第11話  婚約者

 私が王城にあがったのなんて、デビュッタントのパーティが最初で最後だったわけですよ。


 リンドルフ王国の貴族は、どれほど病弱だろうと、人見知りであろうと、気鬱の持ち主だろうと、成人を迎えたら社交界デビューをしなければならなかったりするわけ。他国への留学とかもあるから、15歳から18歳までの間に社交界デビューをすれば良いということになっている。


 一人前の貴族として社交界デビューをさせないと貴族としての体面も保てないし、王家に対して不忠を問われることになるため、私の両親は嫌々ながら私のドレスを用意したってわけ。


 生まれて最初で最後と思われる舞踏会では、姉の引き立て役として連れ回されることになったんだけど、姉とのダンスを希望しながらあぶれてしまった令息たちの相手をしてダンスを(無理やり)踊らされたのは良い思い出だね。


 その舞踏会で公爵夫人が姉のことを見初めたそうで、まさか、あのアレックス様と姉が婚約するとは思いもしなかった。


「まさかアレックス様と義理の兄妹になるとは思いもしなかったよ〜!世の中、何があるか分かんないもんだね〜!」


 なんてことをデニス相手に話していたんだけど、まさかこの『将来の義理の妹』という立場が自分を助けることになるとは思いもしなかったな〜!


 アレックス様が無言のまま、いつまでも第二王子であるヘンドリック殿下を見送っているので、

「お二人は仲の良いお友達なのですか?」

 と、問いかけると、

「仲の良い友達?」

 と、苛立ちを含んだような声を上げて振り返ったアレックス様は、皮肉な笑みを浮かべた。


「確かに、ヘンドリック殿下と私は同じ歳という事もあった為、幼い時には友達候補として王城まで上がったのだが、あくまで候補の一人に過ぎない」


 側近候補とか婚約者候補という話は聞いたことがあるけれど、友達にまで候補が発生したりするわけか。王族って本当に大変そう。


「それにしても、ヘンドリック殿下は噂話がお好きなんでしょうね〜」


 私が姉の遺体を泉で発見したのが、今日の昼前だったんだけど、その後、姉の遺体を綺麗にしたり、今後どうしようか〜と両親が話し合っている間に、アレックス様が突撃訪問して、なんやかんやあって、両親を貴族牢に収監してしまったわけ。そこから、噂話が広がったにしても、殿下の情報収集能力が凄すぎる。


「社交界では噂話は千里を駆けると言うからな、フレデリークが婚約者である私以外の男と遊んでいたのは有名な話であるし、誰それが妊娠したのではないか?孕ませたのではないか?なんて話もまた、巷では良くある話でもある」


「それじゃあ閣下は寝取られ・・」


 私はごくんと言葉を飲み込んだ。

 ギロリと睨まれてしまったけれど、姉の行動は公爵家を貶めるものであることは間違いない。うちは伯爵家、アレックス様は公爵家。姉はガチで喧嘩を売りに行ったことになるんだな。


「アレックス様が姉を殺したとか、そんなことになる訳じゃないですよね?」


 浮気し放題の婚約者であるのなら、公爵家としては死んで欲しいと思うかも?


「向こうの有責で簡単に婚約を破棄できるというのに、何故、わざわざ殺さなくてはいけないんだ?」


「そうですよね」


 立場が上の公爵家なら、いつでも姉との婚約は破棄できたはず。公爵家の面子を考えれば、もっと早くに切り捨てられていたはず。


「アレックス様は姉のフレデリークのことを愛していたんですか?」


 その時、アレックス様の全身から殺気と共に冷気のようなものが吹き出したように感じた。冷気というのは錯覚かもしれないけれど、怒りのオーラでドス黒く染まっているのではないのかな?と、思うほど、アレックス様は不機嫌の絶頂になっている。


「愛しているんじゃないの?じゃあ、なんでなんだろうな?」


 アレックス様が姉と婚約を結んだのは公爵夫人の意向によるものだと話では聞いているけれど、アレックス様は婚約者である姉のことを無視しながら、半年以上もの間、婚約関係を結び続けていたことになる。



    ◇◇◇



 公爵夫人であるアレクシア・デートメルスには二人の息子が居るのだが、弟のクリスティアンは表情豊かな優しい気性をしているというのに、長男のアレックスは、赤ちゃんの頃からほぼほぼ無表情。おしめが濡れたり、お腹が減ったりすると顔を真っ赤にして泣くことはあれども、満足そうに喜ぶとか、顔を綻ばせるとか、そういう仕草が一切ない。


「この子・・表情筋が死んだまま生まれてしまったのかしら・・」


 我が子を抱いたアレクシアは猛烈な不安にかられたのだが、

「まあ!まあ!なんて旦那様にそっくりな子でしょう!」

 と、義理の母が言い出した言葉に、ハッと我にかえることになったのだ。


 夫の父である先代公爵は、とにかく無表情だった、本当に無表情だった。愛する妻と一緒に居る時ですら表情を動かさないし、何かを問いかけても、

「ああ」 

 とか、

「うん」

 しか言わないし、新聞を読んでばかり居るような人で、

「ああいう人だから気にしないでね?」

 と、みんなから言われていたから特に気にすることがなかったものの、

「まさか!アレックスったらお義父様に似ちゃったってことなのかしら!」

 ここに来て、我が子を抱きしめながら驚嘆することになったのだ。


 無表情でも非常に優秀なのだから文句のつけようもない息子だったけれど、彼は、自分の婚約者を選ぶことになってから、

「いらない」

「公爵家はクリスティアンが継げばいい」

「婚約者なんて必要ない」

 の、一点張り。


 流石に公爵家の嫡男がいつまでも婚約者を持たないのは問題なので、アレックスと良く話し合うように夫にお願いしたところ、

「あれは駄目だな・・」

 と、匙を投げられてしまった。


 そもそも、デートメルス公爵家の男が婚約者をなかなか決めないのは有名な話で、アレクシアの夫であるテオドールがアレクシアと婚約を決めたのも25歳の時のこと。アレクシアもテオドールとは8歳も歳が離れているし、

「若いお嫁さんを迎えれば大丈夫よ!」

 と、義母も言うので、もう少し様子をみることになったのだった。


 そうこうしているうちに、父が婚約したという25歳を越えてもアレックスは自らの伴侶を選ばない。高位貴族の婚約は5歳、6歳のうちから結ばれることも多い中で、

「そんなことをしても無駄だから」

 という公爵家の方針でここまで来てしまったけれど、兄も婚約をしていなければ、二十歳となった弟も婚約をしていない。


 公爵家の血を繋ぐためということを考えては胃がキリキリと痛み出すアレクシアは、あるパーティーで、無表情のアレックスが表情筋を僅かに動かしたことに気が付いたのだった。


 成人を迎えた令嬢たちがデビュッタントをするためのパーティーで、僅かながらに息子の表情が動いたことに気が付いたアレクシアは、目を皿のようにして会場を見渡した。


 見ていると、息子の口角が徐々にだけれど上がっていく。どうやら、息子はダンススペースを見ているらしい。


 そのダンススペースに視線を送ったアレクシアは、息子の視線の先にいる令嬢を必死になって探したところ、案外、あっさりと見つけることが出来たのだ。


「あれは・・聖女の末裔と言われるヴァーメルダム伯爵家の令嬢ね!」


 アレクシアは、即座に問答無用で息子の婚約を進めることにしたのだが、今、この騒動の中で、馬車から降りてくるアレックスが皮肉な笑みを浮かべながらエスコートする女性を眺めたアレクシアは、

『そっちなのかい!』

 と、心の中でツッコミを入れることになったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る