第43話 誰が至高を殺しうる


 玉座の上で彼女は頬杖をついていた。

 全くもって平気そうに顔を傾けている。


「話してみろ。ここへ着くまでの道筋を」


 そんなイエルカに対し、アネスは長卓の席に座って一息ついてから話し出す。


「私の疑いは無から生まれたわけじゃない。私はあなたにも言っていない秘密を持っていた」

「秘密?」

「『魔王ワルフラは味方殺しを行っている』。この事実を目撃した以上、短期間で円卓騎士を複数人失ったあなたにも疑いの目を向けてしまう……というのは、ほんの些細なキッカケです」


 そう、アネスはペルフェリアの一件でワルフラの味方殺しを把握しているし、ワルフラは口封じに失敗している。


「はじめは陰謀論の域でしたが、調べていく程、会談以降のあなたや周囲の動向には怪しい点が見つかりました」


 彼は原稿でもあるかのようにハキハキと喋る。


「まず、円卓騎士四名の死亡現場には必ずあなたがいて、かつ殺された瞬間が目撃されていない。普通であれば魔族に殺されたと考えるところですが、ウーテスさんとカミロさんに関してはあなたの証言しかない上、エサノアさんに関しては魔族が死体を埋めて隠すとは考えにくい。そしてもう一つ、魔界へ進軍した後、あなたはどうやって王都へ帰ってきたのか。ケイスさんの情報によれば、あなたは魔界で遭難してから4日目までは魔界にいたはず。それにもかかわらず、あなたは5日目の昼に王都へ帰ってきた。しかもニコトスを殺したという土産話を持って。このあまりに早すぎる帰還は誰にも目撃されていないし、魔王に飛ばされたとしても行き先が直に王都なのは不自然だ」


 アネスは長卓の上の丸いパンに手を伸ばし、それを真ん中で割る。


「つまり、これらはあなたの『味方殺し』と『魔王との繋がり』を示し、この晩餐会はあなたの人間性を示している」


 結論を出すには不十分な点も多いが、目の前に化けの皮が剥がれた女がいるとなれば話もしやすい。


「……今はそんな調子です。物的証拠が欲しいんですけど、どうもそこまでやさしくはないようで」


 と最後に付け足し、パンを雑に頬張った。


「希代の陰謀論だな…………と言いたいところだが、今さら否定はせん。どうやら私は私が思っている以上に迂闊うかつだったらしい」


 イエルカは今さら言い逃れるつもりもないので、実質的に罪を認めた。


「で、何のためにこんな事をしているんですか」


 今度はアネスが聞き手になり、騎士王の中身を覗いていく。


「目的は魔力不足の解決だ。戦時中に魔力消費を抑えたい場合は、円卓騎士を排除する事が桁外れに効率的、という話だな」

「魔力不足……あぁ、ありますねそんな話。でも、魔法構築にかかる時間が増えたってぐらいで、我々人類に大した害はないはずでは」


 拍子抜けしたようなアネスを見て、イエルカの目線が尖る。


「…………ここ二百年近くの魔法技術の飛躍的進歩は君も知っているだろう。あと百五十年もすれば魔法を使うことすら難しくなるのだぞ」

「……魔族を滅ぼせばいい話でしょう。それで魔力不足は解決します」

「その見通しが君にあるのか?」

「そういう話ではないんです。重要なのは戦争を終わらせるという行動と意志だ」

「現実的に考えろ。人類史の半分以上は魔族との争いの歴史だぞ。私にはこの戦争が勝利で終わるとは思えない。生まれた時から、ずっとそうだ」


 イエルカは勝利を希望していない。そもそもの可能性が皆無だと信じているからだ。

 人間が魔族との戦争状態にあった期間は合計600年弱。束の間の平穏を挟みつつも、枕元には戦争があった。


「あなたがそれを言って……何になるんですか」


 アネスの顔色が怒りに移りかける。


「それに、あなたのやり方が肯定される理由はない。殺されることを受け入れる人間がどこにいるんです?」

「私は受け入れられようとは思っていないさ。だからコソコソ隠れてやっているんだ」

「それでも必要不可欠だと……言いたいんですね」

「ああ。魔力とは魔族のすべて、食料であり資源だ。魔力不足がさらに深刻化すれば魔族は死に物狂いで勝ちにくる。全魔族を総動員し、なりふり構わず殺しにくる。奴らが今以上に団結しては人類は絶滅するのだ」


 実際、それらは現実的な分析だ。十分あり得る話だし、魔族にとって自然な行動だと言える。


「我々に勝つ未来はないが、負ける未来はある。つまり目指すべきは現状維持だ。そしてそれは私個人にとっても良いことなのだよ」


 イエルカは人差し指を立て、力説する。


「いいか、少なくとも私は戦争と共に生きている。終わらない戦争の中で唯一の幸せは、軍を操り他者を圧倒する時だ」


 雲行きが怪しい。想像していた方向の斜めに向かったイエルカに、アネスは「ん?」と眉を歪めた。


「人間を殺せば罪になる。しかし魔族を殺しても文句は出ない。私はそういう戦争を続けたいのだ」


 イエルカは戦争がしたいから戦争を続ける。その割には胸を張って話すものだから、アネスの口はあんぐりと開いていた。


「…………う、嘘でしょう……?」

「は? 何がだ」

「いや……私はてっきり、勝利を諦める代わりに、敗北を回避できるからやってるのだと……」

「それは過程だろう。私の趣味のための戦争維持のための円卓騎士殺害、これが真実だ」


 アネスは思わず席を立つ。


「理解できない……人が死に続けているというのに、続けたいだなんて…………!」

「私も正当性があるとは言わんが、結果的には人類の利益になっているのだから、目を瞑ってもバチは当たらんぞ」

「目を瞑るって……私のことを殺したいのでは」

「ああ、殺す」


 騒がず死んでくれ、とイエルカの眼は告げていた。


 これが王を任され、民に期待され、戦場を駆け抜けてきたイエルカの正体である。


 アネスは自分がおびやかされている事ではなく、他の円卓騎士たちや兵士たちがそんな人間のために死んでいったことに純粋に憤っていた


「あなたは……!」


 しかし怒りは判断力を鈍らせる。まずは憤りを研ぎ、冷静さへ昇華させるのだ。


「あなたは戦争が生み出した悪意の化身だ。そんな怪物が玉座に座ってはいけない」


 澄んだ心に沸き上がる勇気と失望。誰に見せるためでもない、絹を裂くような爽やかさ。

 それもイエルカにしてみれば戦いのスパイスだ。


「ならば剣を取り、武力で奪い取れ」


 イエルカは玉座を立ち、指先で指示を出した。

 すると床や壁から生えてきた樹木の幹が彼女のドレスのすそを破き、丈を調整する。さらに備蓄魔法から甲冑を取り出すと、樹木たちがしもべのように紐を結び、籠手こてをはめ、イエルカの体に甲冑を取り付けていく。


「ええ、そのつもりですよ」

 

 アネスは剣を抜いて応えた。軍が支給する量産品の両刃剣を。

 社会的に裁くにしても、この会場から出るためにはイエルカを倒さねばならない。


「他に訴えたいことはあるか?」

「そうですね……私が勝ったら『模倣の騎士』って別名は変えさせてもらいます。以前から気になってたんで」


 アネスはそう言いながら土足で長卓の上を歩き、わざわざイエルカの真正面に移動する。


「……好きにしろ」


 イエルカの後ろでは王都の旗が枝木に巻かれ、一本の槍のように彼女の手に収まる。


「勝てば官軍、負ければ賊軍。この戦いを勝ち抜いた者に全ての権利が与えられる」


 イエルカは槍を片手に構え、アネスも剣を体の前に構える。


「では改めまして」


 震えないよう力を込め、


「我は『継承の騎士』、アネス。人類の敵を滅ぼす者なり」


 アネスは最強に挑む。


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