第2話 創造の騎士 ①


【人類】



「伝令ーっ! 伝令ーっ!」


 馬に乗った一人の兵士が小高い丘を駆け下りてくる。


 その兵士は人間軍の野営地の少し奥のほう、大きなテントの前で馬を降り、必死の形相で事を伝える。


「会談は終了! ウーテス様がルルテミアと相討ちになり命を落としました!」


 テント内の士官たちがザワつき出す。


「すぐに帰還の用意を! 今日中に中立区域最北端に移動する、とのことです!」


 兵士はイエルカからの言葉を伝え終え、息を荒らげながら下がっていった。


 帰還準備を指示した後、士官たちはしかめっ面を突き合わせる。


「ここは中立区域のはずだろう……! なぜ戦いが起こる!」

「中立は慣習に過ぎん。この戦争にルールなどあるか」

「魔族共が調子に乗る前に帰るしかないな」

「エサノア様はとりあえず第2魔術軍団へ合流してください」


 女性の士官が、テントの端っこで剣を抱えて縮こまっている女性騎士『エサノア』に声をかけた。


「…………して……ぁ………………ぅん……」

「エサノア様?」


 何かを小声で呟くエサノアは、ハッとして背筋を伸ばす。


「……えっ、あ……わ、りょ、了解です!」


 エサノアはテントを出て走っていった。

 それをため息混じりに見る士官たち。


「……徒歩で行こうしてるぞ。誰か馬をつけてやれ」

「円卓騎士というのは何とも、玉石混交だな」




 円卓騎士エサノア。

 彼女も護衛として騎士王に同行した身ではあるが、頼りない困り眉と猫背は騎士王とは正反対だ。

 細身の甲冑、ベージュ色の結われた髪、素朴な腰のスカート。どこからも勇ましさが感じられないのはもはや才能か。


「あっ……ご……加勢しに来ました……!」


 馬を降りたエサノアが草原の木の近く、魔法使いの部隊の前に現れた。


「エサノア様」


 テンションの低い隊長の男が迎える。


 騎士王の帰還を待つ第2魔術軍団は、魔王軍の野営地に最も近い位置に展開し、防衛線の役割も果たしている。


「あ……イエルカ様は……」

「もうすぐかと」

「……じゃあ、帰るだけですね……!」

「いえ……もう、来ています」


 隊長の男が震える手でエサノアの背後に指を向けた。

 何かがいる。既に敵がいる。


 地響きとともに、エサノアの体に影がかかる。


「はァ? コイツが円卓騎士? マジか? まーいいや」


 そこにいたのは獅子のような、サイのような、それでいて人型の魔族。

 筋骨隆々で鎧を纏っており、戦士としての威厳を持っている。この魔族は奇襲でこの場を制圧したのだ。


 大きな手で掴んでいた人間の死体を投げ捨て、魔族は腕を振り上げる。


「手柄を上げりゃあ俺が次の四天王だ」


 前腕が鋼鉄になった。魔法の一種だ。


「あばよ」

「ひぃっ……!」


 一撃――まずは片脚が切り飛ばされる。


「へぇ……やんのね、けっこう」


 魔族は片足立ちでニヤリと笑い、失った脚よりも先に後方のエサノアを睨んだ。


 エサノアはいつの間にか剣を抜き、魔族の攻撃をかわして剣撃を当てていた。


(……戦わなきゃ……私が今、ここで……!)


 腐っても円卓騎士。実力は折り紙つき。


(イエルカ様に褒めてもらったこの力で……創造の能力で……!)


 円卓騎士は各人が特殊な魔法能力を持つ騎士であり、その能力にちなんだ称号で呼ばれる。


 エサノアの称号は『創造の騎士』。

 脳内で思い描いた万物を創造する能力を持つ。その可能性に際限はなく、武器から食料、果ては生物、未知の物質すら創造できる。


「こりゃあ、舐めてちゃ死ねるわ」


 魔族に大量の液体金属が集まってくる。

 液体金属はどこからともなく湧いてきて、隠していた人間の死体を置き去りにしていた。


 すぐに金属によって魔族の脚が形作られ、切られる前と同じ姿に戻る。

 さらに余った金属で腕を増やし、鎧を増設し、4本の大剣を構えた。


「行くぞ!」


 本気の戦いだ。覚悟が空気を凍らせる。

 その直後だった。

 水色の煙のような気体が魔族の全身を包み込み、体を茶色く変色させる。


「っ…………何だ……!?」

 

 一瞬で足や手が腐り落ち、立てなくなる。


「な…………ぐ、ぐおおおおおおおお!!!」


 魔族は悲鳴を上げて崩れていく。

 なんとも拍子抜けに、破片から塵と化し、魔族の戦士は消滅した。


 水色の気体の出所はエサノアの片手。


(やった……! 腐食させればいいんだ……!)


 これが創造の能力。金属の詳細がわからなくとも、『目の前の金属を腐食させる気体』という抽象的な指示で、欲しいものが創り出せる。


(周りに人はいないかな……いたら謝っとかないと。魔力を使いすぎてすいませんって。謝ったら仲良くしてくれるかなぁ……あ、でも勝っただけで凄いよね……?)


 エサノアは魔族が死にゆく様を見て、どうチヤホヤされるかとドキドキしていた。


 完全に勝ったつもりでいた。


「ハハハハハハハハハ!!!」

「!」


 エサノアの背後から魔族の笑い声が……


「騙されてやーんの」


 いや、前面に立っている。


「ぁ…………!!」


 エサノアの声が詰まった。

 さっき腐食した魔族は液体金属によるデコイだった。


 4つの刃が平行に挟み込んでくる。

 ハサミのように滑らかに、確実に、エサノアの肉体に沈んでいく。

 反撃や回避は間に合わず、右手、左腕と分断されたその時――。


「誰だ君は」


 イエルカが横から魔族を蹴り殺した。


 あまりのパワーに魔族の体が弾け飛び、肉片となって散った後、イエルカはエサノアがいることに気づく。


「あ……」

「!」


 エサノアの顔が一気に明るくなった。


「イエルカしゃまぁ……」

「……エサノア、すぐ治療をしよう」


 イエルカは内心(もう少し遅れて来るべきだったか)と悔いていたが、そんなことを顔に出すことは出来ないので、聖女の微笑みを見せていた。




 安全確保と第2魔術軍団の治療、人間領に向けての撤退、なんやかんやありまして……。


「…………」

「あぁっ……!」

「…………」

「……イエルカ様……んっ……」

「…………」

「はぁっ……はぁ……!」


 ベッドの上で横になるイエルカの上にはエサノアが、体を重ねていた。


(なぜ2人なんだ……)


 同じ人間が2人、月に照らされている。


 経緯を説明するために少し遡ろう。


 エサノアの治療後、褒美をやろうとイエルカが誘った結果、背格好、表情、全てが同じエサノアが部屋に現れた。

 さすがのイエルカも方法はわかれど理由が掴めず困惑していた。


「はぇ……?」

「分身は魔法が使えないから、普段は創らないんですけど……今日は、えっと……初めてだから、やってみたくて……」

「な、何を?」

「3P……」


 エサノアは情事のために自分自身を創造してきた。その無駄な労力と意外性にイエルカは落雷を受けた気分がした。


 水音、息づかい、温もり、全てが刺激的だ。


 ただ、忘れてはならない。

 密約が交わされた今、イエルカに罪悪感という概念はないことを。

 そして、別にイエルカはエサノアとそんな関係になることを望んでいないことを。


 でもやっぱり、この作戦はしんどかった。


(結構つらいなこれ……今日はやめとこうかな……)


 ベッドの下に忍ばせた剣が眠っている。


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