第14話 月暈のジアメンス ⑤


 魔族の長――魔王ワルフラ。

 魔王の側近――ジアメンス。


 時刻は午後5時22分。ともに身長3メートル超の魔族が2人、睨み合う。


 ゴングは不要。さあ始めよう

 まずは素手での戦闘。主な要素は近接格闘。


 拳の構え方は同じ。先手はワルフラだ。


「!」


 ワルフラは左拳を繰り出すがジアメンスの手に叩き落とされる。

 今度はワルフラがジアメンスの左蹴りを両手で防ぎ、右手の大振りをかがんでかわしてから右足で前蹴りを放つ。

 それも叩き落とされるが、左拳、右拳、一旦右手を左肩あたりに引っ込めてから裏拳を打った。


 ジアメンスは全てを腕で止め、裏拳によるワルフラの隙に右足を蹴り込んだ。


「ッ!」


 ワルフラは怯みつつもジアメンスの左拳を避けてカウンターの右手を当てた。

 その後もジアメンスの右蹴りを肘で相殺し、間髪いれずに肘打ちをあばらに叩き込む。


「ぐぁッ……!!」


 鉄の豪速球が当たったような痛みにジアメンスは血を吐いた。

 なんとか次のワルフラの左フックを避けるも、そこから流れるように放たれた回し蹴りをモロに食らった。


「……!」


 ジアメンスは吹っ飛び、アサイラサイラの背中から追放された。


 体に響く鈍痛を耐え、ジアメンスはアサイラサイラの太ももに着地する。

 アサイラサイラの脚は爬虫類のように胴体の横から伸びているため、そこも一つの足場となりうる。歩くために揺れ動いてはいるが。


「ジアメンス、貴様からは戦いの全てを学んだ。拳の握り方から海戦戦術までな」


 ワルフラはアサイラサイラの肩部に立ち、ジアメンスを下に据える。


「その恩をあだで返されるとは思いませんでした」

「そうか、これはあだか」

「戦争にとっては恩でしょうな」

「フッ、無遠慮になったな。最初からそうしておけば悲劇も防げただろうに」

「………………」


 ジアメンスは血管の浮き出た拳を震わせ、飾り気のない感情を燃え上がらせた。


「あなたにもっと心があれば……!」


 両手、そしてもう一本の右手に光輪を作る。

 2つ目の右腕はジアメンスの亡妻から移植したもの。普段は戦闘に使わないが、今回は特別、本気だ。


「魔族のために戦い、勝てば済む話をッ! あなたは何故!!」


 三発、さらに三発、加えて三発、言葉を乗せた光輪を投げる。


 いくつかの軌跡を描いた光輪は、ワルフラに近づいたところで黒く染まって全て消えた。

 その直後、ワルフラの周囲から黒い光輪が真逆の向きに射出され、元の白さに戻ってからジアメンスに飛んでいく。


 直径4メートルはあろう光輪という高速回転刃。

 それらを前にしてジアメンスは走り出した。横になった光輪を跳んで避け、アサイラサイラの体を登っていく。その時、光輪によって肉が裂かれたアサイラサイラが咆哮とともに大きく暴れ出した。


「!」


 ジアメンスたちがいるがわに倒れていく。

 崩壊する足場を駆け上がったジアメンスは飛び上がり、十五本の指先からを出した。

 

 光る糸はアサイラサイラの傷を一瞬で縫合した後、空中に飛び出し、襲ってくる光輪の穴を通って軌道をそらした。

 その速さと精密性はまさに神業。周りを見る観察力と対処を決めた判断力は老いてなお異常である。


 アサイラサイラが足をくじいた程度で停止した時、ワルフラはその頂上、背中の巨大なトゲの先端に立っていた。


「さすがに強いな」


 風にマントをなびかせて、ワルフラは笑いかけた。遠くの地面に降り立ち、両腕にゼナーユを抱えていたジアメンスに。


「先生……」


 ゼナーユはショックで憔悴していた。視界にはジアメンスしかおらず、ワルフラの攻撃にも気づかない。


 ガンッ!――飛んできたトゲの先端部の欠片をジアメンスが弾いた。


「何故…………同胞を! 家族を! 思いやれないのですか!!!」


 今まで仕えてきた王の暴挙。積み重ねてきた年月と忠誠心。その狭間で揺れ、声を荒らげるジアメンスに対してワルフラは至極冷静だった。


「貴様はその感情を人間に向けたことがあるのか?」


 スーッと、手を伸ばす。


「貴様のような者は指を向けて我を『悪人』と呼ぶ。そういう貴様は何だ! 善人か!? 刃を突き立て、憎しみを溜め、とりつくろう!」


 じわじわと手を握ると、それに応じてジアメンスのもとに巨大な氷柱が降り注ぐ。


「覚悟と信念があれば人間など殺してもいいと言うのか!!」


 ワルフラは爪が食い込むほどに手を握りしめた。


 ジアメンスは魔法で生成した鉄の槍で、ゼナーユをかばうように氷柱の雨を防ぐ。


「人間と我々は根本的に交われないのです! 魔族に仇なす敵を討ち滅ぼす! それが戦争の終着点! 魔族の平和です!」

「そんなもので平和は訪れない!」

「今の世界よりは平和です!」


 最後の氷柱を防ぎきり、ジアメンスは勇ましい表情で敵を睨んだ。


「家族への愛すら失えば……我々は……終わってしまう……!」

れ言だな」


 突き放すような一言により、地面から飛び出した9本の氷柱がジアメンスだけを貫く。


「ぐッ……!!!」

「先生!」


 ゼナーユは腕から落ちると、飛び散る血肉を抜けてジアメンスを支えた。

 その体から力が抜けていく様を感じ、ゼナーユの目尻に涙がたまる。がんじがらめの絶望的状況にもはや選択能力を失い、彼女らしさは見る影もなかった。


「…………」


 ゼナーユはおもむろに振り返り、トゲの上、月を背負った父親を見上げた。


「パパ……………なんで……!!」


 ぐしゃぐしゃの顔と声は、かつて見た赤子の頃のよう。

 そんな娘をワルフラは優しく諭すのだった。


「死ぬことを、殺すことを受け入れろ。自らの行動に見合う者となれ、ゼナーユ」


 ワルフラの真後ろではある現象が起こっていた。

 アサイラサイラのトゲが折れ、曲がり、編み込まれ、組合わさっていく。複雑なカラクリ仕掛けのように何かを形作っている。


「手の繋ぎ方は戦争が教えてくれる。そして種族全体が同じ方向を向いた時、世界が狂おしき宝となるのだ」


 ワルフラが一方的な話を垂れ流す中、大量のトゲによって作られたのは一つの。黒くて禍々しい一脚がアサイラサイラの背中に完成した。


「未来永劫、我輩は誠実であり続けよう! 世界のために、戦争のために!!」


 玉座に座るべき唯一人の王――ワルフラが重く、潔く、腰を下ろす。

 そして前方に腕を伸ばす。その先にいるのはジアメンスであり、ゼナーユであり、世界である。


 側近も実の娘も、彼の前では皆平等。

 何の躊躇ためらいもあるはずがなく、握る動作は軽やかに、つづ弔辞ちょうじは自分のために。


「魔王、万歳」


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