わたくし、善人しか殺さない殺し屋にございます。(短編完結済)

刀綱一實

第1話 わたくしは変わった殺し屋にございます

「詐欺にあって、父は全財産を騙し取られました!! どうか、犯人に鉄槌を下して!!」

「娘を殺したあいつがたった十年で出てくるなど許されるはずがありません。正義の裁きをどうかよろしくお願いします」

「あいつは上司の立場を利用して、ずっと俺を使い走りにしていたぶってたんだ……殺してやりたいよ……」


 わたくし、殺し屋X《エックス》の元には、こういった依頼が引きも切りません。皆様どこから聞きつけてこられるのか分かりませんが、熱心なものでございます。


 ああ、それなのに。わたくしは自分の信念にのっとって、こうお答えするしかないのでございます。


「申し訳ございませんが、ご依頼をお受けするわけには参りません」


 こう返すと、皆様はおっしゃいます。あいつは悪で、放置すればさらなる害を呼ぶだろうと。


 ですがわたくしはこう答えます。


「はい、悪人だからこそ殺さないのでございます。わたくしは、善人しか殺さない殺し屋ですので」




 ☆☆☆


 依頼人 松坂久美まつさか くみ(二十八歳)の場合


 ☆☆☆




 そんなこんなで、受けられない依頼がかなりあった後、わたくしはようやく正当な依頼人と出会ったのであります。


「本当に、殺し屋、なんですか」


 思い詰めた様子でやってきた久美様は、細身で儚げな美人でございました。最近あまり日にあたっていないのか、お顔が青白いのがやや心配になるところでございます。


 久美様は公園のベンチでわたくしの横に座りながら、最初は怪訝そうにしておられました。わたくし、普通のスーツ姿ですし、中肉中背の中年男のため誤解されやすいのでございます。


「はい、間違いなく」


 わたくしが鞄に隠し持っていた愛用の拳銃やナイフを見て、ようやく久美様は納得されました。これもいつものことでございます。


「殺してほしいのは、母なんです」

「ほう、どのようなご理由で」

「私、部門縮小のあおりで仕事をクビになっちゃって。今は実家にいるんですけど、母が早く働きに行けってしつこくて」


 わたくしは真剣に耳を傾け始めました。


「私だって動かなきゃ、って思うんですよ。それでもまたクビになったらどうしようって怖くて動けないのに、母は正論ばかり吐いて全く分かってくれないんです。昔からそういう人でした。もう、お金だけ残して早く死んでくれたほうがいいかなって思って」

「ほうほう。その条件でしたら、わたくしが仕事をお受けする価値がございますね。お母様は娘の身を案じる、善人でいらっしゃる」


 わたくしがどういう殺し屋なのか説明し、依頼を受けられる旨を伝えると、久美様はもじもじと両手を動かし始めました。


「お金はいくらくらいかかるんですか? 今はあんまり自由になる手持ちがなくて……」

「金銭は一切いただいておりません。その代わりにいただくのは、あなた様の命でございます」

「えっ」


 彫像のように固まった久美様を見て、わたくしはさらに続けます。


「わたくしは定期的に殺しをして、自らの腕を磨いております」


 人を殺すというのも肉体労働でございます。ずっと仕事をしていないと腕も勘も落ちるという点では、スポーツ選手と同じでございますな。


「しかしこの世界、ご依頼がきちんきちんと来るとは限りません。わたくしのポリシーもあって、受けられる依頼も一般的な殺し屋よりは少ないですし。そういった空白期間には、かつての依頼人の方々を標的とさせていただいております」


 声を失った久美様に、わたくしはさらに続けます。


「人を殺そうというときに、なんの重石もありませんと、遊び半分で依頼される方がいらっしゃいますからね」

「……その、殺しはいつ頃になるんですか」

「回答はいたしかねます。依頼があれば伸びますし、なければ三日後に久美様は死んでいるかもしれません。つまり、いつわたくしが殺しに来るか分からないプレッシャーを背負うことになるわけです。結婚式の翌日に死ぬかもしれませんし、出産の前日に死ぬかもしれません。それを久美様が知ることは決してできません」


 久美様はわたくしの言ったことを噛み締めていらっしゃるようでした。


「どういたしますか? 今なら、全て聞かなかったことにすることもできますよ」

「……いえ、殺してください。その条件を受け入れます」


 久美様はしばらく考えた後、そう言われました。


「私は本当は、実家で暮らしたいんです。あそこは亡くなった父との思い出の場所ですから。でも、母がいたらあそこは安らぎの場所にはならない。たとえすぐ死んだとしても、一日でも母のいない家でゆっくり過ごせるのなら、私は本望です」



 ☆☆☆



 わたくしはその翌日から動き始めました。久美様には同行者の多いバスツアーに申し込んで家をあけ、アリバイを作っていただきます。


「ごめんください。久美様はおられますでしょうか?」


 わたくしは久美様が不在と承知の上で、ご実家にお邪魔いたします。狙い通り、お母様が出てきてくださいました。久美様とそっくりの顔と身体つきで、依頼人が歳をとったらこうなるのだろうな、と容易に想像できます。


「……どちら様ですか? 久美は今朝、急に面接の予定が入ったと言って出掛けましたが」

「突然失礼いたします。わたくし、久美様と同じ部門に勤めておりました、大塚でございます。久美様の使っておられたロッカーに忘れ物がありましたので、お届けにあがりました」

「あら、ありがとうございます」


 礼儀正しく挨拶すると、簡単に信用していただきました。やはり善人相手なのでやりやすいものでございます。


「久美様は、面接に行かれているならお元気ということですね。辞める際にしおれておられたので心配でして。お母様もひと安心では?」

「そうですねえ。やはり大人になったら、きちんと働いて自活していないといけないと思いますので。娘もしばらくは甘えていたようですが、ようやくやる気になってくれました」

「甘え、ですか」

「働きたくない、好きなことを見つけたいと子供のようなことを言っていましてね。馬鹿を言うな、と何度も言い聞かせました」


 話しているうちに、ターゲットの緊張がほぐれていくのを感じます。わたくしは懐に手を入れて、拳銃をしっかりとつかみました。


「今はズルズルとニートになる若者も多いそうですからね」

「そんなおぞましいこと、絶対に許しませんよ。私に言わせれば、親が甘やかすからそういうことになるんです。そうなったら、恥ずかしくて外も歩けないでしょう。私はそんな困った事態にならないよう、始めから厳しく言っているんです」


 全く正しい意見でございます。全国のお母様もうなずいておいででしょう。


 しかし、ああ。その善ゆえに、この方は死ななければならないのです。


「残念です」


 わたくしはまだしゃべりたそうなターゲットの首筋に、しっかりと銃弾を打ち込みました。




 ☆☆☆




「ありがとうございました」


 任務完了の報告をしたとき、久美様はとても晴れやかなお顔をされていました。明日から命を狙われる身となり、警察の捜査を受けて疲れていたとしても、です。


 あのような理由で母殺しに踏み切った彼女は、世間から見れば悪であるのでしょう。恩知らず、親不孝と罵る方も多かろうと思います。


 しかしわたくしは、そういう行き場のない悪を抱えた方々からの依頼を、いつでもお待ちしております。ひとりくらい、そういう殺し屋がいても世界は回るものでございます。



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わたくし、善人しか殺さない殺し屋にございます。(短編完結済) 刀綱一實 @sitina77

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