第9話 警察の調査

 正式な籍こそ入れてはいないとは言うものの、大神博士とあの根本看護師とは、事実上、夫婦関係にあるのは、他人の私が見ても、即、分かる程であった。



自分の子供の優子さんと同じような年齢の若い女性と関係しているのだから相当に精力絶倫なのは間違いない。



 その大神博士が、仮にである。



 仮に、私と同型の「P-X型」の人工男根をK大学医学部の教授達によって埋め込まれたか、自らの意思で埋め込んでもらったかは分からないが、もしそうだとすれば、ただでさえ精力絶倫なところに加え、人工睾丸から毎日のように製造される人工精液の多さが、この私が後藤綾ちゃんを陵辱し絞殺した時と同じように、リモコンの異常フィードバックを起こし、連続不同意性交殺人事件を起こしているかもしれないのだ。



 しかも、その考えに、更なる追い打ちをかけるような事実があったのだ。



 それは、私が、前田彩華との人体実験の時に、まるで狂った猿のように狂喜の表情を浮かべていた事、そして、その時の私の大脳内血液の中に大量のエンドルフィンやオキシトシン等が放出されていた事は、実験データから正確に割り出されていた事は、事実なのである。



 このエンドルフィンやオキシトシンとは、別名、脳内麻薬と言われる物質である。

 そこで、その実験結果を見て、大神博士自身が、この私の味わったあの言葉にできないような絶頂感、至福感、恍惚感、等々の感覚を、自らも試したくなるのは、ある意味当然の事かもしれなかった。



 ……そのためにこそ、約30年弱以上の長きにわたり、他の学者達から、「男根博士」「陰茎博士」と揶揄されながらも、飽きもせずこの実験を続けてこられたのでは無かろうか?



 そう考えると、あの人工男根のリモコン装置の暴走も、大神博士本人は知らぬ存ぜぬを通してはいるが、最初から計算されて作られていたのではなかろうか?



 そう、全ての謎は解けたのだ。



 では、私のこれからの取るべき道は、何なのだろう?



 警察へ自首するか?



 だが、この場合、私は、人工男根の多分人類初の装着者として、世界中のあらゆる人の前に自らの恥をさらす事になるのだ。……しかも、もっと都合の悪い事には、私が自首する事によって、今年の3月以降に多発している連続不同意性交犯殺人事件の一部を押しつけられる危険性も危惧される。



 何度も言うように、決して、あの大神博士、いや男根博士は、自ら発明した

「人工男根」の機械の暴走を認めてはくれないだろう。



 となれば、私は、世間中の物笑いの種になるのみならず、後藤綾ちゃんのみならず他の不同意性交殺人犯の汚名までかぶって、拘置所の中で死刑宣告を待つだけの身になるのは、もう明白に見えていたのだ。

 別に死刑になるのは怖くはない。しかし、無実の罪まで被らせるのはどうしても納得がいかいないのだ。亡くなった両親に、あの世で、合わせる顔が無いのだ。



  次なる道は、大神博士の持っているノートパソコン電子カルテの中には、私が、今年の1月8日の夜、あの前田彩華の下半身をスマホのテレビ電話で見せつけられた時に、私の人工男根が暴走して私が気を失うほど激しく興奮した記録が、必ず残っている筈だ、と言う点に気がついた事だ。



 それを、大神医院から盗み出して、自分の手許に置いておけば、いざと言う時に自己弁護用の証拠になるかもしれない。



もはや、私自身のとるべき道など、実は、ほとんど無かったのだ。



 逃げ場は無い。……果たして、一体いつまで逃げられるものだろうか?



 日本の警察力は、最近は、犯罪検挙率は落ちたとはいえ、世界一、二位を争う程の力は今でもあるのだ。



 ほんのささいな綻(ほころ)びから、私の、犯罪が発覚する危険性は常に残されている。

 一刻の猶予も無い。果たして、一体、どうすれば良いのか?

 しかして、この私の危惧は的中したのだ。



 後藤綾ちゃんの事件のあった日から丁度5日目の事である。自宅で、書類の整理をしていた私に、二人の来客があった。



 目付きが異様に鋭い。明らかに刑事風の二人だった。



 そのうちの小柄のほうの一人が、後藤綾ちゃんの事件があった日の、私の、夕方6時ぐらいから7時までのアリバイを聞いてきたのである。



 既に、司法解剖の結果、後藤綾ちゃんが焼却された時間帯は、まさしくその日の夕方6時ぐらいから7時ぐらいまでと推定されていたからであった。これは、テレビのワイドショーや新聞記事、ネット記事等でも何度も公表されている事実でもあって、国民の誰もが承知の事実でもある。



私自身は、後藤綾ちゃんの事件があって以来、女性医師からもらった精神安定剤をその日も服用していたため、この時も、多分、顔の表情等は全く変わらず、堂々と答える事ができたのだ。



「その時間帯なら、多分、青木書店内にいたと思います。そこで本も2冊買いましたし……」



「本当に、その書店にいたのですね?」と、疑わしそうな目付きで、背の高い方の刑事が聞いた。



「だったら、レジにいた黒眼鏡をかけた女子店員に確認してみればいいじゃないですか? 私が、その時買った本の題名もレジのパソコンか何かに記録が残っている筈です。



『教育心理学の次なる課題』『エジソンはいかにして天才たりえたか?』の確か、この2冊だった筈です。レジやパソコンには購入日も購入時間帯も残っているでしょうし、その店に私がいた事は、その女性店員が証明してくれる筈です」と、私は、語気を荒げて断言した。



 そこで、さっき質問した小柄の刑事が、家の外に出てスマホで確認の電話を入れていたが、私の述べたとおり、青木書店のパソコンの記録には、同名の書物がその時間帯に購入されていた事が判明。



 また、いかにも私の風貌に似た学校の先生風の人物が他の本も色々探していたと、例の女性店員が証明してくれたため、その時間帯に私がその書店にいた事はほぼ確実である事が確認されたらしい。



 結局、刑事達のほうで勝手に私がシロだと思い込んだらしいのだ。



「いや、田上純一先生を疑って済みませんでした。



 ただ、私達の聞き込みでは、殺され焼却されたあの後藤綾ちゃんが、田上先生に特別な好意を持っていて、卒業式の日の当日に、友達に卒業式が終わってから先生にプレゼントを兼ねて告白するのだというメールを送っていたと言う話を手に入れたものですから、つい先生を疑ってしまって。



 でも、田上先生のアリバイはハッキリしましたし、現に、次の日に起きた女子高校生の陵辱殺人事件の時は、先生は小学校の職員室におられた事は事実なのですから、ホント、先生を疑ってすみませんでした」



「いやいや、お互いに仕事ですから大変でしょうが、頑張って下さい」



 二人の刑事は、失望の色を浮かべながら、車に乗って帰って行った。何とか、この場は逃げきる事ができた。



 しかし、警察が私のアリバイを聞き込みに来たと言う事は、この私も容疑者の一人として疑っている事は間違いが無いのだ。



 まして、あの後藤綾ちゃんが、友達に、卒業式が終わってから先生にプレゼントを兼ねてコクる(告白する)と言うメールを送っているのを、警察は証拠として掴んでいる。これは、とんでもない誤算だった。



 なるほど、先程は、あの女性店員が私のアリバイを何とか証明してくれた。それは、私が、苦心して考え出した言葉のトリックを使ったからだ。



 しかし、私が、例の大型書店である青木書店にいたのは、最初の2冊の本を買った時と、絶版になった本をネットで女性店員に探してもらっている時だけで、その日の店内の防犯ビデオをくまなく検索されれば、私が、一番重要な1時間弱の間、青木書店内にいなかった事は簡単に証明されてしまうのだ。



これは、実に実にヤバイ事になってしまった。



 私がとっさのアイデアで作り上げたアリバイも、防犯ビデオの前には無力である。



 何故なら、たかが防犯ビデオとは言うものの、現代の防犯カメラは超小型のハイビジョンカメラで360度記録され、記録媒体はハードディスクである。万一、一番高額の機器であれば、最長2年間も克明に記録されているのだ。



これを詳しく再調査されれば、私のアリバイ工作トリックも、いとも簡単に簡単に崩されてしまうのだ。



それを思うと、二人の刑事が帰った後、私は、急激に恐怖感に襲われてきた。



 今日は何とか乗り切れる事ができた。だが、それも時間の問題でもある。



 やがて、警察の本格的な調査が入れば、私は、間違いなく捕まるだろう。私に、逃げ道はやはり無いのだ。



どうするか?



 私は、昼頃、飲んだ精神安定剤の効き目が徐々に弱くなって来るのと引き替えに、もはや自分は逃れられないと言う確信を、その思いを、強く強く持ち初めてきた。



やはり、私の運命はとどのつまり自殺しかないのか?……まあ、それはそれで仕方の無い結論なのだろうが。



 だが、自分の無実(後藤綾ちゃんを陵辱し殺したのは自分の意思では無かった、つまり「故意犯」では無かった事)だけは証明したかった。

 そのためにも、大神医院へ行って、例の小型のノート型の電子カルテを盗み出して来るしかない。

 それのみが私の無実(「故意犯」で無い事)を証明してくれるだろう。



 それにこうなったら、大変に虫のいい話だが、その際に、あの大神優子と、一生で最初で最後の行為に及ぶのだ。



 そもそも今回の後藤綾ちゃんの陵辱殺人事件が起きた最大の原因は、私の意思を全く無視して大神博士が勝手に、この私に完成したばかりの最新式の人工男根を埋め込んだ事に、その根本的な原因があるのではないのか?



 とするならば、大神博士の実の娘の大神優子に、その責任を取って貰ったところで天罰は下らないのではないのか?



 もはや、このような考え方は、犯罪者の考え方そのものだろう。



 しかし、私には、もうこれしか選択肢が無いように思えたのだ。



 ああ!そして、今日の夜、あの絶世の美人の大神優子とやれるのだ。

 そして、私は電子カルテを盗み出し、自宅で縊死するのだ。……それで、全てが終わるのだ。しかも、それに対しての何の恐怖も感じなかったのは言うまでも無い。



私は、二人の刑事が帰ったあと、ペン型の超好感度ICレコーダーに向かって、今までの経緯を早口で録音した。



 西山寿美子とのいきさつ、大神博士との関係、大神優子との出逢い、私の意思を無視しての無理矢理の人工男根の装着手術。前田彩華との人体実験。そして、人工男根の暴走。後藤綾ちゃんとの事も……何もかも。この頃時、私は既にヤケになっており、全てをバラすつもりでいたのだ。



 そして最後に、こう言って録音した。



『私のこれから取るべき道は、ただ一つ、自殺しか有りません。私は、既に、生きるに値しない人間に成り下がってしまったのです!』



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