無人販売所

@me262

第1話

 深夜の山道で車を走らせていると、山頂付近の道端に明るく照らされた建物が見えた。大分前に通りがかった時にはなかった筈。俺は興味を惹かれて建物前に停車した。

 平屋のコンビニを思わせる外見だ。その脇には高さ5メートルはある、白いアクリル板で作られた直方体の立看板が突き立っており、そこには内側から蛍光灯に照らされて赤い太字が浮き上がっていた。

『無人販売所』

 こんな所に?客なんか来るのか?

 疑問はあったが、そもそも何を売っているのか、この立看板ではわからない。俺はガラス張りの建物の中に入って行った。両開きの自動ドアをくぐり抜けた先には幾つもの棚やショーケースが並んでいる。そこに置かれている品物を見た俺は仰天した。

 ハイブランドの宝飾品やバッグ、靴などがひしめくように展示されている。一通り店内を見回ったが、どれもこれも俺の稼ぎではとても手が出ない高級品ばかりだ。

 これ程の代物を無人で売る店など、聞いたこともない。しかも人里離れた山の中で。幻かと思うような光景に、俺は何度も両目をこすったが、紛れもない現実だった。そして、誰もいない店内に満たされた宝の山に、俺の理性はすっかり焼ききれてしまった。

 こうなったらやることは1つだ。

 俺は背負っていたリュックを片手にぶら下げて口を開けると、空いた手で片っ端から宝石の付いた指輪や時計、ネックレス等をその中に放り込んでいった。監視カメラが無言で俺の姿を写しているが、そんなことにはお構いなしに作業を続ける。

 そもそも無人販売所など、蓋の開いた自動販売機を放ったらかしにしておく様なものだ。店側が負うべきセキュリティを、客の善意に丸投げして初めて成立する虫の良い商売だ。それでカネを払う奴もいるだろうが、たとえ監視カメラで撮られようと、後で捕まろうと、盗む奴もいる。ましてやこれ程のお宝を目の前にして、品行方正でいられる奴は少ない。何しろ誰も見張っていないのだから。

 数分でリュックは商品で一杯になった。監視カメラがあるのだから、程なくして警察なり警備会社がやって来るだろう。一刻も早く逃げなければ。この先どうなるかはわからないが、絶対に逃げきってやる。俺は荒い息を吐きながら自動ドアの前に立った。

 開かない!

 自動ドア上部にあるセンサーへ何度も手をかざすが、ドアは微動だにしなかった。監視カメラの向こう側にいる奴がドアの電源を切ったに違いない。

 俺は慌ててリュックを床に置くと、ドアの隙間に指を差し入れようとしたが駄目だった。ドアを思い切り蹴りつけたり、体当たりを続けてもガラスにはヒビ1つ入らない。もしかしたらガラスではないのかもしれない。

 閉じ込められた!

 俺は焦って他の出口を探したが、そんなものはなかった。悪態を吐いて再びドアへ体当たりを繰り返す俺の頭上で、大きな機械音が響く。何事かと思って視線を移すと、建物の屋根が中央から二つに割れて上に開いていくのが見えた。同時に店内の照明が激しく明滅する。

 訳がわからず呆然とする俺の視界には、満天の星空が広がっていた。その中の1つが急速に光と大きさを増して、俺の方に降りてくる。それが星ではないと気付いた時には、既に俺の身体は金縛りにあったように身動き出来なくなっていた。

 足元が軽くなる感覚と共に、不意に俺の身体が床から浮き上がる。そしてゆっくりと頭上の光に吸い上げられて行った。俺は悲鳴を上げて抵抗するが、上昇は止まらない。

 俺は漸く、こんな所にこんな店がある理由を理解した。そして、この店の本当の客と、商品が何であるのかを悟った。

 照明が激しく明滅する店を見下ろす高さまで身体が浮き上がると、例の立看板も明滅していた。その中でも『無人販売所』の一番上の文字が消えたままだった。

 立看板は『人販売所』になっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

無人販売所 @me262

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ