幼馴染への恋を自覚するまでのお話

真朱マロ

第1話 幼馴染への恋を自覚するまでのお話

 月が出ていた。

 透き通るような銀盤に、そういえば中秋の名月ってそろそろだったっけなと思う。

 終わったのか、これからなのか、今ひとつ覚えていないけれど、まぁるい真円に少し足りない歪さが不安定な気候にピタリとはまっている。

 日中は半袖でちょうど良かったから、こうして陽が落ちてしまうと肌寒くて、本当に秋になったんだなぁと感じる。

 ほわぁぁ~とのんびり空を見上げていたら、後ろから声をかけられた。


「おいコラ、まどか。こんな夜更けにフラフラしてんじゃねーぞ」


 振り向くと勇斗がいた。

 相変わらず目つきが悪くて、威圧感の強い愛想のない顔をしている。

 一瞬、勇斗も夜の散歩なのかな? と考えたけれど、キツイ眼差しにあるのは心配の色で、わざとらしくぶら下げているコンビニ袋の中身が勇斗の好きな炭酸飲料と私の好きなフルーツ紅茶なので、えへへと思わず笑ってしまった。


「あのね、文化祭の準備をしていて遅くなったの。勇斗に入場券を渡そうと思っていたから、ちょうど良かった」


 犯罪最前線で体張ってる刑事のお父さんにそっくりな勇斗は、一歩間違うとその筋の人みたいだから、普通なら睨まれた相手はビビるけど、幼馴染の私からすれば威圧も安心の種でしかない。

 カバンを開けてゴソゴソと取り出した学園祭の入場券を5枚渡すと、勇斗は「なんか多くね?」とあきれた表情になったけど、券を受け取って大事そうにズボンのポケットに突っ込んでいた。


「そう? お友達と来るなら少なくない?」

「俺らの学校は女子が少ないから、欲しがる奴は多いだろうけど、誘いたいヤツは少ねぇからちょうど良い」

「なら、良かった。もっと必要なら早めに言ってね。うち、お父さんもお母さんも仕事で来ないから、お友達と一緒に遊びに来てほしいな」

「おう。サンキュ」


 ぶっきらぼうな言い方だけど、ヒョイと私のカバンを横からとって、勇斗は歩き出した。

 足が長いのに、私に歩調を合わせてくれるとか、車道側を歩いてくれるとか、ちょっとした気遣いが山盛りで、いつも優しい。

 今日もぶら下げていたコンビニ袋から当たり前のようにフルーツ紅茶を手渡してくれたから、私の帰りが遅いので迎えに来てくれたんだと思う。

 もっとも、尋ねても教えてくれないから、ありがとうを言うタイミングに困ってしまうけど。


 勇斗と私は家がお隣さんで、生まれた時から仲良しの幼馴染だ。

 奇跡的に年齢も同じだったから、幼稚園から中学までは一緒に過ごした仲である。

 どうやら私は他人から見るとぽわぽわした隙だらけの雰囲気をしているようで、昔はいじめっ子に目を付けられることもあったけれど、私の隣には常に勇斗がいたから実に平和だった。

 見た目とは真逆で平和主義の勇斗は何もしていないのに、目が合うと意地悪を仕掛けてきた子はどこかに消えて、二度と近づいてこないのだ。

 迫力のあるドーベルマンみたいな勇斗に、のんびりマイペースな私は「どんくせぇぇぇ―!」と嘆かれながらグイグイ引っ張られているうちに、気が付くと平和に中学を卒業して今に至る。


 そんなこんなで、今も仲良しなのだ。

 幼馴染の男女はからかわれるのが定番だけど、私がぽわぽわしすぎているからか周囲からからかわれることもなかった。

 さすがに高校は進路が違って、私は普通高校・勇斗は工業高校に分かれたけれど、家がお隣さん同士なので日常の買い出しや休日のお出かけは一緒にしている。

 勇斗の両親が仕事でいない時は一緒にご飯を食べるし、私の両親が二人して出張でいない時は、未成年の女の子が一人だと不用心だからと番犬よろしく私の家に泊まったりもする。


 それでも私達は、男女交際のような甘い関係ではなくて、血の繋がらない家族みたいなものだった。

 ずっとそれでいいやと思っていたけど、最近はモヤッとしている。

 そう、家族みたいなものだと「思っていたけど」の「けど」の部分にある、なんとも言えない行間に気持ちが引っかかるのだ。


 本当に何なのかわからない、もどかしさとつかみ取れないモヤモヤ。

 肩を並べて歩くキツイ顔立ちをちょこっと見上げて、衝動的にその左手へ抱き着きたくなったけどもう幼稚園児ではないと気が付いて、気楽にくっつけなくなった寂しさと気恥ずかしさと、カッコいいなぁって見惚れる感じがグルグルもやもやしてしかたない。


 なんだろうな、この気持ち。

 好きなのかって尋ねられるとわからない。


 私が勇斗を嫌いになる事は絶対にないから、好きは好きなんだけど、好きが今までと形を変えていく、進行形の好きで困ってしまう。


 よくわからない好きを持て余していることを、勇斗に知られて心地良い距離感が揺らいでしまうのは嫌だと思う。

 調子に乗るなって突き放されるのは、もっと怖い。


 いつもと同じ態度で何も気にしていない風にしか装えないので、本当に幼馴染って難しいなぁ。


「あのね、私のクラスは喫茶の模擬店で、ホットサンドを提供するから食べに来てね」

「わかった。それって食券を買う場所があるのか?」

「うん、入場の受付の横と、校内にも各階に食券やチケットの販売所があるから、そこで購入してね。前売り券がないから渡せなくてごめん」

「別に。自分の食うものは自分で買うけど、ひとつじゃ足りねーな」

「うちのクラス以外にも模擬店あるから、全メニュー制覇を目指すとか? お腹いっぱいになっちゃうね」


 ホットサンドだけでは足りなくて、空になったお皿を寂しそうに見つめてキューンと鳴くドーベルマンを妄想してクスクス笑っていたら、ピシッとデコピンされた。

 歩きながら狙いすまして額にクリーンヒットさせるなんて器用すぎる。

 不意打ちを抗議しながら「痛い」とよろめいたけど、ツーンと勇斗には知らん顔をされてしまった。

 そんなところもすましたドーベルマンみたいで、こみ上げてくる笑いをかみ殺すのが大変だった。だから文化祭の事を考えて、勇斗から気持ちをそらす。


「あとね、クラスの模擬店は男女逆転喫茶だから、制服が似合わなくても笑わないでね」

「は? なんて? なんつった?」

「男女逆転喫茶。男子も女子も制服を持ち寄って交換するんだ~今回の文化祭のテーマが『タイムトラベル』だから、中学時代コスプレ。私はチビだから男子の制服を借りれても、誰にも貸せなくてお役に立てないのが残念だなぁ」


 浴衣でお出迎えのクラスや段ボールで鎧を作るクラスもあるんだって、と聞いた話を思い出しながら「えへへ~」と笑っていたら、勇斗が怖い顔をして立ち止まった。

 つられて私も立ち止まると、なぜか両腕をつかまれてしまう。


「おまえ、どこのどいつか知らん男の制服を借りる気か?」

「借りるよ~学ランって初めてだから楽しみにしてるの」

「楽しみ、じゃねーよ。俺の貸すから断れ」


 眉間にしわの入った怖い顔があまりに真面目なので、思わずキョトンとしてしまった。怒ってるわけじゃないけど、不服と不満と不愉快のオーラが凄い。

 だけど、素直にうなずくには大きな問題が立ちはだかっているのだ。

 そう、勇斗は見上げるほどスクスク育った高身長・細マッチョの足長アニキなので、平均より身長の低い私とのサイズ差が大きすぎる。


「勇斗の制服は大きすぎてワンピースになっちゃうよ。クラスの男子に借りるから大丈夫!」

「大丈夫とか言うな、マジでやめろ。ぶかぶかワンピで充分だっつーの」

「横暴。サイズが違いすぎて、上は良くてもズボンは無理だもん」


 勇斗の制服じゃなくても平気だよアピールをしたら、額にチョップが直撃した。

 ヒドイと抗議したら、デコピンが追加された。痛い。


「ばーか、鈍感」

「え? なに? どゆこと?」

「自分で考えろ」


 ぶつくさ言ってる勇斗の気持ちはまったくわからなかったけど、鈍感なのは事実なので反論の余地はない。

 そして翌日、中学時代の勇斗の制服を本当に渡されてしまった。

 学校に持って行って着てみたら、やっぱり大きすぎた。

 当然だが、ズボンは袴になって、裾を織り上げてもまったく無様で格好がつかなかった。

 友達には「袖を織り上げてタスキをかけたら、本当にワンピースみたいで可愛いね」ってニコニコされたから、隠れてしまうけど下に短パンを履いて、思い切ってワンピースのつもりで着る事にした。


 私の他にもサイズの合わない女子もけっこういたので、学ランの上だけで下は生足しか見えない状態の集団が接客の練習をしていると、ファスナーが半分開いたスカートを強引にベルトで留めた女装に失敗した男子たちが拝むように手を合わせて喜んでいた。


 何を喜んでいるんだろう? と本当に不思議だったけれど、その理由は文化祭当日に判明した。

 昼前に友達連れでやってきた勇斗が私を見つけるなりズンズン凶悪な形相で近づいてきて、ビシィッとデコピンひとつとチョップをひとつ、連続でお見舞いしてきたのだ。痛い。


「なにエロい恰好してんだ、てめーは! ズボンをはけ、ズボンを!」


 エロい? と一瞬キョトンとしたけれど、ようやく理由に思い至った。

 第三者視点だと、学ラン一枚で下に何も着てないように見えるのだ。


「履いてるよ、体操服の短パン!」

「めくるな、バカ!」

「ほら、ズボン履いてるし。エッチじゃないよ?」

「やめろっつってんだろ、鈍感!」


 ワチャワチャしながらもめている私と勇斗に、中学時代を知っている同級生たちは「またやってる」と笑って見ていた。

 強面の勇斗なのに、私といるとなぜかお笑いの相棒みたいになる。

 中学時代もこんな感じだったから、変に慣れてしまったみたいだ。

 高校からの同級生たちは最初だけ勇斗の迫力にビックリしていたけど、中学時代の友達の「幼馴染」という説明から、なにかを察したように納得の表情で「営業妨害だから」とにっこりと笑顔を向けられる。恐い。


 邪魔するなら消えてというお言葉付きの、早めの休憩という名の放逐により、私の身柄は勇斗に引き渡されてしまった。

 とりあえずズボンかスカートをはかないと許さないと言われて、更衣室に向かうのだが、勇斗の友達と目はあったけれど「また明日」とヒラヒラと手を振ってついてこなかった


「もう! 勇斗のせいで、みんなに迷惑をかけちゃう」

「なら、後で手伝う」

「勇斗が店番をしたら、お客さんが逃げ出しちゃうよ」

「聞こえねぇなぁ」


 ツーンツーンと拗ねた犬みたいにわかりやすい態度で不服を申し立てていた勇斗だけど、不意に私の首にその腕を巻いた。

 ぎゅうっと引き寄せられて首が締まり、ぐえっと可愛くない声が思わず漏れる。


「まぁでも、思ったより早くまどかと二人になれて良かった。俺の制服、似合ってるな」


 そのまま耳元に「かわい」と小さなつぶやきが転げ落ちてきて、息が止まるかと思った。

 かわい、なんて、今まで言われたことがない。

 だけど、それは無意識の勇斗から、つい、あふれた言葉のようだった。


 私と二人きりに慣れて嬉しい? とも。

 私のこと、可愛いって思ってる? とも。

 声に出して確かめる事は出来ないけれど。


 文化祭の喧騒の中で届いた言葉は幼馴染とは違った意味と、生々しく生きた熱を持っていたから、私の中のあいまいで不確かだった気持ちに輪郭が形作られる。


 好き。家族や幼馴染を越えた、好き。

 ただひとりの大切な相手に向ける、特別な好き。


 好きを自覚してしまえば、ただの幼馴染には戻れない。

 名前を「勇斗」と呼ぶだけで心臓がはねて、駆け足のようにトクトクと速度を上げてしまうのだった。



『 おわり 』

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幼馴染への恋を自覚するまでのお話 真朱マロ @masyu-maro

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