第44話 可愛い(可愛い)
八月最後の日。
放課後になると、俺は春花のことを俺の教室に呼び出していた。
「冬咲先輩!来ましたよ!」
「あぁ、ありがとう」
八月最後の日であるこの金曜日にわざわざ教室に残っている生徒は居ないようで、教室には俺と春花だけが居た。
「それで、私にしたい大事な話ってなんですか〜?あ!どんな話だったとしても、この後で私とデート行くって約束忘れてませんよね?」
「忘れてない……じゃあ、その話をしてもいいか?」
「はい!忘れてないならいいです!どうぞ!」
春花はいつも以上に元気な様子でそう言った。
……何故いつもより元気なのかはわからなかったが、特に引き伸ばしたりする理由もないので早速俺は大事な話を始める。
「俺が話したいことは、俺の今までの春花に対する言動のことだ」
「言動……?」
「俺は今まで春花のことを可愛くないとか、タイプじゃないとか言ってきたけど、それは全部嘘だ」
俺がそう言うと、春花は疑問の声を上げるわけでも困惑の声を上げるわけでもなく、ただただ声が出ないという様子だった。
そして、ようやく出た声で俺に聞く。
「じゃ、じゃあ冬咲先輩は、本当は私のことどう思ってたんですか?」
「今更言うのもなんだが、春花が自分でも言ってる通り、可愛いと思ってた」
俺が素直に春花のことを可愛いと思っていたことを伝えると、春花は頬を赤らめてその場でジタバタし出した。
そして、いつもより少し高い声で言った。
「そ、それって、つまり私と手を繋ぎたいとか私のこと抱きしめたいとか抱きしめてほしいとか膝枕して欲しいとか思ってたってことですか!?」
「別にそこまでは思ってない」
「でも!可愛いとは、思ってくれてたんですか?」
「あぁ、思ってた」
俺はようやく、思っていることをそのまま伝えると、春花は俺のことをすごい勢いで抱きしめてきた。
「春花……?」
俺が春花のことを心配してそう呼びかけると、春花は小さな声で言った。
「やっぱり、やっぱり私のこと可愛いって思ってくれてたんじゃないですか……どうして私のこと可愛いって思ってくれてたのに、ずっと素直に認めてくれなかったんですか?」
「最初は、俺が素直に可愛いって言ったら春花が調子に乗りそうだなって思ったから、なんとなくそう言ったんだ、春花は俺が何を言っても絶対に自分のことを可愛いと信じ続けるとわかってたっていうのも大きいかもしれない……でも、途中からは違う理由だ」
「違う理由……?」
「春花が『私は冬咲先輩のことを見捨てません!ちゃんと私のことを可愛いって思ってくれるまでは、ずっと傍に居てあげます!』って言ったことがあったんだ、だから俺は……俺が思ってる以上に春花との時間を気に入ってたから認められなくて────」
「冬咲先輩のバカ!それは絶対に私のことを可愛いと思わせてみせますっていう意思表示ですよ!最初の理由もそうですけど、そんな理由で私のこと可愛いってずっと認めてくれなかったんですか!?」
さっきとは打って変わって大声でそう言うと、春花は俺のことを抱きしめる力を強めた。
抱きしめるというよりも、体全体が締め付けられてるような感覚だ。
……でもそうか、そういう意味だったのか。
俺は春花のことを可愛いと認めてしまったら、春花がもう俺とは関わらなくなる可能性があるということを考えていたが……違ったんだな。
俺はそのことに安堵を覚えながらも、締め付けられているのが痛くなってきたのでそれをやめてもらうように春花に伝える。
「悪かった、悪かったから締め付けないでくれ」
「悪かったじゃ済まないです!そのせいで、私はずっと……」
春花は俺のことを抱きしめるのをやめると、俺と顔を向き合わせて言った。
「……確認なんですけど、冬咲先輩は私のこと可愛いと思ってくれてるんですよね?」
「あぁ」
「……で、前出かけたことについては楽しいって言ってくれてましたけど、普段も私と居て楽しいと思ってくれてますか?」
「時々理解できないところもあるが、楽しいとは思ってる」
「……はぁ」
春花は、深いため息を吐いた。
「冬咲先輩がそう思ってくれてるってわかってたら、こんなに時間かからなかったのに……冬咲先輩のバカ」
「……悪い」
「……じゃあ冬咲先輩、約束通り、可愛い私とデート行きましょ?前言った通り、冬咲先輩が私のこと可愛いって認めてくれた時は、伝えたいことがあったんです」
「わかった」
そして────ようやく俺が春花のことを可愛いと思っていることを告げることができた俺は、次に春花が俺に伝えたいことというのを聞くために、一緒に出かけることとなった。
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