第38話  那古野城 三の丸戦(3)

天文18年(1549年) 12月那古野城

 滝川 左近将監(一益)


 「おぉ!! さすが殿。ご無事でしたかぁ!! 」

 「おぉ、照算。よく耐えたな。他の者達も皆、無事か」


 槍衆と対峙していた足軽数人を俺と又左衛門で弾き飛ばし、とどめを助五郎が刺したところで槍衆の先陣で薙刀を振るっていた津田照算が俺達に気づいた。


 大和守家の家老の一人、坂井甚介を捕縛した俺は、その後も行く手を阻む清州方の雑兵たちを打ち倒し、後方にいた滝川槍衆のもとへようやくたどり着いたのだ。


 「はっ。この暗さ故、皆でまとまって戦っておりました。殿の場所まで加勢に行こうと進んでいたのですが、思いのほか清州方が多く……」

 「それは仕方あるまい。俺の方は助五郎と他の忍び衆の者達が離れて護衛してくれていた故、大事ないぞ」


 今もここで照算と話す俺に近づこうとした敵が、暗がりから現れたうちの忍び衆の者に幾人か排除された気配を感じた。これだけでうちの忍び衆の優秀さがよくわかるね。


 先の坂井甚介との戦いでは、俺の一騎打ちの特性を利用していたんだけど、隠密頭の雲霧助五郎、通称:助さんの気配に主人の俺ですら気づいてなかったからね。まさか誰も干渉できないはずの一騎打ち中に乱入してくるなんて思ってなかったから、びっくりして動きが一瞬止まっちゃったよ……。


 ちなみに助さんは甲賀の里で滝川家に代々仕えてくれた家系の人で、父上を師とする俺の兄弟子だ。今はそのステータスの良さを活かして我が家の隠密頭を務めてもらっている。


 助さん雲霧助五郎のステータスはこれ。


” 雲霧助五郎 ステータス ”

 統率:64  武力:82  知略:70  政治:66

” スキル ”

 ・隠形術の達人:気配の隠蔽、変装時に全ステータス+3

 ・兄弟忍び:弟弟子・滝川一益の一騎打ち状態に加勢ができる


 この特殊なスキルによって、本来誰も関与できないはずの俺の一騎打ち状態のところへ加勢としてやって来たわけだ。


 このスキルについては他の忍びも持ってる人を見たことないから、助さんのユニークスキルなのかもしれない。そんでもってステータス値は他の武士に負けず劣らず。忍びにしておくには惜しいステータスではあるんだが、本人の意向もあって武士ではなく、忍びとして活躍してもらっている。


 本当ならそのステータスを活かして甥の滝川儀太夫益重のように忍び上がりの武士として表舞台で活躍してもらいたいけど仕方ないね。当家はホワイト企業ならぬ、ホワイト武家。部下の能力・意向に沿った配属を目指しているのだ。


 「滝川家は誰一人欠けることなくおりまする。殿、次は如何されましょう」


 これまでの戦いの返り血で白鉢巻を染めた青山与左衛門がそう聞いてきた。やっぱりこの時代の人たちはタフだねぇ。いくさの気に当てられてまるで皆の目がギラついているように俺には見えるよ。


 「ここは平手様や森殿達に任せても大丈夫そうではあるが……とりあえず俺達も一緒に城内を片付けよう。城外に居るであろう大和守の始末については若様織田信長に任せてあるしな」

 「かしこまりました。……聞いたか皆の衆。我らはこのまま清洲方を蹴散らし、滝川家、そして殿の手柄を増やすぞっ!! 」

 「「おぉう!! 」」


 皆が勢いよく返事を返すと、家臣達は暴れ足りないと言わんばかりに高らかと槍や刀を掲げた。


 やる気を出してくれるのは嬉しいが、みんな今回の目的忘れてないだろうか。


 一応、大和守家を弱体化させると共に平手政秀さんに手柄を挙げてもらうってことだったんだけど、果たしてどうなることやら……。


*******

天文18年(1549年) 12月那古野城

 前田 犬千代(利家)


 列の先頭で俺の前に先ほど現れたあの妖しき甲賀者と共に戦っていた滝川殿は、見事な太刀捌きで相手・坂井甚助の意識を刈り取った。その後は我らの加勢が必要だったのかと思うほど軽快に戦場を駆け抜け、列の後方にいる滝川家臣団と合流したようだ。


 「これ犬千代っ!! 戦場で相手以外の事を考えるでないぞ!! 」


 俺が戦場を駆け抜ける滝川殿に視線を向けていたことに気づいたのか、近くで槍を振り回し、なんとか足軽どもを蹴散らしている兄者前田蔵人が俺に怒鳴ってきた。


 「ちっ……。兄者に心配されなくてもこの程度の相手なら余裕なんじゃ。俺の事より自分の心配をした方がいいんじゃねえか? 」


 俺は目の前の足軽の首を槍で貫くと、兄者前田蔵人に返事をした。膝から崩れ落ちる足軽を足で押え、首を貫く槍を抜いた俺は、勢いそのままに兄者が苦戦していた足軽の頭へ槍を叩きつけた。


 「す、すまんな、犬千代。助かった」


 足軽が吹き飛び、対陣する者がいなくなった兄者は、ひたいに噴き出た汗を手で拭い、ほっとした顔で俺にそう言った。兄者はいつも俺の事を心配してくれるが、こと武芸においては俺は兄者より数段は上なのだがなぁ。


 「……前田家随一の槍遣いに俺の指南は要らなかったか。はははっ」


 いつも俺の心を見透かしたかのような兄者の言葉に少しぎくりとする。兄者は武芸には疎いが、俺と違って人の心の機微をよく汲み取れる方なのだ。先ほどのように、俺が目の前の事に集中していないことも兄者にはよく気づかれる。


 「そんなことはない兄上。たしかに俺は戦場いくさばだというのに慢心しておった。申し訳ありませぬ」

 「俺はお前が死ぬのは見たくないからな。それはさておき、久しぶりにお前が兄上と言うのを聞いたな……」


 兄者はそう言っていつもの優しい笑顔で俺に微笑んだ。家中でも乱暴者の俺を見放さず、優しく諭してくれるのは兄者くらいだ。とはいえ、俺もこの槍の腕前でしか役に立つことを知らぬ故、兄者のように領地の事や家臣の事など、立ち居振る舞いをどうしたらよいのかわからぬ。


 「さて、そろそろ平手様のご加勢に行かなくては。ほれ、犬千代もいくぞ」

 「……おう!! 」


 周りの雑兵を始末し、しばし息を整えていた我らであったが、ここは戦場。いつまでも休んではいられない。俺が兄者の役に立てるのはこの槍の腕前だけであるしな。


 我らが駆けつけた先では老年の武士が叫びながら槍を振るっていた。


 「ほれ久秀平手政秀の嫡男よ、あの|憎っくき大膳を逃がすでないぞ。いつもいつも織田信長を虚仮にしおる坂井大膳にはここで落とし前をつけさせてやる。者共ものどもっ!! 若に勝利を奉げるのじゃ!! 」

 「「おぉうっ!! 」」


 叫ぶ老年の武士、若様の傅役である御家老・平手中務丞様が槍を振り回し気炎を上げておる。御家老自らが、ご嫡男の平手久秀殿と家臣達を追い越す勢いで清州勢に突っ込んできては、槍を振り回し、あの坂井大膳を探し回っておるようだ。


 そんな御家老率いる平手家の手勢が戦う集団とは別の清洲方の方からは、空気を切り裂く鋭い音が響いていた。


 ぶぉぉぉん……。ぶぉぉぉん……。


 「うわぁぁぁ」「ひ、ひぇぇっ。ありゃ、お、鬼じゃぁぁ……」「お、恐ろしやぁ……」


 一斉に騒がしくなる清洲勢であったが、音が鳴るたびにそのざわめく声が減っていく。


 ぶぉぉぉん……。ぶぉぉぉん……。


 皆が精強な顔つきの森家郎等の先頭に立つ、立派な十文字槍を振うその男の前では、ある者は自らの得物を放り投げて戦場から逃げ出し、ある者は風切り音と共に空へかち上げられた。


 「犬千代に蔵人か」


 散り散りに逃げ出した清洲方の向こうから現れたのは、黒い甲冑を血に染めた、俺より背も身幅も大きく、武骨な顔つきの森三左衛門殿だった。


 「さすが三左衛門殿。お見事」

 「うむ。兄弟も無事でなによりじゃ」


 三左衛門殿は、兄者の声掛けにその武骨な顔を上げると無精ひげの合間から笑みを覗かせた。


 この森三左衛門殿はその見た目とは裏腹に面倒見が良い御仁のようで、血縁もない我ら兄弟を気に掛けてくれていたようだ。


 由緒ある美濃土岐家に仕えていた名家でありながら、槍の腕前で渾名を持つほどの勇士。さっきは俺も大きな口を叩いたが、この人とり合えば負けるのはこの俺だろうな……。


 「平手様の勢いは凄まじいな……」

 「若様のために発起しておられるのでしょうね」


 森殿ほどの武人でさえ気圧けおされるほどのご家老様の奮迅ぶりには俺も少し驚いた。普段は若様に常に付き従う好々爺のようであるのだが……。


 「ほう……。後方に居った滝川家はもうここまで突破してきたようじゃ」

 「先ほど左近殿が駆け抜けていったばかりだったようでしたが? 」

 「左近殿を中心に良い武士もののふが多いのだろうな、滝川家は……」


 後方から清州勢を蹴散らしながらやって来た南蛮具足と呼ばれる滝川家独特の甲冑を身に纏った武士達。その集団の中から飛び出してきたのは黒装束の忍び・雲霧助五郎。相変わらず清州の足軽集団相手に獅子奮迅のお働きをされていたご家老様平手政秀に素早く駆け寄ると、何やら耳打ちしているのが見えた。


 「なにっ!? 坂井大膳が三の丸広場から逃げ出そうとしていただとっ!! 」

 「はっ。混乱に乗じて少数の手勢で抜け出し、大手門方面へ向かっておりまする」

 「下郎め、命惜しさに逃げ出したか……。儂自ら追いかけて斬り捨ててくれるわっ」


 雲霧がもたらした情報を聞いたご家老様平手政秀は、カッと両目を見開いたかと思うと辺りの雑兵には目もくれず、大手門への道に向かって駆け出した。


 「ち、父上っ!!お、お待ちくだされ!! くそぉ、勝手が過ぎまするぞ……。お前ら、すぐに父上を追うのだ!! 」

 「は、ははっ」


 槍働きにいそしむご家老様に代わって兵を指揮していた嫡男・平手久秀殿だったが、一人で猛然と駆け出したご家老様を見て、慌てて家臣たちに号令を掛け、なんとか軍を取りまとめようとしていた。平手家の軍勢が動き始めたことで清州勢がまた勢いを取り戻し、代わりに我ら前田家や森・滝川家の軍勢がまた騒がしくなってくる。


 そんな慌ただしい平手家を尻目に、滝川家、森家、前田家は三の丸広場の清州勢を駆逐すべく、三の丸にとどまっていた。平手久秀殿と違い、大手門に向けて駆けて行ったご家老を微塵も追いかけるそぶりを見せない兄者や森殿を俺は不審に思って問うた。


 「兄者、三左衛門殿。我らもご家老様を追わなくてよいのか? 」

 「左近殿のあの様子では大丈夫かと」

 「蔵人の言う通り。犬千代よ、視野を広く持つことだ」

 「どういうことだ? 」


 どうやら二人は同じ理由でここに残って清州勢を抑えることを決めたらしい。見ればたしかに左近殿も余裕があるのか、焦る様子もなく雑兵達を打ち倒している。


 「雲霧殿から言づてを聞いた平手様が駆け出した時にはすでに滝川家の者達の幾人かが闇夜に消えておったぞ。大方、大手門に向けて忍びを放ったのであろう」

 「左様さよう。それに見てみろ。左近殿のそばで付き従っておった雲霧の姿も消えておる。お主、槍は上手いがそれ以外はまだ兄・蔵人には及ばぬようだな」


 先ほどは兄者に目の前の事に集中しろと言われ、今度は森殿に周りに目を配れと言われるとは……。まったく、いったい俺はどうしたらええんじゃ。初陣でこうも自分の未熟さを実感するとは……。


 「うるさい……、俺は槍の犬千代。いずれ兄者も森殿も越える漢になるんじゃ!! うおぉぉぉ!! 」


 兄者や森三左衛門殿に生暖かい目で見られ、どう答えたら良いかわからなかった俺は、それを振り払うように叫び声をあげ、三の丸から清洲勢を駆逐すべく、足軽達へと突撃したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る