第4話 貴女と呼ばれる少女

 昔から慕っていた、兄のような青年がいた。

 兄といっても、年は2つ程しか変わらない。しかし、彼は私よりも多くのことを知っていた。美しい金の懐中時計だって持っていた。頑張っているから、と豪商である両親から贈られたらしい。

 「私も欲しい」そう言っても、彼は譲ってくれなかった。いつでも、ちょうだい、と言えば何でも彼はくれたのに。でも、それだけ大事なものなのだと思う。

 今思うと、そう思える子供時代を送れた私は幸せだったのだと、痛いほど感じさせられる。


 15歳になって、戦争が始まった。

 それこそ、裕福だった私の家も始まってから半年程でひもじい生活を強いられるようになった。使用人は皆、やめていき、あそこまで掃除が行き届いていた家の中は荒れ放題。

 それは、彼の家も同じだった。たとえ、名のある豪商でも、裕福な家でも戦争という人災にはかないっこないのだ。


 家が荒れ、食事もろくに取れない生活が長く続いたある日の夜。

 少しばかり痩せたように見えた彼は、戦場へ赴かなければならなくなった。

 私がどれ程、心配しても、貴方は私に優しく微笑んでくれていた。それこそ、この地を離れるギリギリまで。


 その夜は、望月であるのにもかかわらず、雲がその月光を霞ませていた。

 貴方が、この地を出て戦場へ向かうというのに、何故このような空なのだろうか。

 そんなことを私が呟くと、

「そう言ってくれるのかい? 嬉しいね。じゃあ、僕がこの地に再び戻ったとき、共に霞むことを知らない月を見よう。その時は、貴女に『月が綺麗ですね』と言えるといいな」

 そんなことを、言ったのだ。


「っ私も、────!」

 そう口にした時、貴方はこの地を旅立ってしまった。私の言葉を聞かずにして。


 その後、私がどれだけ後悔したか知らないくせに。どれだけ、あの時、気持ちを口にしていれば、と思ったことか。


 結局、貴方は戦場から戻ってこなかった。

 戻ってきたのは、貴方が昔から愛用していた金の懐中時計と私が貴方に贈った金縁の万年筆だけだった。


 そこから一週間、寝ずに涙を流し続けた。

 貴方のことを思って。

 どれだけ、後を追おうと思ったことか。

 貴女のことを想って。



 最期まで、貴方は私の気持ちなど知りもしなかったのですよね。



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