第6話 爺、ダンジョンに立つ 2

「力と繁栄の罠、ちょっと言ってる意味がわからんのぉ」


 少し考えてみたが、明確な答えは爺から出てこなかった。


「でしょうね、何せ人々の欲望が招いた結果ですから」


「欲望…」


「欲望、です。ダンジョンは確かに人類に新たな力と繁栄をもたらしてくれました聞きますか?」


「もちろん聞く」


「それでしたら応接へご案内しますね。話が長くなりますので、このまま立ったままですと、お客様も疲れてしまいます」


「おお~お気遣いに感謝いたします」


 案内された応接室、受付嬢からさらに詳しい説明を受ける。

 それはダンジョンが現れた事による弊害である。


 力を得た者が、弱者を虐げる傾向にある、であった。

 

 そんな出来事が顕著に現れたのは、紛争地域であった事だ。


 弱者でも、ダンジョンでモンスターを倒せば、強者になり得る。


 上官命令により、ダンジョンで強化された兵士達は、他国にまでその被害を広げる事となったからだ。

 周辺国もまた、対抗するためにダンジョンで兵士を強化する。


 それが最悪の事態を招いた。


 弱者である民間人、女子供まで、無理矢理ダンジョンへ連れて行ったのだ。

 ステータスが強化された上、銃で脅された人々、逆らえる筈もなく、ダンジョンへ入るしかなかった。


 泥沼化の戦場。そんな戦場が終結したのは、皮肉にもダンジョンが要因であった。


 ダンジョンの氾濫が起こったのだ。


 この氾濫は紛争地域と、その周辺国に大きな被害をもたらす事となる。

 特に紛争地域の被害は酷い状態で、人口の3分の2を失う事となる。





 この出来事で、人類はもう一つの真実に気づく事となる。





 アメリカと中国、競うようにダンジョン攻略が進められいた。

 攻略は順調で、9年程でランク3ダンジョンまでクリアする事が出来ていた。


 ところが、ランク4ダンジョンでは、今までのモンスターと、行動パターンが大きく異なっていたのだ。


 ランク3ダンジョンまでのモンスターは、単独で行動していた。稀に同種のモンスターが、戦闘中のモンスターを助けに入る事もあった。

 だが、ランク4ダンジョンでは、2〜3体、多い時は6体の集団での行動が確認されたのだ。


 これまでは、LVを上げれば力技で何とかなっていた。そこに別要素が必要となったのだ。


 解決策を見いだせず、単独行動するモンスターとの戦闘が中心となる。

 だが、単独行動するモンスターを探す時間、集団行動のモンスターを避ける時間、それらが進行を妨げる。


 やっとボスモンスターを発見する頃には、すでに4年を経過していた。





 ボスを発見したパーティー。討伐をせず撤退している。


 ボスモンスターの周りに、4体のモンスターが居たのだ。

 集団戦を避けて来た結果であった。


 ランク3まではクリア出来ている。ならば7年くらいは猶予があるはずだ。

 人類のほとんどがそう思っていた。


 だが…。


『私はとても残念です』


 そんな言葉と共に、彼女は突然現れた。


『前回のダンジョンクリアより、5年が経過しました。約束通り、明日以降ダンジョンの氾濫が起こります。どうぞお気を付け下さい』


 人々はその言葉が信じられなかった。彼女は言った、5年ごとにダンジョンをクリアしろと。

 その言葉の裏を読まず、信じ込んでいたのだ。


 足りなかったのだ。




ダンジョンをクリア後。

 


 

 その事実に気がついた時、ある者は詐欺だと叫び、ある者は絶望した。わかる事はただ一つ、ダンジョンからモンスターが現れる事実だけだ。


 世界中の国々が慌て出す。

 すでに攻略は、ランク4ダンジョンまで到達している。となれば、氾濫は、ランク1から3までが対象となるのだ。


 ランク1であれば何とかなる。が、もしランク2や3が氾濫したら…。


 初の氾濫、どこで?規模は?人々は不安に駆られ、世論はダンジョン先進国である、アメリカと中国を責める。


 アメリカと中国の議会が紛糾する中、最初の氾濫が起こる。


 場所はインド、ランク2ダンジョンの氾濫であった。




 しかし、それは始まりでしかなかった。




 

 インドを皮切りに、各国で多くのダンジョンが氾濫を起こしたのだ。


 日本でも当然氾濫が起きる。

 その規模は1ヶ月で10箇所。実に3日に1度、何処かで氾濫が起きた計算になる。不幸中の幸いなのは、ランク3ダンジョンが氾濫していない事、それだけであった。


 世界に5年の猶予を。

 アメリカと中国は、それぞれの国と各国は応援を依頼。

 世界中から精鋭を募り、1つのダンジョンへ挑む事を全世界へと伝えた。


 8パーティー48名、世界の命運を掛け、ランク4ダンジョンをクリアを目指し、ダンジョンボスとの戦闘に、命を賭ける事となる。


 集団戦によるダンジョンボス戦。


 未知の戦闘であるため、主戦力の温存が提唱される。

 選ばれた精鋭達、他にも物資運搬や、道中の露払いなど、多くの冒険者達が、この作戦に参加する事となる。


 大規模攻略、立ち塞がるダンジョンをクリアまで、実に22日を要する事となる。


 攻略完了。

 その報告を受けた人々は安堵した。が、この期間中、最大の被害を受けたのが件の紛争地域であり、氾濫したダンジョンはランク3であったという。


 この二つ出来事が、世界に大きな影響をもたらす事件であった。


 人類同士で争っている場合では無い。

 

 2ヶ月後、世界ダンジョン機構が発足する事となる。


 人類は、この5年後再び行き詰まる。


 それから6年間。

 未だランク5ダンジョンをクリア出来ず、人々は日々モンスターの氾濫を恐れ、過ごす事となる。







 一通り話しを聞いた爺、その反応を見た受付嬢は訝しむ。

 何と言えばいいのか、のだ。


 人類に起こった一大事、最初は真面目に聞いてくれていた。

 だが、途中から明らかに話しに飽きていた、それとも呆れていたのだろうか。


「なるほどの〜、なるほど、なるほど」


 呑気に茶を啜り、最終的に帰って来たのがこの反応である。

 

 時間を掛けて説明したのに、と小声で文句を言う受付嬢は悪くない。


「そうじゃの、後はダンジョン内での注意事項でも教えて欲しいのぉ」


「全く、このオッサンときたらブツブツ…」


「…後は、ダンジョン内での注意事項を知りたいんじゃが」


「あ、はいはい何ですか?」


 さらっと、聞こえなかったフリをした受付嬢。


「ダンジョン内について教えて欲しいのぉ」


 めげない爺。


 説明せずに何あっても目覚めが悪い、そう考えた受付嬢は、半眼で呆れ気味に説明を再開した。


「取り敢えず、ここのランク1ダンジョンについて説明します。モンスターは大きく分けて、人型とそうで無いモンスターの二種類が存在します。

 人型と呼ばれる存在は、二足歩行で歩くモンスターを指します。ですが角があったり、尻尾があったりと明らかに人とは違います。

 その他はまさにその他で、動物、昆虫、爬虫類、魚類、果ては植物など様々です。

 人型は視認されると襲われます。それ以外ですが、基本、こちらから襲わなければ攻撃されません。

 人型は倒すとゴールドが手に入り、稀に武器や防具をドロップします。

 動物型などは、皮や牙といった素材をドロップしします。昆虫型は甲殻や羽といった感じですね」


「大雑把じゃのぉ」


「ランク1はそんなものです。

 あ、モンスターを倒すと魔結晶がドロップします。残念な事に、どんなランク帯であっても、同じ品質の物しか、ドロップが確認出来ていません。なので、値段は一律なんですよねー。

 素材の換金については、各支部で受け付けてます、ご自分で使わないのであれば、是非こちはに売って下さい。

 ゴールドについてはですが、勝手に個人口座へ入金されるので安心して下さい」


「そこが一番安心出来んのじゃがのぉ」


「と、言われましても、世界ダンジョン機構でも把握出来ていません。私なんかじゃ、どうしてそうなるのかさっぱりです。『試練と繁栄を告げる者』にでも聞いて下さい」


「ほっほっほ、なるほど、あい解った。長々と感謝する」


 立ち上がり、深々とお辞儀する爺。やれやれ、と言った感じの受付嬢はふと尋ねる。


「これからダンジョンへ入るつもりですか?」


「そのつもりじゃ」


 持ち物を見た時から、そんな予感はしていた。


 かなり大きめなリュックサック、そこに突き刺した2本のバール。

 安価で丈夫なバールは、初心者が良く使う武器の一つだった。


 じっくりと爺を見て、受付嬢は呆れたようなら言ってくる。


「その歳で、ですか?


「こう見えて、結構な歳なんじゃよ」


「このご時世、身を護る手段は必要ですからねー。ただ、最初はLVもステータスも無い状態です。LV獲得までは、3人位で1匹のモンスターを倒す事をお勧めします」


「ふむ、気を付けよう。う〜む、親切してもらって言いにくいんじゃが…」


 爺の言葉に首を傾げる受付嬢。


「湯呑み、ヒビが入ってしもうた…」


 爺は力加減に失敗していた。






 爺が立ち去った応接室で受付嬢は呟く。


「冒険者へのとランクの説明、後はボスへの挑戦条件かな、説明し忘れちゃった」


 今日初めて挑戦するのであれば、問題無いだろう、受付嬢はそう考えたのだった。

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