第2話 貴女への文

 つらつらと書き連ねられる、文字は季節折々、異なる紙に在った。


『今日は、春らしく暖かい陽気ですね。桜の木も満開です。これを貴女と見られたら良かったのですが……。』


 便箋の桜色は庭に咲いている桜の花弁の色を落とし込んだように柔らかなものだった。


『新緑が目立ってくる季節になりましたね。季節の変わり目ですが、体調を崩してはいませんか? ……』


 まだ暑さが目立たず、本格的な暑さを待ちわびるような青々とした葉のみどり。その色の気でも移ったのだろう、文字が綴られた便箋にはほんのりと緑がかっていた。


『毎日、猛暑が続いていますが、貴女はどのように生活を送っているのでしょうか。…………』


 その誰かの身を案ずる気持ちは、誰に向けたものなのだろうか。


『もう8月も終わりだというのに、未だに暑さが和らぎません。向日葵は、真夏のように生き生きとはしていませんが、まだ花を開きつづけています。…………』


 向日葵畑。

 やしきから半時ほど歩いた場所にあるそれは、青空の下で群れをなしていた。それに伴い、便箋には向日葵の黄と快晴の青々をグラデーションにし、その風景を暗示していた。


『南からの熱風から、北より流れる秋風に変わってきましたが、お元気ですか? そろそろ紅葉が始まっても良い時期ではあるのですが………。』


 季節としては紅葉が始まってもおかしくはないのだが、未だに始まっていない。時間軸が歪んでいるように感じるが、不可思議なこの世界ではある意味、調和している。


『山は紅葉の紅に染まり、空は澄み渡った秋晴れで、毎日清々しい朝を迎えています。貴女は、きっと家の書物を読み漁っているのでしょうね。昔から、好んで読んでいましたから。……』


 懐かしい。その気持ちを代弁するかのように、山の木々は赤や黄に色づいていた。


『もう、冬も手を伸ばせば届く程にまで近づいてきました。雪こそは、降っていませんが羽織を着なければいけない程、寒いです。……』


 桜の庭が東の庭にあるのに対し、北の庭には松が植えられている。松の葉の千歳緑ちとせみどりが冷えきったその庭で一風変わった印象を青年に与えていた。


『もうすぐで、年越しです。そろそろ、大掃除の準備をしなくては。外では毎日のように、雪が降っており、光に当てられた光景には心が洗われます。……』


 雪化粧された山々は、孤独の冬の白を表していた。

 しかし、青年にとって朝見るその山々はきらきらと雪と光によって輝いていて孤独など全く感じられなかった。


『初春を迎え、庭では梅の木に点々と花が咲き始めました。池の近くでは椿が咲き誇り、雪の白にえています。……』


 松の庭には、同じく椿も植えられている。点々と咲くその華々は、ぽつぽつも胸から沸き上がる青年の気持ちを表しているようだった。



 毎日、毎日、毎日……。

 青年は、飽きることもなく万年筆を手に取り、毎日忘れること無く手紙を書き続けた。


 その行為は、青年が手紙の中で〖貴女〗と書く少女への想いを感じさせるものだった。




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