第29話 透明の騎士


 一旦、観客席より中継を。


「そうか……!! ケイスのエクスカリバーは単発の砲弾だがカミロの光線は連続的な高熱! 継戦能力の塊! 魔界の天井に穴をあけるならカミロのほうが適任!」


 ワルフラが興奮で立ち上がった。


「フハハハハハ!」

「クソーッ! もっと頑張れよ四天王ズ!!」


 対するイエルカは頭を抱えていた。




 *




 激しい火柱の渦の中から剣が飛んでくる。

 ドラガはそれを高温で溶かし尽くし、高く跳躍してから気温を巧みに操り、瞬く間に雷雲を作り出した。


 火柱を取り囲む雷雲は内部で電気を溜め、突き刺すような落雷を何度も火の中に浴びせた。


 天災の連擊。その渦中にいるのはオデット。

 火と雷を浴びてなおオデットはピンピンしていた。


「!」


 炎から出てきたオデットが一直線でドラガに向かってきた。


 今のオデットは消去能力を使っている。ドラガは触れるわけにもいかないので横に避ける。

 さらに向かってくるオデットに対し、ドラガは至近距離で爆発を起こした。


 温度操作を行えるドラガにとって爆発を起こすことは容易い。そして爆発で発生する閃光はオデットの消去能力の弱点を突ける。閃光による眩暈めまいを起こすことができるのだ。


 自らも爆風に吹っ飛ばされるドラガであったが、それほどの威力ということ。


「……!」


 しかしオデットは未だ健在であった。

 無傷、不動。目もバッチリ開いている。


(目が潰れてねぇ……光も消してるのか……? いやありえねぇだろ。ルルテミアじゃねーんだ。そんなんで戦えるワケがねぇ)


 ドラガの思考が解を求める。


(全名開示の効果か……)


 よぎった答えを証明するため、ドラガは仕掛けた。


 繰り返す爆発。オデットの立つ位置が爆心地となり、連続的な大爆発が起こる。

 2人は爆風とともに海上を走った。ドラガの狙いは足場を崩すことにもある。


「!」


 海面が安定せず、オデットの体勢が崩れた。

 すかさずドラガは近くの軍艦の甲板に上がり、そこにいた適当な魔王軍の魔法使いに目をやった。


「アイツを撃て。何でもいい」


 ドラガ以外の攻撃は受けるのか。その検証。


「は、はいっ!」


 魔法使いは慌てて準備をして、跳んできたオデットが甲板に足をつけた瞬間、火炎放射魔法を放った。

 苛烈な炎がオデットを不意打ちするも、燃えたのは甲板のみ。


「けっ……そうかよ」


 ドラガは納得し、魔法使いの頭を掴んで耳打ちする。


「ニコトスに伝えろ。奴の本名はオデット・ハーディンガーだ」

「はぇっ……?」


 戸惑う魔法使いの横をドラガが通り過ぎる。

 ドラガは気づいていた。敵の変化と、勝てないことに。


「けっ」


 なぜ地面に立てるのか。なぜ敵を捉え、音を聴けるのか。触れたものを全て消す能力のはずが、オデットは光も音も空気も取り込んでいる。それなのに攻撃は受けていない。


「テメー……自分への攻撃だけを選別して消してやがるな」


 先ほどの全名開示がもたらした効果は単純な魔法の範囲拡大ではなく『精密化』。

 オデットの体に触れた物質や現象のうち、害となるものだけを自動で検出して消している。


 彼は今、完全無欠の無敵状態。


 最高に都合の悪い敵となった。


 オデットとドラガが互いの間合いに入る。

 炎で彩られた甲板で、ドラガの拳が振り上がった。


(コイツに勝たなきゃ、俺たちは勝てねぇ)


 ドラガにとっての戦争とは、より強い個人を倒すこと。いくら雑魚を刈り取ったところで最強を倒さねば戦争には負ける。


 それが現代の魔法戦争。才能は数を凌駕する。


 腹に突き刺さった腕が……いや、オデットの腕に触れてしまったドラガの腹には穴があいていた。

 一方のオデットは無傷で目を開けている。


「お前の負けだ」


 オデットが腕をじわじわと上げ、ドラガの上半身の穴を縦に伸ばしていく。

 抗う術はない。ドラガに二度目の死が近づく。


「オデットォ~」


 船首斜檣バウスプリットにジグロムが立っていた。


「受け取れ」


 何かをオデットに投げてくる。

 茶色くてゴツゴツした、1メートルもない物体だ。


「!」


 オデットに悪寒が走る。投げられたのはフェイルノートだ。ケイスの操る小型の竜。


 オデットに当たったとしたら消えるのか、ぶつかるのか。その答えを彼は本能的に知っている。


(あの速さは……ぶつかったら消える……!)


 オデットは避けなかった。


(ケイスを悲しませはしない……!)


 フェイルノートを胸元でキャッチした。

 それはすなわち、消去能力を解除したということ。


 オデットは感情を優先してしまった。四天王の前での無防備は、刹那であろうと死に直結する。


「う」


 ジグロムの手がオデットの頭部を背後から貫いた。


 オデットの目から生気が失われる。脳の働きは消え、その場に倒れる。即死だった。オデット最大の弱点はケイスだった。


「なんで殺さなかった? お前のほうが近かった」


 ジグロムは手を引き抜き、死にかけのドラガに言葉を吐く。


「俺ぁ……負けた…………オメーは勝ったみたいだがな……」


 ドラガは話すのもやっとだった。


「俺が卑怯に見えるか? 俺にも右腕の恨みがある。お前の信条には悪いが、これが一番良い」

「…………」

「これは戦争だ。殺しを崇めるな」

「……別に文句はねぇよ。コイツは強かった……ってだけの話だ」


 いつしか戦火は止んでいた。


 魔族側の軍艦は3隻がケイスにより撃沈され、1隻が人類協会との連携で撃沈された。

 人間側はオデットと騎士3名、人類協会の信徒7名が死亡。




 オデットの死は、彼に抱かれたフェイルノートからケイスに伝わっていた。


 嘆き叫ぶ声がする。そんな余裕はないと誰もがわかっていた。

 天井には貫通した穴がある。転送魔法は使えないため、通るには竜に乗っていくしかない。


 こうして、人間たちは地上へ脱出した。


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