第2話 抜けた聖剣は災難のかほり

(お、お邪魔しまーす)


 ゆっくりと音を立てないようにして聖剣の間の扉を入った青年は、ふ~~……と長い安堵の溜息をついた。

 誰にも見咎められずにここまで来れたのはまず第一の幸いだ。

 夜間はコネでもない限りこの聖剣の間を訪れる者はない。

 勇者不在のおよそ五十年の間に、管理する神殿の方で夜間受け付けなどという面倒はやらなくなったのだと言う。

 どうせ勇者は出ないだろうというだる~い諦観が蔓延し、やる気がないと言っても過言ではなかった。

 しかしそれでも巡回などの警備は形だけであっても行われているので、もしも見つかれば騒がれるのは必至だ。


 そんな万一を顧みず、どうして夜更けにコソ泥よろしく侵入したのか?


 それには彼――青年ブイの事情が関係していた。


 足音を立てないように聖剣の正面まで歩いた彼はスーハーと深呼吸する。


「よ、よおーし、これで僕の勇気は証明された。さっさと証拠画像撮って帰ろう」


 青年ブイの事情、それはひとえに彼の意地だった。


 常日頃から「お前はいつもおどおどしててイライラする。この混血の臆病者め」と兄や親族からは言われてきた。


 彼らも周囲の人間からはよく罵られているので、その溜った鬱憤の捌け口を彼に求めたのだ。


 もう二十歳になった今なら彼にもその理不尽がわかる。


 わかるからこそ悲しくもなって何だかんだでも自分を養ってくれた家族のためにと日々の侮蔑を甘んじてもいた。

 ただし、弱虫やら臆病者との謗りを浴び続けるのは少し面白くなかった。だからこそ彼はこんな暴挙に及んだのだ。きっと今夜の証拠を見せればこれで自分から一つ悪口の種類が減るだろうと。


 画像を記録する小さなガラス玉のような安価な魔法具でパシャリと自分と剣を写したブイは、少しほっと肩の力を抜いて辺りを見回した。


「僕が言うのもなんだけど、せめて施錠くらいはしないと駄目だよねえ」


 ……彼はすっかり失念していた。

 あらゆる魔法具はここに掛けられた警備の魔法を揺らがせ侵入を気付かれるのを。

 それは記録媒体でも同じだと言う事を。


「あんまり長いするのもよくないし、目的は果たしたから帰ろう。……――?」


 ブイはふと顔を上げて相変わらずしんと静まり返った室内をまた見回すと背筋を小さく震わせた。


「な、何だろう、誰もいないのに視線を感じる気が……」


 彼は天敵から身を護るウサギのようにじっとして耳をそばだてたが、結局何の不自然な音も捉えられなかった。


 遠くに聞こえるのは巡回の兵士だろう者達の揃った足音だ。だらだらと歩いていたはずの兵士の足音が揃っている不自然さを彼はまだ疑問に思わなかった。


 それでも一度首をもたげた警戒心は簡単にはなくならない。夜中でもここは燭台に火が灯されていてそれなりに明るいが頑健な石壁に囲まれた部屋は空気もひんやりとしていて、どこか人を寄せ付けない雰囲気を醸している。ゆらゆらとした蝋燭の炎の僅かな影からでさえ何か得体の知れないものがふわりと飛び出してきそうに思えた。


 彼は気味悪さにきょろきょろと忙しなく視線を動かす。その目がとある一点で止まった。


 ――聖剣の上に。


「そう言えば、これが聖剣なんだよね」


 誰もがその所有者となり人類の英雄となるのを夢見る聖剣。


『このオレが勇者だと思ったのに、あと一歩で違ったらしいな、ハハハハ!』


 以前、腫れた酷い顔で帰宅して空笑いを浮かべていた兄の姿を思い出す。勇者か否かのどこにあと一歩があるのかブイにはよくわからなかったが、その時は何も言わず弱い笑みでやり過ごした。

 兄は仕える主に必死に頼み込んでこの聖剣の間に連れて来てもらったらしかった。自らが勇者かどうかを試すため。もしも勇者なら貧しさから抜け出せるとそんな期待を抱いて。

 しかしそうではなかったために、兄は彼の主人から沢山殴られたようだった。


『ま、弱虫のお前には到底関係ない話だけどな。ハハ、どうせ抜けっこないだろうし?』


 ふとそんな台詞までをも思い出し、ドクンと心臓が一際強く胸を叩いた。


「兄さんにも抜けない物を僕がどうこうできるわけもないだろうけど、でも、これが、聖剣……」


 彼は食い入るように、先程からずっと台座の上で存在を訴えている伝説の剣を見つめた。


「とても綺麗だな。これなら皆が勇者になりたいと憧れるのも当然か」


 年中そうなのか、彼が入った時から淡い白い光を放ちキラキラと剣身を輝かせているそれを澄んだ赤と金色の瞳に映し、ブイはまるで誘蛾灯に導かれる羽虫、漁火いさりびに誘われるイカのように近付いていく。


 彼は知らなかったが普段の聖剣は光らず、あたかも岩のように硬く冷たく存在を殺している。神聖さなぞどこにも見当たらず、どこのボロ剣だと言わんばかりの風体なのだが、今だけは違っていた。


「……少しくらい触ってもいいかなあ?」


 誰にともなく呟いて、彼はガサガサに荒れた長い指先を伸ばす。


「聖剣さんも我慢してね? 少しだけ、ほんの少しだけ引っ張るだけだから」


 悪戯心と後ろめたさの間の興味本位。果たしてそれが吉だったのか凶だったのか、今の彼が知る由もない。


 台座に上がってすぐ傍に立つとゆっくりと剣の柄に指を這わせて握り込み、ほんの少しだけ上に引っ張ってみた。


 すぽーーーーーーーーん、と剣が抜けた。


「…………はれ?」


 抵抗が皆無だった。


 彼は真上に聖剣を掲げた勇ましいポーズになって暫し固まった。

 薄く青痣は残るも端正なかんばせが、聖剣が発する仄かな白光に照らされる。


「え、え、……えええ?」


 彼は何が起きたのか、自分が何をしてしまったのか、頭が真っ白になってしまって考えられない。

 しばしそうして、ようやくのろのろと思考が回り出し、とりあえず聖剣を台座の元々刺さっていた細い穴に差し込んで戻してみた。


 だがしかし、カララン、と乾いた音を立てて聖剣は安定を欠き倒れてしまう。


 慌ててまた試してみたが確かにきちんと刺さっていたはずなのにどうしたわけか戻らない。


「そ、んな……」


 五十年も経てば経年劣化が台座にも起きるのだろうか。だからこそ微々たる力ででも剣が抜けてしまったのかもしれない。穴の形が変形してもう刺さらなくなってしまったのだろう。

 彼は聖剣を手に途方に暮れた。


「ど、どうしよう……」


 さすがにこれを放置して出て行けば翌朝には大騒ぎだ。

 台座を壊したのは誰だと捜査が始まり捕まるかもしれない。そうなれば手酷い罰を受けるだろう。死ぬような目に遭っても不思議ではなかった。

 しかもそうなれば家族にまで害が及ぶに違いなかった。


(兄さんは今よりもっと僕を憎むだろうな)


 それも自業自得かと、剣を握り締めたまま彼がとうとう涙目になった時だった。


「――へえ~、ここが聖剣の間か。何だ結構想像してたのよりも狭いなー」


 いつの間にここに入ったのか、一人の黒髪の少年が呑気そうに首を巡らせている。旅装のフードマントという格好から兵士でも神官でもなさそうだ。


(ふふふ不審者!)


 自分の事は棚に上げてブイは息を呑んだ。無意識の自己防衛か聖剣を抱きかかえて息を殺したが、そんなものは台座以外何もないがらんとした室内では意味をなさない愚策だ。姿は丸見えなのだから。


「ぅおう!? 何だ先客がいた、の……かあああああ!?」


 一見すると大人びた雰囲気の少年はブイの姿を認めると途端に子供っぽく大きく目を見開いた。

 ここからではブイにも瞳の色までは判然としないが濃い色合いなのはわかる。もしかしたら髪と同じように黒なのかもしれない。

 お互いに絶句して見つめ合っていると、ようやく少年がぱちくりと瞬いた。


「ええと、こほん、そのゆったりした黒ローブ姿から察するに、そちらさんも侵入者だよな? で、その光ってるのは聖剣で、もしかしなくてもその剣はお宅が抜いたのか」

「そ……です」


 黒髪の少年は見た目からするに純血の人間のようで、故にブイは長年染み付いてしまった習慣で敬語になった。


 少年は特にそこには何も思わなかったのか奇妙にも明るく会話を続ける。


「何だ、もう抜けたのかーハハハ。折角だからゲームみたいに我こそはーって一度台座に立って剣を引っ張ってみたかったのになあ。まあ、残念、人生そんなもんだ、じゃあな。そちらさんも気を付けて帰れよ~」


 ふっとニヒルに笑んだ少年は、騒ぎ立てもせず何事もなかったかのようにくるりと背を向ける。


「えっえっあのっ待って下さい!」


 ビクッと少年の肩が跳ねたように見えたのは気のせいか。

 彼はどこか引き攣ったような顔で振り返った。


「な、何?」


 思わず呼び止めてしまってからブイは我に返って焦った。一体自分は呼び止めて何をしたかったのだろうかと。見知らぬ人間に構うよりも自分もさっさとここからトンズラするのが先決だろうにと。


「あ、いえ、その、この事は黙っていてもらえませんか?」

「あー何だそんな事か。いいよいいよ俺も不法侵入者だし。勿論大丈夫。こっちの事も黙っててな。ってなわけで今度こそさいならな、バッハハーイ」

「あ、はあ……」


 少年から軽く手を振られ、ブイは何となく拍子抜けして振り返してしまった。


 直後、ブイの聴覚が複数の足音がこの部屋に向かって来ているのを捉えた。


「あっ、待って下さい!」

「は? 何だよ? どうしてまだ俺を足止めなんてするんだ? ……ま、まさかあんた俺が魔おぅ――」


 ドドド、ガシャガシャ、と部屋の外からの音に少年も気付いたのだろう、途中で言葉を切って木の扉へとさっと鋭い視線を向けた。


「ハハハ、新手のお客様か。あんたが呼んだのか?」

「ちちち違いますっ」


 冷静さを欠いてブンブンと激しく頭を振ったせいで、ブイの頭に巻いていた布が外れる。


「あ……っ!」


 ブイは即座に頭と布を押さえたが時既に遅かった。


 オレンジ色の鮮やかな髪が露わになり、更に特徴的なものも一緒に露見する。


「え、は? ケモミミ!?」


 少年からの呆けた声にブイは更に「うぅ」と羞恥とも恐怖ともつかない声を上げてその露わになった獣耳――白いウサギ耳を手で押さえた。


 しかし見られてしまった後ではどう隠そうと無駄な足掻き。


 しかもある意味ベストタイミングのようにバターンと入口扉までが開けられてものものしく兵士達が雪崩れ込んで来たではないか。


「そこの侵入者共、大人しくしろ!」

「警備魔法を乱したのはお前達だな!」


 六人程の剣呑な眼差しが少年と青年を捉える。


 そして、聖剣の有り様を目にするや皆一様に大きく息を呑んだ。


「なっなっなっ!? 聖剣が台座から抜けているだとお!?」

「勇者か!? とうとう待ち望んだ勇者が誕生したのか!?」

「いやしかし、まさかそいつがなのかよ!?」

「無理やり破壊したのかもしれないぜ?」


 兵士達は初めこそ聖剣が抜けたのに驚いていたが、その所在を認識すると等しく表情に困惑と猜疑を滲ませた。


 言うまでもなく所在は、ウサギ耳の青年ブイの手だ。


 ウサギなどの獣の遺伝子を持つ者を獣人と言う。


 彼らは魔物や魔族ではなく、人類の一種族とカウントされている。


 しかし、実のところその境界は曖昧で、そのせいか魔族魔物もどきと忌み嫌われ獣人族の地位はとても低く奴隷も同然だった。いや実際に奴隷として取引されてもいるのだ。


 過去にはそうではなかった時代もあったが、ブイにとっては不幸にもこの時代はそうだった。


 獣人はろくな仕事にも就けないために貧しく、それ故に不公平不平等な条件で労働契約をさせられ酷使されている。


 そんな下等な存在が聖剣を手にしている。


 すなわち、勇者かもしれないのだ。


 大国たるグロバール王国の一度地元に帰れば一目置かれるプライドの高い、或いは言い方はあれだがやや傲慢な兵士達からすると、すんなりと納得できるわけがなかった。

 何故なら兵士になるような人間は己の腕に自信があり、この場にいる者達も過去に聖剣を引き抜こうと試みて失敗した者達だった。腕前とは裏腹に未熟な心が生んだ嫉妬心から獣人が勇者などあり得ない、きっと何かカラクリがあるはずだと勘繰ったとしても仕方がなかった。


「お前、ここで何をした!」

「ぼっ僕は何もしてなんて……っ」


 いきり立つ兵士達がブイに詰め寄っていき、その手から聖剣を奪おうとする。

 その際にブイは乱暴に耳を掴まれ引き倒され、倒れたところを蹴られ咳き込んでいるうちに後ろ手に拘束されてしまった。


 一方、聖剣は揉み合った拍子に兵士の装備にでも当たり跳ね返ったのか床を滑ってやや離れた場所で沈黙した。


「さっさと立って歩け! どんなトリックを使ったのか諸々を吐かせてやるからな、獣野郎め!」

「僕はそんなつもりはっ、あぐっ」


 兵士が弁解しようとしたブイの顔を殴り付け黙らせる。

 切ったらしく彼の口の端から血が流れた。痛みで足から力が抜けたせいで跪く格好にもなる。目には涙が浮かび、その左右で色の異なるオッドアイは深い悲しみを湛えた。


「おい誰か聖剣を頼む」


 兵士の一人が気付いたように言った時だった。


 それまで何故か兵士達の意識から一時的にであれ存在が逸れていた少年が、いつの間にか動いて剣を器用に足先で蹴り上げるやその手に見事にキャッチした。


 同時に彼はぐっと何かを我慢するように一度大きく顔をしかめた。


「ふっ、おいおいダッセーな。いい大人が寄ってたかって弱い者苛めかよ。ってかさ、モフモフ愛護の精神はないわけ?」


 眉間を寄せ不機嫌MAXと言っていい様子の少年が、聖剣を手にバリバリとその剣身に雷のようなものを纏わせる。


 その弾ける青白い雷光の威力は凄まじく、ぶつかった石壁に穴を穿ったりえぐるなどして破壊すらしている。雷光は極めて明るく隣の人間の毛穴までよく見えた。あまつさえ無風の室内で風をも生み出し兵士達へと吹き付ける程だ。


「ま、まさか、もしや、少年、君が抜いたのか!? 君、いやあなたが勇者なのですね!?」


 少年は高揚しているのか何故か悪役のように歯を食い縛って笑うだけで答えない。しかしそれが兵士達には肯定と思われ、頼もしいとさえも思わせた。……どう見ても悪い笑みなのだが。


「おおおっ、その剣に認められて放たれる力は本物の証だ!」

「勇者だ、彼が我々の新たな勇者様だ! 勇者誕生だっ!」


 歓声が上がり、それではオレンジ髪の獣人は何者だ、となる。


「こいつ、勇者様から剣を奪おうとしたんじゃないか? 獣人共はいつも小狡いからな」


 そうだそうだと同意の声が上がり、非難の眼差しが集中した。


「なっ、違いま……っ」


 必死な顔で訴えたブイはまたも殴られた。

 鼻と口からの血がぱたりぱたりと床に落ち、それでもブイは一心に少年を見つめた。


 少年だけは真実を知っているからだ。


 しかし少年は依然バリバリと電気を走らせながら、ぐっと耐えるようにして何も言わない。


 ブイの目がどこか自嘲的な陰りを帯びた。


 人間として生きたいのに人間として扱われない獣人の彼はああまたかと早々に諦めたのだ。もうどうにでもなれと思って項垂れた。

 ほとほとと涙が床に落ちて血の赤を薄くした。

 と、少年からはあー、と溜息が落とされた。


「おいあんたら、そのモフモフを放してやれよ。そいつは何もしてねえよ」


 ふと近付いた気配に顔を上げたブイはぼんやりとして傍に佇む少年を見つめた。彼も自分を殴るのだろうか、とそんな風に考えていた。

 同時に思考の片隅では、聖剣からの青白い光に照らされ揺れる青みがかる黒髪が綺麗だと思った。加えて、実は黒だったとわかった瞳に映り込む光がキラキラとして少年の存在をブイの心に刻み付けた。

 不思議にも、初対面の彼が何かとてもかけがえのない相手のように感じていた。


「ゆ、勇者様何を? こいつは薄汚い獣人ですよ?」


 兵士からの言葉を無視して少年はしゃがむとブイに手を伸ばしてくる。ブイは来るだろう暴力にウサギ耳ごと全身でビクッとして怯え震えて顔を背けた。

 少年は触れようとしていた手をそこでピタリと止めた。


「……彼を解放してやってくれ」


 その代わりのように静かにそう告げる。


「し、しかしこいつは」

「彼は俺のー……うん、従者だよ従者。だからさっさと放せって言ってんの」

「えっ! そそそうだったのですか!? 早く仰って下さいよおっ、申し訳ありませんでした勇者様!」


 少し声に苛立ちを含ませた少年に気圧されたのか、ブイを拘束していた兵士は泡を食ったようにして飛びのいた。

 ブイはのろのろと起き上がるとおずおずと少年に頭を下げる。


「あ、ありがとうございます」

「お礼はいいから、ほら、これ持ってな」


 両手が自由になったブイへと少年は早速と聖剣を持たせた。


「勇者様!?」


 兵士達が口々に仰天したが、少年はしれっとして兵士達を振り返る。


「わざわざ持って歩くのは面倒だから従者に持たせてたんだよ。それを急に攻めるように乗り込んできてこっちも呆気に取られたから説明するのが遅れたってわけだ」

「あ、ああなるほど、そのようなわけだったのですか。こちらこそ驚かせてしまって誠に申し訳ありませんでした!」


 まだ機嫌の悪そうな少年へと兵士達は深々と頭を下げる。これ以上将来の世界の英雄からの不興を買いたくないのだろう。


「で、では勇者様、神殿の者に新勇者誕生の旨を知らせて参りますので、今夜はどうかここにお泊まり頂けますでしょうか。お部屋をご用意致しますのでどうか!」

「うん? あー……しょうがないか。いいよ。――あ、けどその前に神官の誰かに頼んでそこの彼の手当てもよろしくな。剣も彼に預けるから俺のとこには必要のない限りは持って来なくていいからな、断じて」

「畏まりました」

「……あ、手荒には扱うなよ?」


 獣人と聖剣どちらに向けて言ったものか、兵士は判然としないながらも念押しに了解して獣人のブイを連れていく。

 そんなブイ達を少年は作ったような笑顔で見送っている。

 聖剣を抱くブイは予想もしなかった展開にどこか夢のようなふわふわした心地になりながら、そんな少年を何度も振り返りながら兵士の後に従った。





 俺は獣耳の男のとは別の兵士に宿泊ルームに案内された。

 ただ、点検しますから少し待って下さいと言われて待ってから促された豪華な一室じゃゆっくり寛ぐ暇もなく、音が漏れないように大きなベッドの枕に顔を埋めて一人頭を抱え叫んでいた。無論人払いはしてある。


「あーーーーっ、しくじったあああっ! 絶対ヤバイだろこの状況はあああっ、聖剣だよ、魔王をつまりは俺を討ち滅ぼすために存在するあの聖なる剣だよおおうっ!? しかも抜いたばっかりの聖剣持ってたあいつが勇者じゃんっっ! ゆっうっしゃっ!! 鉢合わせとかあああマジ俺詰んだあぁぁ~~~~っ!」


 好奇心は猫をも殺すって言うくらいだ、下手をしたら好奇心旺盛な魔王だって殺されるんだよなあっあの格言はっ。


「あの聖剣にしたってめっちゃ俺に敵対的だったし! 雷で対抗して何とか平気なふりしたけど、マジでチビりそうなくらいにビリビリ痛かったあああっ、掌が焼けるっての! 畜生聖剣~~っ!」


 ゲーム感覚で来るんじゃなかった、と俺は俺の軽い気持ちでの行いを激しく後悔していた。

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