そのインターネット老人は生涯を寒中にて過ごした

白川津 中々

  一昔に「恋人や友人など不要だね」などと強がってみせていたが、歳と共に孤独が堪えるようになると猛烈に過去の自分に対して怒りが湧いてくるのだった。


 今年で五十。仕事は契約社員としてデータ入力。若い時分、パソコン通信時代からPCに触っていたおかげでなんとかデスクワークに就けてはいるが非正規の不安定と賃金の低さは如何ともしがたい。安普請に帰ってきて電気をつけた時の寒さといったら! 半額弁当と六十円のお茶では温まらない。心はずっと冷たいままだ。


 空腹を満たすためだけの飯を食うともう寝るだけ。風呂に入って電気を消して、後はスマートフォンを適当に眺める。昔はあめぞう、2ちゃん、ふたばで遅くまで盛り上がっていたものだが、どうにもエックスだのなんだのといったものは性に合わない。YouTubeを見ていても配信者やVなどといったものがもてはやされる時代。ニコ生ですら拒絶反応があった俺にそんなものが認められるはずがなく、次第に見られるコンテンツは絞られていき、今ではナショジオの劣化版のような動画を虚無になりながら再生する毎日。睡眠導入にはいいが、それ以外の価値がない。後はAmazonでゲームや漫画を見るだけ見て注文せずにレビューを読むくらい。何の意味があるかは不明だが、何故だかそんな真似をして時間を潰してしまう。これも虚無だ。


 仕事以外は全て空白。俺に色はなく、中身も空っぽ。いつの間にか趣味も興味もなくなっていった。いや、最初からなかったのかもしれない。掲示板で知ったような事を書いて悦に浸っていただけの、ただの馬鹿が歳を喰った姿がこれだ。悲惨過ぎて笑えてくる。


 布団を被っていても、寒い。

 肌を重ねる伴侶も酒を飲み交わす友人もいやしない。俺は50年、ずっと一人で生きている。匿名掲示板で感じた一体感。空気スレ。VIPクオリティ。祭りだワッショイ。バーボンハウス。釣りクマー。全てがまやかし。カキコしていた人間の顔も名前も知らず、謎の仲間意識だけで繋がりなどなかった。時間の浪費。なんと無駄なものに打ち込んできたのか。後悔先に立たず、残されたのは俺という産廃。同級生は孫さえいるというのに、俺には恋人も友達もいない。



 “さみしい”



 エックスに呟く。

 反応はない。DMを覗くと業者からのスパム、スパム、スパム。

 スマートフォンを大人しく充電器に置き、目を閉じる。やはり、寒い。


 窓の外では若者たちの笑い声が聞こえた。男と女がいる。あいつらは交尾をしたのだろうか。俺が経験した事のない体験を、若いのにもう済ませているのだろうか。

 布団に潜る。「神様。明日、死んでいますように」と祈りながら、身体を九の字に折り曲げて、夜が明けるのを待つ。

 睡眠と、いずれ訪れる死だけが、唯一の救い。できれば寝ている間に死にたい。痛みも苦しみもなく、安らかに死ぬくらいの権利があってもいいじゃないか。そうじゃなければ、あまりに哀れじゃないか。あまりに、あまりに……



 寝付けない夜。震えながら祈る。



 あぁ、神様。明日、死んでいますように……


 

 



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