第32話 戦争の理由 ②


「私……気をつけていたんですけど……あはは、ダメだったみたいで……」


 空き家の壊れかけのベッドの上でサモナは横になっていた。


「…………」


 カミロは壁にもたれかかり、ケイスはベッドの側に座り込んでいる。


 誰も正解を持ち合わせていない。夕方の息も詰まる空間で彼らは各々の絶望を募らせている。


「ね、ねぇ……サモナはどうなるの? 治るの?」


 ケイスが顔を上げた。


「……知らないのか?」

「何となくは知ってるけど、小難しいことは全部オデットに任せてたもん……」

「そうじゃなくても……まあいい、大事なことだ。今覚えたほうがいい」


 カミロはサモナのほうを向く。


「サモナ、このバカに説明していいか?」

「……はい」


 念のための許可を。こんな礼儀はサモナには不要だったが、カミロもやはり繊細になっていた。


「まず、魔族は『完全免疫球菌かんぜんめんえききゅうきん』という菌を体内に飼っている。それを何らかの形……魔族の血を浴びたり粘膜に触れたり、あとは長時間近くにいたりして人体が取り込むと、人間は『完全免疫』という病気に感染する」

「かんぜんめん……?」

「完全免疫。要はその菌が体を攻撃しまくるってことだ。初期症状では関節が異常に柔らかくなって脱臼や捻挫が起こりやすくなり、すぐに立てなくなる」


 関節の軟化は完全免疫の特徴的な症状で、サモナの症状とも一致している。それは判別しやすい症状であるとともに、人類にとっての死の象徴。


 感染症という事を知ったケイスがソワソワしていたので、


「怯えるな。二次感染はしない。というか円卓騎士には感染しない。理由は知らんがな」


 とカミロが咎める。


「……ご、ごめん」


 申し訳なさそうなケイスにサモナは笑いかけた。


「この病気の治療方法は見つかっていない。魔法ですら治せない。つまり俺たちに出来ることは、何もない」

「…………」

「わかったか。これが人類と魔族が戦う理由だ」


 カミロとて説明が嫌になるほどの常識だ。もっとやる事があるだろと考えてしまう、何百年と続く戦争の理由。生きるか死ぬか、その二択しかない理由。


「……住み分ければいいじゃん」


 ケイスは恨み言のように呟いた。


「あ?」

「今だって地上と魔界に住んでるんだから、戦わなくてよくない?」


 誰もが一度は考えることだ。


「……さっきは言わなかったが、人間も魔族の害になる物質を出している。『排気魔力』ってやつでな、魔族からしてみれば俺たちの魔法の使い方は汚いらしい」

「ふーん……」


 納得してうつむいたケイスはふと気づく。カミロの鬼気迫る視線がケイスを見ている。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………?」


 ケイスが眉をハの字にしたとたん、カミロが殴りかからんとする勢いで迫る。


「早く竜を出せ! サモナを故郷に送り届けろ!!」


 真っ当に怒られた。


「あっ、はい!」


 それが完全免疫にかかった人間にできる精一杯。避けられない死を輝かしい死に変える。


 ケイスが小走りで扉に手を掛けようとすると、サモナが「待ってください」と口を開いた。

 体を起こすことができず、声も震えている。それでも彼女には伝えたいことがあった。


「私は最後に……イエルカ様に会いたいです」


 それが願いというのなら、叶えない理由はない。


「でも陛下は行方不明で……」

「ロンゴミニアドを出せ。とりあえず王都に向かう。時間はかかるが、陛下も向かっている可能性はある」

「うん……」


 カミロの指示の下、ケイスが扉を押す。


 ここまでは良かったのかもしれない。


 彼らはサモナに気を取られてある事を忘れていた。

 ここが反政府を掲げるネズミの巣だということを。


 空き家の周囲にセットされた爆弾が爆発した。

 前兆はなかった。それも当然か。いつバレていつ仕掛けられたのかなど知る由もない。


 凄まじい衝撃が山村に響き渡る。

 これは円卓騎士を狙った爆殺事件。

 未遂で終わったのは、ひとえにサモナが注意を払っていたおかげだ。


「暇人どもが……もっと他にやることあるだろ……!!」


 立ち込める黒煙の中からカミロの声がした。

 崩れた木材が燃える真ん中に、一切の被害のない床と3人組がいる。


 カミロが前に構え、ロンゴミニアドに守られたサモナが立って防護壁魔法を展開していた。


「はぁ……はぁ……!」


 倒れるサモナをケイスが支える。


「あんたらどうしたの!? 火事かい!?」


 何も知らない婦人が近寄ってきたが、反政府軍の根城である以上、誰も信じられない状況になっている。


「…………あんたが犯人か」

「え?」

「いやいい。すぐ出ていく」


 カミロがサモナを抱っこして、ケイスにロンゴミニアドを引っ込めさせる。すぐに村から離れなければならない。

 彼らの道を阻むのは、物陰から出てきた幾人かのガラの悪い男たち。


「防護壁をその人数、あの速度で展開するとは……噂以上だな、円卓騎士は」

「その女は誰だ? 愛人か?」


 小太りの男が持つ剣がカミロの目の前にある。

 反政府軍の腕章を付けているし、爆殺未遂事件の犯人だろう。しかしカミロたちに敵対の意思はない。


「構うな。俺たち人間軍は人間を相手にしない」


 そう言ってスルーしようとすると、刃がカミロの頬に近づいて傷が入る。なおも進むカミロだったが、数秒で我慢ならず……


「痛ぇんだよバカ!!!」

「あふぅっ!!」


 男の股間を蹴り上げた。

 あまりの激痛に男は卒倒する。


「おい! 人間を相手にしないんじゃねーのかよ!」

 

 そばにいたヒゲ面の男が駆け寄ってきた。


「中身の話だ。お前らは同族殺しのノミに過ぎん」


 カミロの見下した口調に、ヒゲ面の男が食って掛かる。


「なんだとぉ……? お前たち軍のほうがよっぽど人間じゃねーな! 何人の命を無駄にしてきた!」

「無駄な命があってたまるか! 全員が人類に貢献してきた! 今お前らが呑気に人殺しできるのは俺たちが魔族と戦ってるからだ!」

「いつまで戦ってんだって話だよ! 何百年もチンタラチンタラ! 何が円卓騎士だ! 根本が間違ってるから終わらねぇんだろ!!」

「外野が口を挟むのか! こっちは人類を背負ってやってるんだ! 常に最適解を探って生きてる! お前たちと違って現場で……」

「……ああ? 何だよ」

「…………」


 カミロの目のピントは男の肩の向こうに合っていた。


は何だ?」


 奥に銀色の何かがいる。


 魔族だろう。栄養失調みたいな手足をしており、撫で肩で首がやや長く、顔は小さくて丸い。目のような2つの白い球体と、口のようなV字の裂け目が繋がっている。鼻や耳、体毛は無い。


 砂利道を外れた丘のところに棒立ちで、カミロたちのほうを見ている。


 じっと、ずっと、呼吸すらしていないような……。


「!」


 魔族が動き出し、板のように倒れた。

 もう動かなくなった。一息で終わったせいで生き物だったのかすらもわからない。


「ありゃ魔族か……!?」

「死んだ……?」


 さすがに反政府軍の方々もビビっていた。


 そして、まだ終わりじゃない。


「背中に何かあるぞ」


 倒れた魔族の背中に生き物が乗っている。

 元から背負われていたのだろう。しかもあのサイズ、肌の色、形、これは確実に、


「赤ちゃんじゃね?」


 布にくるまれた人間の赤子だ。


「何じゃそりゃ」


 何が何だか、彼らには掴めない。

 ある意味での共通の目的というか、興が削がれたというか、とにかくカミロたちと反政府軍は自然と停戦に入っていた。


 アレは何か。その真実は前日に示された。


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