第3話 創造の騎士 ②


 帰路に入る直前の朝、野営地のテントでテーブルを囲むイエルカとその部下たち。

 現在いる中立区域は標高が高く、涼しい場所であるために体調を崩す……ことはあまりないのだが。


「はぁ……」


 イエルカは両肘をテーブルの上に立て、想像以上に疲れた体を悔いていた。


「大っ変申し訳ありません!!」


 その時、部下の男が泣きそうな顔でイエルカの横に立った。


 何事かと驚いたのは周囲の者のみならずイエルカも同様で、実際、心当たりが彼らには無かった。


「このように粗末な料理をイエルカ様の前にお出ししてしまったのは私の不覚……!」


 そう言われて彼らはイエルカの前に置かれたパンとスープに思い至った。

 手がついておらず、弱々しい湯気が立っている。


「……いや、そうではない。今はあれだ、少し気分が優れなくてな。これもウーテスの戦果というやつだ」


 イエルカは気をつかって冗談交じりに笑いかけた。


 真実を言うわけにもいかない。

 イエルカは枯れ木のようなパンだけを手に取る。


「これだけ貰おう。あとは兵士たちへ」

「仰せのままに!」


 部下の男はやたら強張った大声を置いて食器とともに走り去った。


大袈裟おおげさだな……確かに人前ではため息をしないよう努めていたが、威光を保ちすぎるのも考えものか)


 パンが胃に落ちる。何事もなく。


 部下たちと他愛のない話をして食事を終えたイエルカは、風当たりの良い場所を探しに散歩に出た。

 イエルカの後ろには側近と少しの護衛が付いて回る。このミニミニ大名行列がため息を凶器に変えるような威光を発したり、プライベートを消したりするわけだが、立場上やらないわけにもいかない。


 密約がある今、そのわずらわしさを最高に感じるイエルカは食事中の兵士たちを遠目に入れた。


「今日のスープは肉多めだなぁ」

「あ、俺も思ってた」


 スープを飲み干す兵士たちに、イエルカは苦い顔を抑えきれなかった。


(さすがに人肉は……食べる気になれんな)


 これでまた、世界は少し救われた。

 それが真実だ。


 昨夜、イエルカはエサノアの特殊性癖に悩んだ末、ある推測のもとに作戦を決行した。 


「エサノア、君たち2人だけでやっているところを見せてくれないか?」


 その言葉を聞いたエサノアのとろける表情は、麻薬に溺れた若人のように恍惚こうこつとしていた。


 一方のイエルカは心の中でガッツポーズと並行してゲロを吐いた。


 イエルカの推測は合っていたのだ。

 エサノアは初夜に特殊な性癖を暴露してきたヤバめの女。その性癖をもっと見せろと言われれば、進んで見せてくる。

 それを読み取ったイエルカはエサノアだけの世界を作らせることで背後を取ることに成功した。


(日常的に一人二役でやってるんじゃないだろうな……)


 イエルカは呆れながらも、2人もろとも剣で刺し殺した。念のために心臓、頭、首を一回ずつ刺した。


 これで2人目。


 罪の意識も申し訳なさも無い。溜まったゴミを片づけるようなもの。

 そしてゴミは焼却しなければならない。それはイエルカにとって大きな障壁だった。


「さて、死体はどうするか……」


 死体は勝手に消えてくれない。ウーテスのように敵に殺されたならまだしも、言えない理由で死んだエサノアの死体の処理は難題だった。


(火炎魔法で燃やす……煙が目立つな。土に埋めるのも時間がかかるし、見つかったら大事だ。発見されぬよう処理するのが一番……ならば)


 イエルカは血のついた剣を再び構えた。

 その握り手は強く、騎士王たる技量に空気さえもおののく。


 なるべく細切れに。手でちぎれるくらい柔らかく。


「……よし」


 ペットの大狼フェンリルに食わせる選択肢もあったが、動物に任せるのは確実ではない。

 そこでイエルカはエサノアの体を粉々に切り刻み、血を洗い流して袋に詰め、こっそり朝食のスープに混ぜた。


 それから人肉スープを兵士たちに食してもらい、死体の処理は完全に終了。


(美味であることを祈るよ、エサノア)


 腹をくだされたら大変だな、とおぼろげに思うイエルカであった。




「騎士王様! 騎士王イエルカ様! 緊急です!」


 人間領へと帰る寸前、帰路を確認するイエルカと高官たちのテントに下級兵が飛び込んできた。


「何だ」

「不審な輩を捕らえました! 味方を偽っていますがおそらく魔族かと!」

「魔族……?」


 眉をひそめたイエルカの前に、2人の兵士に腕を捕まれた人間一人が突き出された。


「こちら、どうしましょう」


 そいつが現れたことで事態は予想外の方向に進む。

 まず誰もが目を疑った。その中で唯一、イエルカだけは違うパターンで驚いた。


 様々な可能性、推測、予感が彼女を惑わす。


 中立区域で斥候を差し向けられた?

 魔族は外見を変える魔法を開発した?

 だとしてもなぜ、この姿なのか?

 まさか警告のつもりか?


 そいつの姿はまさに、殺したはずの円卓騎士エサノアだった。


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