第30話  捜索

 軍服に身を包んだデートメルス公爵家当主となるテオドールは、剣帯を腰に巻きながら、

「リンドルフ王家は宗教への不介入を宣言している。そのため、王家への報告は無用だ」

 と答えて、不安に瞳を曇らせる美しい妻の方へと振り返る。


「国境には我が公爵家の兵士の配置は済んでいる。教皇が潜り込んでいるというのなら、奴めを捕まえて血祭りにあげてやるわ」

 と、公爵は血気盛んなことを言い出した。


 元々、武人であるテオドールは内陸側の国境を長年守り続けた猛者となる。王都で不穏な動きがあると聞きつけて国境から王都へと移動をして来ていたのだが、大事な跡取り息子が攫われた。


 攫った相手が教皇かもしれないというのなら、秘密裏に捕まえて殺してしまおうと考えている。


 教皇カウレリア三世は聖職者とは思えないほど俗物で、己の欲求に忠実すぎる男だった。フランドル帝国を後ろ盾として好き勝手やっているのは間違いない事実であり、『異端審問』の名の下、多くの命が儚くなる事実をテオドールは苦々しく思っていたのだ。


 改革派の勢力が日々大きくなって来ているリンドルフ王国を潰すために、秘密裏に教皇が入国したというのなら、こちらは秘密裏に抹殺するだけ。その後のことは二人の息子に丸投げをすれば良いだろうという程度にしか考えていない、公爵は頭の中身が筋肉で出来ているような御仁なのだ。


「ところで、預かっていた令嬢が先行して動いていると聞いたが大丈夫なのか?私を待って行動しても良かったと思うのだが?」


 脳筋を待って行動していたらとんでもないことになりそうなので、先手を打つことにしたとは到底言えない。そのため、

「それほどアレックスのことを愛しているのでしょうね」

 と言ってアレクシアは誤魔化すことにしたのだった。


 アレックスはマルーシュカのことを憎からず思っているし、それはマルーシュカにしてもそうなのだろう。二人の間には恋とか愛とか、溺愛とか、そんなものは一切ないように見えるけれど、今は愛し合っている二人ということにした方が都合が良い。


「マルーシュカ嬢とは、婚約者だったフレデリーク嬢の妹だったはずだが」

「どうやらアレックスは、姉のフレデリークを見初めたのではなく、妹のマルちゃんの方を見初めていたみたいなのよ」


 アレクシアは自分の頬に片手を当てると、小首を傾げてため息を吐き出しながら言い出した。


「私の勘違いで婚約を進めてしまったけれど、アレックスったら今までみたいに完全拒否はしなかったでしょう?」

「そういえばそうだな」

「どうやら、マルちゃんとの関係を繋ぎ続けたかったというか?我が息子ながら奥手過ぎるとは思うのだけど」

「ううーむ・・そうか」


 表情筋が死んでいない夫はにこりと笑うと、胸を張って言い出した。

「息子も助けて令嬢も保護する、結婚式は早い方が良いだろう」

 脳筋すぎる夫の顔を見上げながら、

「そうね、結婚式は早い方が良いわよね!」

 と、アレクシアは適当な返事をして笑った。


 アレックスとマルーシュカの間には、恋とか愛とか、溺愛とか、そんなものは一切存在しないのだが、息子の表情筋をあれほど見事に動かせるのはマルーシュカしかいないのだ。瓢箪から駒みたいなことになって、


「二人が結婚したら、早く孫が産まれないかしら?孫を抱っこするのが私の夢なのよ」


 明るい未来が来れば良いのだけれど、と、アレクシアは現実逃避をするのだった。



       ◇◇◇



 伯爵家の次女である私、マルーシュカは、七歳の時に先代の伯爵が亡くなって以降、満足に食事も与えられず、お腹を空かせていることが多かったわけ。


 料理長の命令で外に買い物に行かされるんだけど、遅く帰っても文句を言われないため、食を求めて街の中を徘徊していたわけですよ。


「おや、お嬢ちゃんかわいい子だね、おじさんがお菓子を買ってあげようか?」

 なんて言い出すおじいちゃんも居るし、

「あらあら、かわいい子だね、このリンゴを持ってお行き、美味しいリンゴだよ?」

 と言ってくれるおばあちゃんが居たりするので、食に困ったら外に出ようが私の信条でもあったわけ。


「教会で炊き出しやっているみたいだぞ」

「行ってみるか?」


 下町の奥に行けば行くほど、貧しい姿の子供達が増えてきて、下町にある教会に近づけば近づくほど、

「炊き出しだ!」

「炊き出しに行こう!」

 という声が周りから聞こえてくる。


 聖宗教会では定期的に食事を無料で配っているらしく、その活動を支援するために王家も寄付を行っているらしい。どんな食べ物が出るのだろうと、涎を垂らしながら私が教会の敷地内へと入って行くと、

「あら!まあ!やだ!こっちにいらっしゃい!」

 と言って、一人のシスターに引きずられるようにして連れて行かれることになったのだ。


 当時の私の格好は、嫌がらせ目的で用意されたボロボロのお仕着せだったので、貧民街に居ても違和感がさほどない状況だったんだよね。


 だけど、曲がりなりにも貴族の令嬢ということになるから顔立ちはそれなりに可愛いわけで、外套のフードを深く被っていたとしても、見る人が見れば、

「あら!可愛らしい!」

 ということになるらしい。


「顔が綺麗なのは良いことだけど、ここでは泥んこをつけましょうね!」

 シスターはそう言って私の顔に泥を塗っていったんだけど、決して悪意からこんなことをしているようには見えない人で、

「どうして汚さなくてはいけないの?」

 と、尋ねると、

「綺麗にしていると、悪い人に連れて行かれちゃうからよ?」

 と、シスターは答えてくれたのだった。


 後で知ったことになるんだけれど、教会は頻繁に炊き出しを行うことで、貧しいけれど見目が良いという子供の品定めをしていたらしい。王国にも孤児院はあるのだけれど、

「子供は大切にしています!」

 と、国として大々的に宣言しているリンドルフでは孤児院の子供の管理も厳しいらしい。


 よその国では孤児院の子供を流用してお金にしているそうなんだけど、我が国ではそれが出来ないため、貧困層が住み暮らす下町の子供に目を付けることになったらしい。


 そうして居なくなった子供たちがその先どうなったのか、そのことを考えると夜も眠れないと言っていたシスター・セシリアは、その日も深夜近くだというのに修道服のまま扉を開けて、

「マルーシュカ、随分遅くにどうしたんだい?」

 と、尋ねて来たのだった。

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