マリア

 マリア、というのは彼女の名前で、神さまの名前だ。神さまのように美しく、賢く、慈悲深くあるように、と彼女の両親が名付けてくれた。彼女の両親はマリアを信仰していた。おまえは神さまの子なんだよ、神さまが私達に授けてくださった贈り物なんだよ、といつも言っていた。

 彼女はその名に違わず、美しく、賢く、慈悲深く成長した。やわらかい小麦色の髪を持ち、お月さまのようにまあるく、銀色の瞳を持ち、天使のように美しい笑みを浮かべる女性へと成長した。ますます、彼女の両親は彼女のことを神さまの子、と思うようになった。

 16歳になる年、彼女は教会に入った。そして18になる年、ある地域に建てられた教会に派遣されることになった。そこは少しくたびれた、薄暗い町だった。煙草の煙と、鉄の匂いがずっと立ち込めている町だった。

 彼女が教会に来てから、最初は何人もの人々が教会を訪れた。美しい彼女を見ることが目的だったから、すぐに誰も来なくなった。偶に、己の罪を清算するために、また、己の身を神さまが救ってくださるために、彼女と、マリアの前で懺悔する者が現れるだけだった。

 彼女は奇麗だった。彼女は慈悲深かった。懺悔する者が現れる度に優しく寄り添って、美しく笑いかけて、神さまの代わりに赦していた。

 そうして、彼女は一人ぼっちで、教会に居続けた。


 ある日。彼女が教会の外を掃除しよう、と外に出ると、真っ黒なボロボロが落ちていた。真っ黒な髪の、カラスみたいな色の男。死んでいるのかと思ったが、微かに呼吸の音が聴こえる。彼女は、呼びかけても何も言わない、何も言えない男を引きずって、教会の中に運び込んだ。そして、男を服を着たまま風呂に入れて、身体を綺麗にして、次に全身にできている傷の手当をして、ベッドに寝かせた。風呂に入れている間も、傷の治療をしている間も、男はずっと寝ていた。

 男は時々、不思議なうめき声をあげていた。がぁ、とか、ぎゅー、とか、まるでカラスのようなうめき声を上げていた。彼女はその声を聞いて、もしかしたらこの人はカラスの化身なのかもしれない、と思った。

 男を拾って、彼女は何時間も看病を続けた。男がうめくたびに手を握り、うなされるたびに浮かんだ汗を拭いた。誰から見ても、献身的な看病を続けた。

 それから、何時間か経って。


 「……………が?」


 男が目覚めた。

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