第15話 月暈のジアメンス ⑥


 影の中から響く鐘の音、震える気流。異常現象を引き起こすのは、鳥カゴのように立体化した複数の影。

 ジアメンスとゼナーユを中心にして鳥カゴは収縮していき、地面に鋭い跡を残す。


 さらにワルフラが握り拳を横に倒すと、鳥カゴはけたたましく回転を始めた。


境界魔法バリオロッズの真髄を見せてやろう」


 それがワルフラの得意魔法。いや、ワルフラにしか使えない、唯一無二で最強の魔法。


 あの影は何も斬らない。そもそも影ではない。

 影とは出入口ゲートであり、それ以上の意味を持たない。


 触れることは死を意味する。だから壊すことも、防ぐこともできない……はずだった。


「!」


 鳥カゴは今まさに――割れた。


 影はドロドロと形を崩し、ジアメンスたちは無傷のまま。


境界魔法バリオロッズを破った……? 魔力そのものに干渉したか。だが単独で行えるはずがない……つまり!)


 ワルフラの知らない戦法。厳密に言えば、その原理自体は知っているが、武器ではないのだ。それは人間が素手で稲妻を発生させるようなもの。


 ワルフラは目撃した。ジアメンスの最後の輝き、彼の手に収まった小さな球体を。


「クク……決死の覚悟か、よいものだ」


 ゾクゾクとした身震いが止まらない。

 魂魄珠こんぱくしゅは生物が取り込むための物ではない。もし取り込んだのなら、その者は数分と持たないだろう。


 しかし今、ジアメンスの胸には魂魄珠が半分も埋もれている。

 取り込んでいるのだ。魔王軍の命の結晶、数千人分の魔力の塊を。


「私に力を貸してくれ! ハマーロ!!」


 ジアメンスは魂魄珠を押し込み、莫大な内在エネルギーを自身の力に変換していく。娘と手をつなぎ、死力を尽くすため。


 過去最大の光輪が背中に発現した。空気を圧迫するようなその光は最大出力である証。

 そして光輪の穴、何も無い平面から、女性の巨人が這い出てくる。


 黄金の線が入ったドレス風味の純白の鎧を身にまとい、二本角の兜で顔を覆っている。

 大きさにして約50メートル。自身が出てきた光輪を背負い、大地を揺らしてジアメンスの後ろに構えた。


 通常ではあり得ない魔法の顕現。

 今だけの限定的な力だが、ジアメンスは全盛期をゆうに超えた。

 そう、150年前、戦場で猛威を振るった彼のことを人間たちはこう呼んだ。


「『月暈げつうんのジアメンス』……復活か!」


 ワルフラは不敵な笑みを浮かべ、玉座を捨てるように立ち上がった。


「これは、我々が終わらせることのできなかった戦争です。終わらせましょう、今、ここで!」


 ジアメンスと巨人は同じファイティングポーズをとり、命を賭けた最終決戦に立ち向かう。


 ワルフラはアサイラサイラの上で笑い、白い糸を指先から四方八方に放つ。

 するとアサイラサイラが重々しく起き上がった。怪獣を傀儡くぐつにしたのだ。


 白い糸は手綱。ワルフラは騎兵。

 規格外の図体が突進を始める。


 その直後、巨大な腕が伸び、衝撃波が全方位に広がる。巨人がアサイラサイラを両手で食い止めた。


 それから巨人は両腕をアサイラサイラの下に回し、地面が沈むほどに踏ん張る。

 野太い叫びがよいの空に消えていく。巨人はなんと、あのイカれたデカさの怪獣を持ち上げた。


「無茶をする!」


 突如として空に上げられたワルフラは、アサイラサイラの背中から飛び立つ。

 アサイラサイラは頭部が下に、尾が上になった。このまま地面に叩きつけられるのも時間の問題。


 ワルフラは怪獣の体を滑り降りる。


「ッ!」


 飛んできた光輪が肌をかすめた。

 落下中という回避のしづらい状況で遠距離攻撃をしてくる全力っぷり。


「やはり素晴らしい!」


 そしてその状況を投げ捨て、目の前に現れる清々しさ。ジアメンスが同じ土俵へ上がってきた。


「クァッ!」


 互いに拳を重ね、殴り合う。


「!」


 ジアメンスがワルフラの手首を掴んだ。そのままジアメンスの手のひらがわずかに光り、一つの光輪がワルフラの右腕を斜めに切り裂いた。


「ヌオォッ!!」


 今度はワルフラが境界魔法バリオロッズの影をけしかけ、ジアメンスの左腕を切り取った。


 その時、2人は倒れてきたアサイラサイラに巻き込まれる。

 巨人と怪獣、規模の大きすぎる脳天砕きブレーンバスターが炸裂したのだ。


 2つの大質量があたり一帯を更地に変えた。


 晴れそうにない土埃つちぼこりが空間を占める。視界は最悪。

 なんとか下敷きを免れたワルフラは、雑草すら消えた大地の上に降り立って周囲を警戒する。


「!」


 ワルフラが背後から迫ってきた手を弾く。しかしその手は明らかに軽く、肩が無かった。


(左腕……!?)


 これはオトリ。さっき切り取ったジアメンスの左腕だ。

 土埃の奥でゼナーユが投げ終えていた。


 それすなわち1秒にも満たない魔王の隙――タイミングを合わせるにはここしかない。

 ワルフラの前方にジアメンスが立ちはだかる。


「感謝しますゼナーユ殿。そして……」


 右腕でもう一本の右腕を包んで腕を引くと、強風が巻き起こった。

 少しの月明かりが差し込み、ジアメンスの動きと連動している巨人が頭上に現れた。巨人の右腕は3つの光輪に囲われている。


「貴様は死ぬべきだ!! ワルフラァアッ!!!」


 亡妻と亡子の力、ジアメンスの人生を賭ける。


 これが星をも砕く巨人の拳。

 物理的防御は通用しない。境界魔法バリオロッズは警戒されている以上、破られる。ワルフラに打つ手は無し。


 魔王、やぶれたり。

 がそう思った瞬間だった。


 ピタリと――巨人の拳が止まり、風圧が駆ける。


 その原因は、拳とワルフラの間に差した

 やや青みがかった細い線のような魔力の光だ。


「何だ……!?」


 ジアメンスは驚愕の目を見開いた。


 それとは対照的にワルフラは「間に合ったか」と言葉をこぼし、拳を解いて姿勢を正す。


「知っているか? 王都防衛のための兵器だが、その射程距離は広大だ」

「…………?」

「逃げることをすすめよう」


 ワルフラはさりげなく上に目をやった後、境界魔法バリオロッズの影の中に去っていった。


 残された彼らは未知の光の出所である上空に顔を向けた。何かが空の向こうで星よりも煌めいている。

 ジアメンスには思い当たるフシがあった。


「あれは……まさか…………!!」


 答えはアレだろうか。眉唾物だと記憶の隅にしまっていたものが空で光っているのか。


 ジアメンスの予想は的中している。

 それは単なる剣や魔法のことではない。


 正式名称は『聖竜エクスカリバー』。

 一匹の竜の名前である。


 高度10000キロメートル。宇宙と言えるその空間には巨大な竜が住んでいる。普段は大人しく寝ているだけの竜であるが、その正体は『円卓騎士ケイス』が操る5種の竜のうちの一匹であり、ケイスの指令によって高高度からの火球攻撃を行う。


 その圧倒的速度からくる破壊力たるや、最低でも半径10キロメートルの地面をめくり上げる被害をもたらす。

 これこそが人間軍の誇る切り札。王都のピンチをひっくり返すための天からの贈り物。


 その一撃が今、ジアメンスの真上に到達した。


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