小説家が、兼業状態の筈なのだ。ただでさえ仕事が大変な時期には小説を書く気力もアイデアも枯渇するってのに、曲りなりとも全国に流通した小説を出した作家先生が仕事を辞める事も出来ないのか……。

 無論その仕事の質や量を変える事は出来るが、それにはこの田舎町ではリスクが高すぎる。


 そういう意味で出版社は、才能があると思った作家のケアをするべきなのだ。

 少なくとも1年間は仕事をしなくても暮らしていけるようにプレハブでいいので寮と食事を用意し、余裕ある作家にはバイトを斡旋する。

 どうせ作家など殆どが内気で友達もいない奴らばかりだ。布団と高級PCでも用意してやれば満足するだろう。

 ゲームなどもやりたい放題だが勿論少なくとも年に2,3冊分の小説を書く事大前提で、もし書けなかった場合も首にはするが帰りの交通費くらいは用意してやる。

 それなりに成果が出ている作家にはボーナスも支給し、取材旅行等もさせてやる。

 甘いと思われるが贅沢は要求していない、ただ衣食住と(小説以外の)仕事のストレス等がない環境を用意しろというだけだ。


 ……妄想の沼に嵌り込んでいる事に気が付いて、一度思考をリセットした。そもそもその様に「仕事」としてやる執筆活動が「楽しい」のか?

 漫画の方だが作家日記を見たりするとそれなりに楽しそうに見えるが、ほぼ確実に苦労している様子も見て取れる。当たり前といえば当たり前なのだが、少なくともその作家さんも趣味で書いていた頃はもっと純粋に「楽しかった」筈なのだ。

 筆が早ければ仕事用の作品と趣味の作品を分けて執筆等も出来るが、今の段階ではそのような速さになるとはとても想像出来ないし、なってみないと判らない。


 果たして、この業界に入って良かったと思える程の体験が出来るのか……。

 編集者からの返答要請を前に、俺は今も考え続けている……。

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