第5話 爺、ダンジョンに立つ

「息子は後で問い質すとして、まず考えんといかんのは、これじゃの」


 着地時に粉砕してしまったコンクリートの塊を握りしめる。


 バキ!サラサラサラ~…


 砕け散る塊、手を開けば破片は砂の様になっていた。


「これでは孫を撫でる事も出来んわい、となれば力の加減を覚えんとのぉ」


 爺は知っていた、突然得た力による弊害を。どこで?


「石●森作品では良く見たからの、とくにXは衝撃的だったからの」


 特撮作品であった。リアルタイムでは無く再放送であったが、小学生時代、夏休みに見たアニメ特撮は男の心に今も根付いている。


「であれば、周りに迷惑を掛けず力を振るえる場所、ダンジョンしかないかの」


 ダンジョン、そこはゲート以外で居るすることが出来ず、ダンジョン内部の出来事は、外界へ影響を与える事は無いと聞いていた。

 同様にゲート近辺で何をやろうとダンジョン内に影響はない。


「ふむ」


 男はしばし考えた後、携帯を取り出し、孫の妃奈へと連絡を取る。


『もしもし爺ちゃん、妃奈だよ』


「はーい、愛しのお爺ちゃんですよ~」


『数回しか会っていない、近所のじじい程度』


「くっ!辛辣じゃな」


 孫の言葉が突き刺さり、思わず突っ伏してしまう。マンション屋上に不吉な音が響き、破壊範囲が広がった。ちなみに現在も政府研究機関預かりであるため、爺は孫達と別居中である。

 爺は拡大しそうな被害を見て冷静さを取り戻す。


『どうした爺ちゃん?』


「おう、ちょいと野暮用が出来ての、しばらく戻れそうにない。麗奈はそこにいるか?」


『いるよ?さっきのモンスターは何とかなったみたいだけど、まだ何処に居るかわからいの、だから結界内で待機だって』


「丁度良い、ちょいと代わってくれんか」


 正座しながら通話をする爺、孫の声にニヤニヤしている姿は気持ち悪い。


『お爺ちゃん?今どこにいるの』


「どこにいるのか、ワシにも解らん」


『え~っと、迎えに行こうか?お爺ちゃんこの辺り詳しくないでしょ』


 麗奈の優しい言葉に思わず涙ぐむ爺。


「いいや、平気じゃよ。それより頼みがあるんじゃが」


『何?』


「ワシはちょっとした事情から妃奈を迎えに行けん、野暮用が出来てしもうた。安全が確認出来たら、妃奈と帰宅してくれんかの?」


『うん、私は最初からそのつもり。今回の氾濫も今日が3日目だし。氾濫ダンジョンから距離もあるから、残ってるモンスターも後2時間程度で消えるはずよ』


 そう、今回の氾濫は間も無く終了する。

 氾濫したダンジョンは、孫達の住む町から23km離れていた。通常であれば辿り着かない距離なのだが、氾濫したダンジョンランクに問題であった。

 

 モンスターが強すぎたのだ。


 ダンジョン発生から20数年、人類はランク5ダンジョンまで到達している。しかし、ここ数年ダンジョンをクリアできていなかった。


 ダンジョン氾濫ランクは1~4ダンジョンが対象となったのだ。


 人類がランク4ダンジョンをクリア出来た時、人々は思っていた。これで24年間は安全だと。

 だが結果は違った、その安易な考えは裏切られる事となる。





 





『それなら安心なのかの』


「うん、こっちは大丈夫、安心して。それでお爺ちゃんはど(プツ)うする…」


「麗奈姉ちゃん、どうしたの?」


「あのジジイ…通話切りやがった」


「お姉ちゃんお口悪い」


 握りしめた携帯を今にも握りつぶしそうな姉、妹は自分の携帯が破壊されないかオロオロしている。


「お爺ちゃん急用が出来たみたい、ここには戻らないそうよ」


「そうなんだ」


 先程の爺を問い詰める気でいた妃奈、一瞬残念な表情を浮かべる。妃奈の表情の変化を感じ取った麗奈は、誤魔化すように話を続ける。


「それにしても」


「そうだね」


「お爺ちゃん野暮用って何かしら?」

「爺ちゃん話し方変だった」


「「え?」」


「ええ~っと、麗奈姉ちゃんはどうしてここにいるの?」


 見当違いな事を言ってしまった妃奈は、誤魔化すように麗奈に尋ねる。


「授業中警報が鳴ったのよ。舞奈まなは自分で何としそうだけど、妃奈とお爺ちゃんはちょっと心配だったの」


「学校には結界あるから問題ないよ」


「そうだけど、それでも可愛い妹が心配だったのよ」


 麗奈の通う高校にも、当然結界があった。

 学校から抜け出さなければ安全だったのだが…、バツが悪そうに麗奈が伝えると、妃奈は姉に飛びついた。


「麗奈姉ちゃん、大好き」


「…」


麗奈は、ゆっくりと屈みこみ、視線の高さを妹に合わせると、そのまましっかり抱きしめる。


 とても良い光景である。





 だらしなく緩み切った姉の顔を見なければ、である。





 姉は重度のシスコンであった。


 特に最近では、余り構ってくれなくなった次女より、構ってオーラ全開の三女が堪らなく可愛い。爺はついで、言い訳でしかない。爺は泣いていい。







 「ここがダンジョン管理局の支部かのぉ」


 5階建てのビル、このビルの中心部にダンジョンゲートがある。

 見るからに頑丈に出来ている壁、氾濫時、モンスターを隔離するシャッターが、出入り口や窓に設置されている。


「どこの支部も同じ造りナノなのかの、頑丈そうに見えるが…ランク3には通用しなかった。そんなところかの」


 ゲートが現れ、氾濫が身近になった。氾濫初期より補強を繰り返してはいる。それでも、氾濫後に研究された結界システムと違い、そこまで頑丈ではないのが実情だ。


 ダンジョン全てを結界で覆えばいい。


 そんな意見もあったが、結界システムにも欠点がある。起動までに時間が掛かるのだ。

 襲ってくるモンスターに応じ、ランク1で3時間、ランク2で6時間、ランク3で12時間と時間が掛かってしまう。


 ランク4ダンジョンの氾濫は今のところ発生していない。結界システムの強化は今も急ピッチで研究されている最中だが、同時に問題も発生している。


 結界を起動するための魔結晶が馬鹿にならないのだ。動力源である魔結晶自体がダンジョン産であり、手に入れるためには、モンスターを倒さなければならない。


 最初の氾濫が起こった当時より、冒険者の数も質も良くなってはいる。それでも需要に対し供給が間に合っていないのが現状だ。


「ダンジョン産の物でダンジョンから身を守る、そこもどうかと思うんじゃがのぉ」


 ダンジョン支部へと足を踏み入れながら、そんな事を呟き、総合案内へと足を向ける。


「すまんの、ダンジョンについて少し聞きたいんじゃが?」


「はい、どのような事でしょうか?」


 ぱっと見、一番爺好みの受付嬢に声を掛ける。聞くならやはり耳だけでなく目も楽しみたい、とはエロイ爺の心の声である。


「ダンジョンに入るのに何か条件とかあるのかの?」


「え?え~っと、15歳以上で中学卒業後であれば問題ありません」


 一瞬、いまさら何言ってんだこのおっさんは、ボケたか?そんな冷たい視線をしたが、とりあえず微笑んで誤魔化す受付嬢。 

 そんな視線をさらっと無視し、質問を続ける。


「入るにはどうすればいいんじゃ?」


「はい、ダンジョンゲートの入口にカードリーダーがあります、そこにマイナンバーカードを翳すだけです」


「それだけなんか?」


「はい、基本的な事ですが、ランク1ダンジョンをクリアできないと、ランク2ダンジョンへ突入できません。ランク3には2を、4には3をクリアといった感じですね」


 言葉の端に、ほんのり嫌味を含めて説明する受付嬢。


「なぜランク1だけそんな事になっておるんじゃ?」


 平然と受け流された受付嬢は、仕方なく説明用(普段は使うことが無い)の冊子を取り出し説明を開始した。

 何せこんな時代である、テレビやネット、学校でも人々へ広く周知されてきたのだ。ダンジョンについて聞いて来る、爺の様な存在は全く存在しないと言って良い。


「ランク1は。それこそ生まれたばかりの子供でも、です。ですがランク2はそうでは在りません。ランク1をクリア出来るだけの実力者、となります」


「なるほど、ランク1をクリアできて初めて冒険者、という訳かの」


 爺の回答に、にこやかに頷く受付嬢。


「そうですね、そう受け取って貰ってかまいません。ですが、冒険者として生活していくならば、ランク3ダンジョンをクリアできる位でないと厳しいですね」


(ランク3といえばあの冒険者が叫んでいたの、LV21~30だったかの)


 ふと、先程の戦いを思い出した。


「ランク3とはどんな感じかの?」


「ランク3は、LVが21~30の6人パーティーで攻略するダンジョンですね。入口から近いエリア。例えば、LV21のパーティーは、入口近辺でモンスターの討伐をしています、奥に進めば進むほどモンスターは強くなっていきます」


「なるほど、それで21から30なんじゃな」


「はい、ですがそれはフィールドエリアに限ります」


「ん?どういう事じゃ?」


 そう聞かれた受付嬢は、待ってましたとばかりにある地図を取り出し爺に見せる。


「これがここのダンジョンのマップです、こことここ、それとここですが黒塗りになってます。何故か解りますか?」


「謎かけかの?ふ~む……全く解らんの」


 爺の返答に、やっぱりコレもしらないのね。そんな呆れた視線を発しながら受付嬢は答える。


「実はダンジョンには、フィールドエリアとが在るんです」


「なんじゃ、それは」


「フィールドとエリア、その名の通りただただ広い世界が広がっています。ですが迷宮は?」


「名の通り、迷路になっていると」


「はい、正解です。ですがそれだけではありません。迷宮エリアのモンスター達はとてつもなく強いのです」


 黒塗り部分を指さし、真剣な顔で伝えて来る受付嬢。


「強い、とは一体どれくらいかの」


「ランク4クリアパーティーが瀕死で病院へと担ぎ込まれました」


「むう…」


 爺は思わず唸った。ランク4クリア者であるならば、最低でもLV40はあるはず、そんな者達が瀕死の重傷を負う。

 だが同時に爺は考える、何故そんな危険エリアがランク1で存在するか。思考に更けている爺に受付は説明を続ける。


「現在迷宮エリアが確認出来ているのは、ランク1から3ダンジョンです。ダンジョンが同じシステムであれば、ランク4以降も同じ創りになっている可能性が高いです」


「おや?ランク4までクリアしているのでは無かったかの?」


「はい、ですがランク4ダンジョンは攻略が優先されたので…詳しい調査は未だ進んでいません」


「何か理由があった、そんな処かの?」


「はい、、そう呼ばれています」



 











 



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