第10話  第一王子と第二王子

「マルーシュカを狙う輩がいるのは確かなことなので、王家と公爵家、どちらで匿うことにしましょうか?」


 アレックスがエルンストにそう問いかけると、マルーシュカは慌てたように言い出した。


「自分としては心は平民、生家がまもなく爵位を剥奪されるとすれば、もうすぐ平民。市井に紛れ込む形で逃げ出すという形で問題ないと思うのですけど?」


「おやおやおやおや、聖女の末裔様は、未だに危機感がないらしい」

 アレックスは呆れた調子でマルーシュカを見ると、

「改革派は君を旗頭にしたい、聖宗会としては聖女の末裔なんていう女なんか抹殺したいと考えているだろう。そんな状況で、君は無事に市井で過ごせると思っているのかい?」

 彼女の瞳を覗き込むようにして笑みを浮かべる。


「ちなみにヴィンケル商会は君を助けはしないよ?商会として他国とも大きな取引をしているというのに、君のような爆弾を抱え込む余裕はないからね?」


「ぐぬぬぬぬ」


「ああ、そうか、王家もまた、宗教に対しては不介入を宣言しているんだったかな。ああ、どうしよう、君が聖女の末裔だなんて身分じゃなければ、簡単に安全を確保できたかもしれないのに」


「でも、今までも何の問題もなく過ごせていたわけですし、次女である私の存在感なんてゼロ以下だったわけですし?なんなら国境を越えて隣国に亡命したらどうですかね?」



「改革派が弾圧を受けて我が国に亡命をして来ているという中で、君は逆に、聖宗会が幅をきかせる他国へと亡命するわけか?聖宗会は改革派が尊い存在だと主張する聖女が大嫌いだからな、聖女の末裔と知れた時には異端審問どころの騒ぎではないと思うのだが、随分と覚悟が入った話をするのだな」


「ぐぬぬぬぬっ」


 マルーシュカが真っ赤な顔で唸り声をあげていると、助け舟を出すようにしてエルンストが声を上げた。


「とりあえず、君の姉がアレックスの婚約者だったというのは周知の事実だし、現在、伯爵と伯爵夫人が拘束を受けている状態で庇護者を失った君が、姉の婚約者であるアレックスの保護を受けるというのは世間的に見ても何の問題もないだろう」


 それでは、マルーシュカは一旦、公爵家で保護で決まりという話の中で、

「兎にも角にも、マルーシュカ嬢、しばらくの間、君には外に出ないで欲しい」

 と、真剣な眼差しでエルンストは言い出した。


「十年も前に無くなった『聖女の涙』がヴァーメルダム伯爵家で発見されたと公表する形となるんだけど、狂信者たちが怒り出すことは間違いない事実でもある」


 気に食わない奴は即拷問(異端審問)という思考が定着してしまっている聖宗会には過激派も存在するため、リンドルフ王国に潜入した後、マルーシュカを拉致監禁するなどということは平気でやりそうな奴らなのだ。


「君が万が一にも血祭りにあげられたら、それを理由に改革派たちは武力での蜂起も厭わない。我が国としては、聖宗会と改革派による宗教戦争にまで発展させたいとは思っていないのだよ」



 聖宗会と改革派、幼い時から神に祈ったこともないし、教会に祈りを捧げに行った事もない(両親は決してマルーシュカを連れて行ってはくれなかった)マルーシュカとしては、なんでそんな宗教の争いに自分が巻き込まれければならないのだと、苛立ちが溢れ出す。


 今までボロボロのお仕着せを着せられて無料働きをしてきたマルーシュカとしては、いつかは伯爵家を抜け出して、平民として市井で暮らしていくのが彼女なりのゴールだった。


だというのに、外に出たら命を狙われる?

よく分からない『聖女の涙』とやらを姉が持ち込んだから?

しかも、今まで聖女の末裔としての扱いを受けたことがないというのに、聖女の末裔だから、ものすごく命が狙われると言われているわけ?


「クソが!」


 マルーシュカが俯きながら吐き出すように言うと、アレックス・デートメルスがちょっと吹き出して顔を歪めた。



     ◇◇◇



 リンドルフ王国の現在の国王であるフレデリックは52歳、ルイーズ王妃との間に三人の王子と四人の王女をもうけている。


 王太子は第一王子であるエルンストであり、30歳となった彼が国王の座に就いたとしても問題ない状況だとは思うのだが、フレデリック王は何かあった場合に備えて王位を息子に渡していない。


 エルンスト王太子にはユリアーナ妃との間に二人の王女と二人の王子をもうけているが、一人目の王子が7歳を迎えるまでの間は、エルンストの弟である第二王子のヘンドリックは臣籍降下も出来ず、結婚すら出来ず、飼い殺しの状態が続くこととなるのだった。


 ヘンドリックはエルンストよりも3歳年下となる27歳、アレックスと同じ歳であり、二人してこの歳になっても結婚出来ない状態とあって、気安い仲なのは有名な話でもある。


「アレックス!大変だったみたいだな!」


 白金の髪に王家の特徴とも言えるガーネットの瞳を持つヘンドリックが声をかけると、見窄らしいメイドを連れたアレックスは恭しく辞儀をした。


「王国の若き太陽であるヘンドリック王子にご挨拶申し上げます」

「堅苦しい挨拶はやめてくれよ!」


 ヘンドリックとアレックスは同じ歳となるため、ヘンドリックの遊び相手として幼い頃にアレックスは王城に上がっていたことがある。

 本来ならアレックスは第二王子であるヘンドリックの側近となる予定だったところ、王太子であるエルンストに引き抜かれる形となったのだ。


 アレックスとヘンドリックは幼馴染で気安い仲とは言われながらも、二人の間には確執のようなものが間に挟まり続けている。


「君の婚約者でもあるフレデリーク嬢が亡くなられたそうじゃないか!大丈夫なのか?」

「大丈夫とはどういうことでしょうか?」

「気持ち的なものだよ」


 ヘンドリックはアレックスに近づくと、小声で囁くように言い出した。


「何でも君の婚約者殿は妊娠していたというじゃないか?君が彼女に手を出していないのは知っているから、間男か何かに寝取られていたということだろう?」


 ヘンドリックはさも悲しげにアレックスの整った顔を見つめると、

「妊娠をしたのを苦に自殺をしたのかな?それとも、噂では問題児と言われていた妹殿に殺されたのかな?妹殿はその後行方不明と言っていたけれど、彼女は何処に逃げてしまったのだろう?」

 アレックスの後に控えるようにして立つマルーシュカの方を見て意味ありげな笑みを浮かべる。


「殿下は何処でその話を耳にしたのですか?」

 無表情のままアレックスが問いかけると、ヘンドリックは肩をすくめながら言い出した。


「ヴァーメルダム伯爵夫妻が貴人牢に入れられたというのは噂になっているし、その噂に追加されて、王城では今の話が広がっているような状態だよ」


「さようですか」


「アレックス、何故、伯爵夫妻は牢屋に入れられたのだろう?もしかして、フレデリークを殺したのは、伯爵夫妻ということになるのかな?」


「さあ?」


 無表情のままアレックスは小首を傾げると、

「牢に入れたのは王太子様の指示に従っただけのことですので、牢に入れた理由については王太子様にお尋ねになられたら良いのではないでしょうか?」

 と、答えると、

「そうか、兄上に尋ねてみれば良いのだな」

 と言って、ヘンドリック王子は爽やかな笑みを浮かべたのだった。



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