第44話 天に平伏せ我が名を叫べ ①


 弾けるような照明の下で花弁が舞う。周囲には屍がたむろしており、余興の剣戟を静かに見守る。


「くっ……!」


 いつの間にかナイフも飛ぶ中、イエルカの猛攻を紙一重でかわしていくアネス。

 だが攻勢に転じることは難しい。実力差は明確だ。勝てはしない。


 イエルカが強く踏み込んだ。槍先のブレすら見えないほどの初速が迫る。

 アネスはもはや点になった槍に剣を交差させ、受け流すように槍の軌道をズラす。そしてそのまま槍の間合いの内側に入り、互いの腕をかち合わせた。


 実は初の騎士王イエルカVS円卓騎士。


 遂に始ま……らない。


「!」


 玉座の裏の壁が砕け散った。黒い霧と共に。


 急襲か増援か。飛び出してきたのはアネスの愉快な仲間たち。キヴェールに加え、外套がいとうで身を隠した者が3人。


 降り注ぐ瓦礫と破片に混じり、謎の黒い霧がイエルカとアネスの間に割り込む。

 イエルカは臆せず突っ込むことも考えたが、黒い霧に嫌な予感がしたために後ろへ飛び退いた。


 思いの外、アネスの持ってきた作戦は侮れないかもしれない。円卓騎士キヴェールもそうだが、あの黒い霧は妙だ。


 アネスは呼吸を荒くしながら、隣に来たキヴェールに横目をやる。


「……作戦変更ですか」

「作戦3に変更だ。外には出られない。何やら魔法で塞がれているようでな。それも見たことのない、未知の魔法だ」


 キヴェールは一歩前に出る。


「打倒イエルカにかじは切られた。任せたぞ、アネス」


 堅い表情からは読み取れない不動の熱は、すぐに見て取れるだろう。

 アネスが意を決して白い欠片を口に放り込んだ姿をキヴェールと外套の3人は前に立って隠した。


 ここからが決戦の時。


 アネスの顔つきがまた一段階本気になる。


「我が名は、アネス・リヒューバー」


 空気が揺れ、黒い霧が回る。

 その直後、わずかに開けた霧の奥から槍が飛来した。


 重りのついた紐を切ったような速度。それをキヴェールが掴んで止める。


「来るぞ」


 すぐに追加でナイフの大群が飛んでくる。それと同時にイエルカが右から近づいてきた。その冷静な表情の行き先は円卓騎士にあらず。


(全名開示……魔族がいるな……)


 何となく予感はしていた。外套の3人の中に一人、明らかに背丈の大きな者がいる。全名開示奥の手の媒体としての魔族だろう。

 全名開示はそれなりのリスクを伴うために安直には使ってこないだろうが、潰しておいたほうが安全だ。


 それを防ぐのは円卓騎士キヴェール。

 大半のナイフを掴んだ槍で弾き飛ばした。


「静かに頼む」


 御年82。杖があっても彼とて戦士。


「老犬が芸を覚えたか」


 イエルカとキヴェールの目が合った途端、イエルカの素手によって槍が砕かれる。


 さらにイエルカは体勢が崩れたまま前方を指差す。すると、鋭さを持った樹木たちが床下から突き出してきた。

 速度だけでは実現できない、リズムやヒットアンドアウェイといった常識を持たない連続的な攻撃だ。キヴェールでさえ間に合わないそれを、半透明の円形の壁がギリギリで防ぐ。


「うおっ、いけた」


 作り出していたのは、外套の3人のうち人間であろう2人。半笑いで驚いている。

 それは防護盾魔法、または部分的防護壁魔法と呼ばれる防護壁魔法の簡易版である。

 大人数で展開する球状の防護壁魔法とは異なり、最低でも2人いれば行使できる小型の防衛策。通常の集団戦では使われないが、今の敵はイエルカ一人。十分に効果を発揮する。


手練てだれを揃えたな。私も孤軍奮闘はやめよう)


 イエルカは静かに下がり、四方八方から樹木魔法の手を迫らせた。


 強靭かつ柔軟な木々の大群は、意思を持っているかのようにキヴェールたちを襲う。

 キヴェールたちは陣形を変え、防ぎ、いなし、斬り、あくまで防衛に徹する。防護盾や黒い霧も素早く対応する。


「…………」


 イエルカは怪訝な顔をしていた。

 キヴェールたちはジリ貧に向かっているわけではない。その証拠に、先ほどからアネスが静止している。


(一人だけ動かないということは、アイツが私をつ秘策だろう。にしても中途半端な人数だ)


 アネスを守るには人数が少ないし、アネス以外にも魔族という狙われやすい者がいるのも不便だ。


(少しまどわせば……!)


 中央のアネスに樹木攻撃を集中させた上で、床を這うような低さからナイフを魔族の懐へ。

 完全なる隙だった。アネスを守ろうと注力する他のメンツの死角をとった……が。


 鈍い重みが頭蓋骨を叩く。イエルカの視界が一瞬ブレるほどの衝撃が側面から急襲してきた。


 それでも体幹が揺るがないイエルカは、ギロリと横に首を回す。


「グリフトフ……か」


 アネスの師匠、多くの円卓騎士の師、グリフトフ。

 鈍器メイスを片手に、失望のこもった目で見下ろしていた。


わけぇ者いじめんのは、俺の特権だ」


 グリフトフはいつ現れたのだろうか。戦いの音に混じって感知できなかったようにも思えるが、実際には隠密行動や戦力誤認もの指示通りである。


「……小娘に教えてやろう、作戦の何たるかを」


 キヴェールのそんな言葉が聞こえた。


 敵はまだまだいるようで、これを境に、イエルカは数の力に押され始めた。


 作戦とは、敵対者のあらゆる行動を想定し、それを封じ込める策を考慮した上で、迅速かつ徹底的に自分の強みを押し付け、目標を達成することである。


 イエルカが右に行けば新たな兵が現れ、左に行けば何かしらの罠が待つ。最初の5人はただの尖兵で、ほとんどの兵士は魔法で隠れていたのだ。

 時たま急襲してきた兵士を返り討ちにすることはあっても、キヴェールの用意した策はそれすら餌にする。


 彼女が攻める側、キヴェールたちが守る側だという状況は変わらないが、明らかに攻撃の勢いは衰えていた。


「っ……!!」


 イエルカは別に死にはしないし傷がつくこともないのだが、衝撃は食らう上、どんどん敵戦力がキヴェールのもとに集結している。


(起こるかも分からなかった戦闘だろうに、いつも以上に固めてきたな、キヴェール。不敗の将軍は敵に回るとこうも厄介か……)


 イエルカとて一応は人間で、実のところ広範囲を一気に殲滅する力はない。だから大軍を相手にすれば止まることは多々ある。


 今回は大軍ではないが、それに匹敵する練度がある。キヴェールたちはただ方陣を組んで全力を出すのではなく、防御力が全体で一定になるようにカバーしあっていた。

 アネスを除いた最初の4人とグリフトフが強い駒であることを認識し、陣形に穴があかないようにしている。それに気のせいか、そもそも樹木魔法への対応が上手い。


 イエルカは想像以上に対策されている。数でも策でも負けている敵に突撃し続けるのは意味がない。


 だから彼女は孤軍奮闘をやめたのだ。


「準備はできたかい」


 語りかけ、返答を待つ。


 すると一秒と経たず、虚ろな瞳が手を上げた。

 それは高そうな服を着て化粧を施した人間共。晩餐会でイエルカが一網打尽にした客人だ。


「しっ、死体が動いてます! 違法魔術です!」


 外套の人間がとっさに声を上げた。混沌の極まりを感じる。そこら中に転がっていた死体が立ち上がり、生気が無いまま突っ込んでくるのだから。


(イエルカの魔法ではないな。仲間が動き出したか)


 イエルカの魔法能力は中くらい。性能や手札はお世辞にも良いとは言えない。死体を操ることなど不可能だ。

 となると仲間の仕業だろう。これも想定はしていた。仲間、最悪の場合は魔王がイエルカと共闘してくる可能性を考え、防御を急ぐための段取りは決めてある。


「死体も敵だ! 常に固まり側面を晒すな! 残りの魔法兵も方陣内部に集結せよ!」


 キヴェールの指示に従い、9人の魔法使いが揃った。これなら防護壁魔法も行使できる。


 方陣の最も外側では歩兵が躍動し、内側からの魔法の支援が全体の隙を消す。

 死体はぞろぞろと囲んでくるが、たかが60から80キログラムの自走する塊だ。未だ脅威ではない。


「アネス! まだ時間かかりそうか!」


 とグリフトフが方陣の中央に催促する。


「ちょ……今は話しかけないで…………!」


 全員がアネスを待っている。時間は余っていない。

 キヴェールの指揮で繋げているこの未曾有の戦場もアネス次第で簡単に地獄になりうる。

 目指すべきはその逆。サクッと一撃で勝つ。その見積りもある。だからキヴェール的にもさっさと終わらせてほしいものだが。


「!」


 キヴェールの仕込み杖の先端が誰かの眼に刺さった。

 たか生ける屍リビングデッドの奥に仕込み杖の剣先が呑まれている。それでも眼が動いていたから、彼は死体だと思っていた。


 その直後、嫌な感触と音がして、仕込み杖が血に染まる。

 死体の軍団から出てきたのは赤い髪――イエルカだった。


「いい子だ」


 イエルカは真っ直ぐに、これが普通だと言わんばかりの笑顔スマイルで、左眼を貫かれながら突き進んできたのだ。


 キヴェールが驚いた一瞬でイエルカは側頭部から刃を外し、キヴェールの横を通り過ぎて防衛線の内側に入ってくる。


「なあ」


 そして両腕を伸ばし、柔らかに包み込む。

 捕まえたのは長身の外套、つまり魔族。


 作戦とは変わりゆく状況に応じて修正されるものである。しかしこれからの状況は、イエルカが機動力で即時的に黙らせた、という単純なものであった。


 キヴェールが振り返った時、既にイエルカと魔族は姿を消していた。

 何が起こったのか。幻を見たような非現実感が残る中、突如として地響きと共に床がうねる。


「うおおっ!」

「な、なんだ!?」


 慌てる兵士たち。


「陣形を崩すな! 防護壁展開!」


 キヴェールは樹木魔法と死体が落ち着いたのを見逃さず、今のうちにと魔法使いたちに防護壁の準備をさせる。

 その間にもカーペットが盛り上がり、玉座に近いあたりが突き破られる。


 組み上がるのは今までにない太さの幹。まばたきをする時間をかけ、誰もが見上げる葉のない大樹が現れた。


「ふぅ……」


 日輪のごときシャンデリアを背に、大樹のてっぺんでイエルカがだるそうに息を吐いた。


「ゼナーユだったか……人もどきにはお似合いの閑職だな」


 枝に捕らわれた魔族をさげすみ、新品の剣を抜く。


「開戦記念だ、私も乗せてもらうぞ!」


 イエルカは突き立てるように足元の魔族を剣で刺す。

 そこには何か、耳を塞ぐな、こっちを見ろ、そういう意気がある。


 もはや誰にも否定できない。背筋を正して正面を向けば、赤い血が過ぎ去ろうと、それは確かな王の立ち姿。


「我が名は『進化の騎士』イェ・ルカ・クォンラベーレ!」


 それこそが彼女の高鳴り。


「さあ、戦いを始めよう」


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