第2話 魔王覚醒の序章! 魔王は過去を懐かしむ


 これはわたしが、まだ『わたし』になる前の話―――


「ぢぢっ!」

「ピ・ピピピッ」

「グルルル……ギャァ! ギャギャギャ!」


 いつものように、あたたかさを感じるモノを次々に引き寄せて、取り込んで行く。ずっと続けていることなのに、近頃なんだかうるさく感じ始めた。


 なんでだろう、と思いながらも繰り返す。だって取り込むことしかやることがないから。そしたら、どこからか急にうるさい「音」の意味が伝わって来た。


「ぢぢっ!」


 敵だ! 警戒警戒! ――そう言ってるのが、分かるようになった。


「ピ・ピピピッ」


 タスケテ ――って言葉に自分のどこかが、キリキリする気がした。


「グルルル……ギャァ! ギャギャギャ!」


 負けないぞ! 八つ裂きだ ――そう思っていたから、取り込もうとしたら激しく動いていたんだ。


 けどほかにやることもない。拒否されていることは解ったけれど、何も取り込まないと、こちらが弱まることにも気付いた。だから、どんどん取り込んで行ったら、出会うモノのどれよりも大きな塊になっていた。


 そしたら、これまで見たことも無いモノが現れるようになった。


「お前がこの瘴気の峡谷の主ね。罪なき人々に害をもたらす者を放ってはおけないわ。追放されたとはいえ、私もかつて聖女として人々に崇められたことのある身です。最期の役目として、お前を退じてみせましょう」


 細くて弱々しいモノは、強い意思の光をもった瞳を向けて来た。その背後には、いくつもの固い甲殻ヨロイに包まれた弱々しいモノが、動かなくなっている。この場所に順応できなかった生き物の末路だ。じきに冷たくなってしまうだろう。


「ぢっ! グルッ……ピピピギャッ」


 『細くて弱々しいモノ』と同じように音を出したつもりだったけど、全然違う音が出ただけだった。


「姿だけでなく、声まで借り物でしかないなんて。お前は何も持ち合わせてはいないのね。悍ましくも哀れで悲しい生き物……。聖女の称号も、婚約者も家族も全てを失い、この死地に送られた、何一つ持たない私とそっくりね。けれど……私とは対極の生命力に溢れているわ」


 羨ましい――と、聖女が音を発するけれど、意味など全く分からない。とにかく、取り込まなければ、取り込まれてしまうから、いつものように全体の形を解いて『細くて弱々しいモノ』を一気に包んだ。


『細くて弱々しいモノ』は、一瞬だけジリリと痛い光を発しただけで、すぐに動かなくなった。まだ暴れる力は残っていたはずだったのに、途中からは抵抗を止めて静かに目を閉じたようだった。


 食うか食われるかの谷底で、こんなに諦めの早いモノに出会ったのは初めてだった。困惑よりも不気味さが増し、どことなく嫌な予感がするのに、いつもの行動をとってしまう。


 とまどいながらもしっかりソレを飲み込んだ『わたし』は、急に自分の中に、これまでとは決定的に違う何かが生まれたことに気付いた。これまで感じることの無かった思いが込み上げて来る。


『わたし』、どうなってるの!? こんな暗くて鬱々した場所にずっと居たなんて、信じられない! でもなんで、そんなこと思うの? ずっとここに居たはずなのに。


 いつも通りだった吸収は、最初感じた不穏の予兆フラグをしっかりと実現し、『わたし』を根本から変える劇的な変化をもたらした――らしかった。

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