第2話 状況を確認しよう。

「え?何?」


 麗奈は、突然の突風で一瞬体勢を崩す。

 別のモンスターが現れたのか、そんな考えが過ぎるが正面にも未だモンスターが…居なかった。


 そこには倒されたモンスターが残す黒い塵が舞っていた。


 一体何が起こったのだろう。そんな考えが頭をよぎるが、一瞬で考えを切り替える。


 まだモンスターは居る、冒険者へと視線を向けると応援の冒険者が数人彼の元へと走っていた。

 これならば自分の出番は無いだろう、そう判断した麗奈は妹がいる校門へと向かう。


「妃奈!」


 そう言いながら屈みこみ、妹を抱きしめる。


「妃奈、大丈夫?お爺ちゃんは?さっきまで一緒に居た気がしたんだけど」


「爺ちゃん消えた…」


「き、消えた?」


「うん、お空へこうビューーンって」


「え?何それ、お星さまにでもなったとでも言いたいの?」


 見たままを伝えた妃奈だが、言葉だけを捉えた麗奈は祖父がお星さま(お亡くなり)になったと聞き取ってしまう。

 祖父の最も近くに居た麗奈だが、視野外からの一瞬の出来事であり、そのスピードが常識の埒外であったため視認出来ていなかった。

 対して妃奈は離れて見ていた、遠くの飛行機が遅く感じるように、祖父の動きを見る事が出来ていたが、あまりの出来事で語彙力を失っている。


「ううん、違うの、そうじゃないの、でも説明が難しいの」


「えーと、お爺ちゃんは生きてる?」


「うん、絶対生きてる!」


 満面の笑みを浮かべ、そう答える妃奈をみて麗奈は取り敢えず一安心、でいいのか微妙な笑顔を浮かべた。







●〇●〇●〇●〇●









「ニチアサだと何もない所に着地できるんだがのぉ」


 どこぞのマンションの屋上を着地で破壊し、その場で胡坐を組み座り込む男。


「なんじゃ?話し方もおかしいのぉ」


 そこでふと思い出す。


「あ~そういやあの世界ではこんな感じでロープレしてたのぉ、てかそんな処まで再現しとるんか」


 モンスターへと突貫する瞬間目にした文字、その台詞が頭をよぎる。





【始まりの幻想世界への帰還、歓迎いたします。お帰りなさい。素晴らしき、良き冒険者ライフを】





「見間違える筈も無い、およそ24年間やり込んでいたからの」


 サービス開始から27年、ほぼ毎日ログインしてきた世界。


「やはり何かあったんかの…」


 男はあの日あの時自分に何が起こったか考える。


 男の眼前に新たな文字が現れる。


『身体能力が大変な事になっちゃうから注意してね♡』


「え、今更?」







●〇●〇●〇●〇●









 夕飯を済ませると、男はいつものようにパソコンへ向き合う。


 53歳の時、定年には少しばかり早いが会社を退職していた。


 早々にカミングアウトした男は田舎へと引っ越す、ライフラインはしっかりしているが、過疎化が進み空き家が多い地域へ引っ越したのだ。

 丁度いいと言うべきか、家屋はそこそこあるが隣の住人に合うのに1kmは行かねばならない地域が有り、そこへ引っ越しを決めた。

 

(過疎化進みすぎだろ…、まあのんびり過ごそう)


 そう考えての事だった。


 男は39歳の時妻を病気で亡くしている。1年と2か月の闘病生活であった。この時息子は中学3年、受験を控えていたためあまり説明はしてこなかった。


 週末に病院へ通い、良くなる兆候が見えたのもつかの間、再び悪化。帰らぬ人となった。


 職場へと妻の危篤を知らされ、中学へ連絡をとり、何とか息子も妻を看取ることが出来たのは僅かばかりの幸いだろうか。


 それから3年程、息子が東京の大学へと向かうまでの間、男は仕事に打ち込んだ。


 結果、体調を悪くする。体調と言っても精神的な病であった。


 医者から言われた言葉は衝撃的だった。


「すごいね、その状態でまだ生きてるなんて普通なら死んでるよ」


 あまりの言葉に男は何を言われたか解らなかった。


「やりがい、生きがいを持ちなさい。気持ちを楽にして楽しい事を見つけなさい」


と言われた。


 医師から診断書を書かれ、会社に提出すれば、しばらくやる事が無くなってしまい途方に暮れる。


 そこで思い出したのが30歳の頃始めたMMORPG、【始まりの幻想世界】であった。


 妻が病気になる前、ほぼ毎日やっていたゲームだ。


「本当に楽しいんだねぇ」


 妻の台詞が頭をよぎる。

 ゲームが好きなのは分かるがもっと私を構えと言われ、帰宅後数時間、食事をしながら妻の話を聞くのが日課であった。


 解放されるのが大体22時であったが、それから夜の1時くらいまでのプレイは楽しかった。


「楽しい事、か。復帰するのもいいかな」


 そんな考えから男はゲームを再開した。





 だが現実は残酷だった。





 サービス開始から数年、当時の仲間たちはログインしてこなかった。





 ギルドは辛うじて存在していたものの、誰も来ない。再開して1年間、男は1人だった。


 だが転機が訪れる。


 キャラで街を徘徊中、ギルドメンバーを見かけたのだ。


てっかどん:よ!w

ざんちゃん:うお!?w


 てっかどん。それが男のキャラ名であった。


ざんちゃん:え、まじかw

てっかどん:おう、復帰したわw

ざんちゃん:久しぶりやね~いつ復帰したん?

てっかどん:1年くらい前…誰もこなくて寂しいんじゃ…

ざんちゃん:おっふw


 懐かしい会話に思わず涙ぐみそうになった。


 それからチラホラとギルメンが現れるようになる。


 そして26年目のある日、このまま30周年を迎えるかも、そんな考えがプレイヤー達によぎる頃、公式から発表があった。それは当然と言えば当然の発表であり、とうとう来たかという出来事でもあった。


 内容を掻い摘んで言えば、27年目をもってアップデート等のサービスを中止、ゲームの提供サーバーの運営は続ける、プレイ料金は廃止し今後はクラウドファンディングにて運営。


 この発表に少なからずプレイヤー達はほっとした。新しい要素は無くなるが、それでもこの世界に居られる。

 根強いファンが多いタイトルだ、運営資金を自分たちが出せば今後もプレイだけはできる、今までもプレイ課金してきたのだと考えれば資金提供する者はいるのだ。





 そして27年目のあの日、57歳になった男はログインをした。





てっかどん:こんばん

ざんちゃん:こんばんは

ごーひあ:ばんばんw

にゃんころ:てっちゃんこんばんにゃーw

てっかどん:公式サービス終了おつw

ざんちゃん:これからは俺たちのゲームw

にゃんころ:にゃーw

ぱろん:ばんわーw新要素ないのはさみしいのw

てっかどん:しゃーなしじゃのw


 くだらない会話と今後の展開を話しつつチャットしていると、パソコン画面の向こう、窓の外が少し気になった。


てっかどん:なんぞ?

ざんちゃん:どしたん?w

てっかどん:窓の外、上空?なんか青い光が変な動きしとるw

ざんちゃん:飛行機かヘリじゃね?

てっかどん:う~ん

ぱろん:なになに?怪奇現象?w

でっかどん:なんかこっち来てる気がるのぉ

ざんちゃん:キノセイキノセイw

てっかどん:いや…こっち来とるんじゃ!w

にゃんころ:にゃー?w

てっかどん:まずwちょw逃rwwww

ざんちゃん:マジ?w

にゃんころ:おーいw

ぱろん:ありゃ?マジ?え?え?え?

ざんちゃん:ちょwwwwwwwwwwまwwwwwwww




ぱろん:お返事ないお(汗

ざんちゃん:回線も落ちとる…マジか(汗

にゃんころ:にゃー(泣

ごーひあ:にゃー(50代)

にゃんころ:コロス

ごーひあ:とは言えどうもできん

ざんちゃん:無事を祈しかない





 男は逃げた、青い光がどう見てもここへと落ちて来る。


「くっそ!どれくらいだ、どこへ行けばいい!隕石?飛行機?なんじゃありゃ!!」


 落ちて来る光は巨大、あんなものが落ちてくれば被害はどれくらいだろう。範囲は?どこまで行けばいい?いろいろな考えが頭の中を過ぎる。


「くっそ!!赤い玉ならウル●ラマンだと信じられるのに!」


 昭和特撮ではない。


「まz・・・・・・・・・・・・・・・・






 男の意識はそこで途切れた。








 そして目覚めた時、男の目の前には皺の増えた息子がいた。







●〇●〇●〇●〇●









「あの日絶対何かあったのは間違いないのぉ」


 当時の記憶は鮮明に残っている。


 それも当然だ、男にとっては僅か数か月前のできごとである。だが。


「世間的には26年前の出来事だからのぉ」







 そう、『事件から26年』男は眠り続けていた。



 




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