第30話 焼け跡の輝き


【人類】



「じーちゃん! じーちゃん!」


 とある山村の片隅で、一人の少年がレンガ造りの家屋に駆け込んできた。


「空! 空が変だよ!」


 玄関で慌てふためき、イスに座る老爺ろうやを外に連れ出す。

 外は快晴。牧歌的で涼しげな村。そこに異変が一つ。山間部にかかる橋のように、光の脈が空で輝いている。


 老爺には思い当たる節があった。


「ありゃあ回廊受令かいろうじゅれい……いや、少し違うような……」


 回廊受令とは人間軍の使う複数の魔法による緊急伝令。それに似ている気がしたが、よくよく見れば光の形状が立体的だ。本来は平面的、ペラペラなのに。


「じーちゃん知っとん?」

「昔なぁ、軍にいたときに何度も見た……あの光は文章になっとるんじゃよ」

「なんて書いとる?」


 孫に聞かれ、老爺は昔の記憶を掘り返す。


 始端から終端の印の間にある枝分かれした光の長さと形、根本の位置と角度から、暗号のように文が読み取れる。

 もっと言えば、その光は内部に詳細情報を持っているのだが、今回は何故かそれが無い。ただの光の暗号文だ。


 その光は少ない情報でこう記してあった。


「……『帰ってきた』」




 *




 カミロ、ケイス、サモナの3人は魔界から地上への脱出後、かなりの距離を進み、今は山のふもとの湖畔に腰を下ろしていた。


「カミロ様の光線って、あんな風に使えたんですね」


 サモナが空を見て呟いた。


「魔法としての意味はないが、文章としては成り立っているはずだ。あとは味方が拾ってくれるかどうかだな」


 あの回廊受令はカミロの光線による模造品。

 光線の太さを調整し、範囲ギリギリにまで飛ばすことで人間軍へと帰還を伝える策。


 カミロは右側にある山を睨んだ。山肌には遠目でもわかる巨大な穴があいており、離れているのにすぐそこにあるようだった。


「俺たちはあの大穴から敵の追手が来る前に、味方と合流しなきゃならん。生存報告と戦闘準備……これが俺たちの今の任務だ」


 カミロは腰に手を当てる。


「……聞いてたか、ケイス」


 声をかけても死んだ魚のように反応を示さない奴がいる。

 ケイスは木の根元に座り込んで口を半開きにしていた。オデットが死んでからこんな感じだが、最低限はカミロに従って合理的に行動してくれるのが幸いだ。


「ケイス様……」

「ありゃダメだな。しばらく放置だ」


 あんな様子では話しかけても逆効果だ。ケイス自身の中で咀嚼そしゃくしきるまで待つしかない。


 測位魔法を終えたサモナは世界地図を取り出した。


「カミロ様、私たちの現在地がわかりました。本当に最初の突入位置の真裏のようですね」

「一番近い駐屯地は」

「えーっと……あー……」


 サモナはわかりきっている事を自信なさげに言う。


「多分……クロミッタ様のいる、バライナ駐屯地ですね」


 『円卓騎士クロミッタ』。扱いづらい奴ではあるが、嫌いになるような奴でもない。それよりも問題なのが、クロミッタが戦っている相手だ。


「だよなぁ……」


 カミロは肩を落とした。


「ここら辺って、反政府派の拠点だよなぁ……」




 *




【魔族】



 ジグロム率いる軍艦2隻は魔界のナワルビン島から東へ、旅団の置かれた港湾都市に到着した。

 

 港では、豚のような顔をした魔王軍兵士がペンと紙を手に、軍艦から下ろされる荷や怪我人たちを逐一確認していた。


「20隻の艦隊が出たと思ったら、2隻の間違いだったかぁ。魔導隊長も主計長も死んで、ドラガは回復魔法ですら治らない重体……」


 戦死者リストの紙を見ながら呆れ果てていた。


「透明の騎士の死体とフルネームを手に入れたらしいが、結果的にはボロ負けじゃないか。蘇生鏡ってのはちゃんと壊せたのかぁ? 人間共が戦力増強の手段を手に入れたら大問題だぞ」


 そんな風にぼやいていると、肩に手が回ってきた。


「あァ……壊したさ」

「ジ、ジグロム様……!」


 豚の魔族は青ざめた。ジグロムが背後に身を寄せており、伸びた左手が紙に触れている。


「こんな風に」


 ジグロムは紙で豚の魔族の首をかっ切った。


「いぎゃあああああああ!!」


 血が噴き出して花びらのようだ。


「良い紙だ」


 ジグロムは奪った紙をめくり、記された様々な情報に瞬時に目を通す。


「魔王様は未だノーコメントか……ンー、イエルカに息の根止められてたら、それはそれでアリだな」


 などと今回の件について考えていた時、さっきの豚の魔族がナイフを取り出した。


「てっ、てめー! よくも俺に傷をつけやがったな! 俺はあんたの下で10年戦ったんだぞ! バニア遠征にも参加した!」


 豚の魔族は首の傷を抑え、尋常ならざる怒りの形相をしていた。

 今にも破裂しそうな勢いのナイフの切っ先に、ジグロムは悠然と向かい合い、


「アー、あれは楽しかった」


 と満面の笑みで言い放った。


「楽しかっただと……!? 俺は死にかけたんだぞ! 他の奴もそうだ! あんたら四天王を生かすために何万人死んだと思ってる!」


 さらに怒る豚の魔族にジグロムは近寄る。


「お前、今は何やってる?」

「この湿気しけた軍港で水兵さ! この俺がだぞ!?」

「そうか……」


 ジグロムがふところから何かを取り出した。


「!」


 パシッ!――豚の魔族の左胸に、その何かが付いていた。


「なっ……! カッセアー名誉勲章……!!」


 豚の魔族はあまりの驚きにナイフを落とす。

 それは魔王軍が与える勇者の証。六本線の星形の中心に魔王軍の紋章があり、後ろには魔性植物の葉の意匠がある。


 付けているだけで誰もが認める勲章だ。さすがに豚の魔族は文句が出てこなかった。


「俺が生きていればそれが勝利だ。俺たちは勝った」


 ジグロムの悪魔のささやきには抗えない。


「さあ、戦勝パーティーだ。お前も来い」

「へっ!? ……あっ、よ、喜んでぇっ!」


 豚の魔族は飛び跳ねながら港中に声を響かせる。


「ウオオオッ! ジグロム様の勝利だーー!!!」


 その後、止血を忘れていたせいで倒れたらしい。


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