出る杭を守る人間

三鹿ショート

出る杭を守る人間

 私の頭部を足の裏で押さえつけ、そして笑っている人間たちの気が済むまで、私は黙って耐えることしかできなかった。

 このような行為に慣れてきたものの、苦痛などといった感情が消えることはない。

 気を紛らわせるために、彼らの時間が終了した後の予定を考えていたところで、常とは異なる事態が発生した。

 どうやら、これまで姿を見せたことがないような人間が現われたらしい。

 どのような人間が現われたのかは不明だが、彼らの言葉から察するに、仲間では無いことが分かる。

 敵意が込められた彼らの言葉に反応していなかったようだが、一人、また一人と、彼らの声が消えていく。

 私の頭部を押さえつけていた体重が消えたことを確認してから、私は顔を上げた。

 彼らは揃って、地面に倒れていた。

 唯一立っていたのは、一人の女子生徒である。

 彼女は私に歯を見せるような笑顔を浮かべると、

「これからは、私が味方になりましょう」


***


 見たことが無かったことは当然で、彼女は最近になって転校してきたらしい。

 着崩した制服と派手な髪の色から、彼女もまた彼らと同じような人間かと考えたのだが、

「私は、あなたのことを傷つけようとは考えていません。むしろ、あなたを虐げる人間たちから守ろうとしているのです」

 柔和な表情で、そのような言葉を発した。

 当然ながら、私は疑問を抱いた。

「何故、そのような真似を」

 私の問いに対して、彼女は迷う様子も見せることなく、

「あなたは、他者の怒りを買うような行為に及ぶような人間では無いと聞いています。それにも関わらず虐げられているのはそれなりの理由が存在するのだと思ったのですが、彼らの仲間の一人に聞いたところ、あなたの優秀さが気に入らないだけだと答えていました。そのような理由で虐げられては、あなたが不憫だと考えた結果の行動です」

 確かに、私が彼らに虐げられるようになったのは、そのような理由だった。

 勿論、納得することができなかったのだが、彼らには人間の言葉が通じなかった。

 助けを求めたが、自身が標的と化すことを恐れた人々は私から離れていき、その結果、私はただ耐えることしかできなくなってしまったのである。

「きみの気遣いは有難いが、きみが狙われてしまうことになるのではないか」

「私の心配をしてくれるのですか。それは嬉しいことですが、先ほどの手合わせから察するに、大きな問題はないでしょう。あなたは、自分のことを心配するべきです」

 笑顔でそう告げてきた彼女に対しては、何を言ったところで無駄だと感じた。

 私が感謝の言葉を述べると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。


***


 それから彼女は、常に私の隣を歩くようになった。

 そのためか、私を虐げていた彼らが接触してくることはなくなり、私は平穏な日々を送ることができるようになったのである。

 一難が去ったことは喜ぶべきことだが、新たな一難に襲われた。

 私の成績が、伸び悩み始めたのである。

 勉強に集中することが出来ないというわけではないものの、以前よりも良い結果を残すことができなくなってしまったのだ。

 人間であるゆえに、常に完璧の状態を維持することができるわけではないと頭では分かっているが、私は焦ってしまった。

 ゆえに、今日もまた呑気な言葉を発する彼女に対して、八つ当たりをしてしまったのである。

「きみが私のことを守りたいと言ったのは、虚言ではないか。暴力だけが取柄であることの隠れ蓑にしているだけではないか」

 私の言葉を耳にした瞬間、彼女の表情が固まった。

 そして、彼女は儚い笑みを浮かべながら、

「本当は、話すつもりはなかったのですが」

 そのように前置きをしてから、近くの長椅子に腰を下ろすと、言葉の続きを発し始めた。

 それは、彼女が私のような人間を守ろうとした本当の理由だった。


***


 転校をする前、彼女にはとある友人が存在していた。

 自分とは異なり、学業成績や運動能力が優れている人間だった。

 正反対の存在だったのだが、自分とは大きく異なっているからこその価値観などが新鮮に感じたのか、馬が合ったらしい。

 これからも共に過ごしていくだろうと考えていたが、その友人は、ある日自身の部屋で生命を絶った。

 その理由は、彼女の知らないところで凄惨な扱いを受けていたことだった。

 彼女に向けて書かれた手紙から、友人を虐げていた人間たちのことを知った彼女は、友人の代わりに報復をした。

 その際、何故友人を虐げたのかと訊いたところ、

「深い理由は無い。ただ、自分たちよりも優秀だということが気に入らなかっただけだ」

 身勝手な劣等感によってその生命を奪われた友人が、哀れで仕方が無かった。

 この世を去った友人の代わりに報復したものの、彼女の行為もまた問題視されてしまい、転校することになってしまった。

 友人を失った痛みから立ち直ることができていない中で、彼女はかつての友人のように深い理由も無く虐げられている私のことを知った。

 其処で、彼女は考えた。

 手を差し伸べることができなかった友人の代わりに私を救うことで、溜飲が下がるのではないか。

 そのように行動した結果、友人を失った傷は完全に癒えたわけではないが、以前よりも幾らか気分は良くなったということだった。


***


 話を聞いた私は、ばつが悪くなった。

 友人を失った痛みに苦しめられながらも私の力になってくれている人間に対して、何という愚かな行為をしてしまったのだろうか。

 私は、彼女に頭を下げた。

 そして、悲しげな表情を浮かべている彼女に告げた。

「きみが現われてくれなければ、私もその友人と同じく、己の未来を自らの手で消していたかもしれない。いわばきみは、私の生命の恩人である。きみさえ良ければ、これからも私のことを支えてくれないだろうか」

 私が手を差し出すと、彼女はそれまでの表情を一変させ、口元を緩めながら私の手を掴んだ。

 学生である今は無理だが、何時の日か自分の力で稼ぐことができるようになったとき、彼女に恩返しをしようと、私は決心した。


***


「想像していたよりも強い力で殴られたことには驚いたが、これほどの報酬を得ることができるのならば、水に流そう」

「協力、ありがとうございました。これからは、彼を相手にする必要はありませんから、元の生活に戻ってくれて問題はありません」

「一つ、訊いても良いか」

「何でしょう」

「彼の外見は優れているとは言えないが、何故彼を選んだのか」

「その能力を考えると、将来の彼は稼いでくれると考えたからです。今のうちに恩を売っておけば、真面目な彼はきっと恩返しをしてくれるでしょうから、これは未来への投資だといったところでしょうか」

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