心優しい冒険者は、英雄になりたい

ふすま

プロローグ 1

「全く、こんな場所で雨が降るなんてな」


そう愚痴をこぼすのも無理は無い。

ここは森の奥、神ノ木【ユグドラシル】が存在されると噂がある、【ユグドラシルの守森しゅしん】と呼ばれる森に、依頼で訪れている。

森の中には凶悪な魔物や、聞く耳を持たない精霊、はたまた敵対するエルフが住んでいる。


【気配察知】のスキルがあるとはいえ、足元が泥濘るんでいる状態では思うように体は動かない。


「キース、見てあそこ、洞窟があるわ」

「よし、エリーは周囲を警戒しててくれ。洞窟の中に危険がないか少し調べる」

「ええ、分かったわ。」


洞窟と言えど、何が潜んでいるか分からない。

雨宿りしに来た魔物や盗賊が潜んでいる場合もある。


盾を構え、慎重に【気配察知】で中に何か居ないか、神経を研ぎ澄ませる。


(1つ…いや、2つ?少し奥の方だがどっちも瀕死に近い…1つはもう長くないな)


考えられる選択として魔物や盗賊等の敵が逃げてきて重傷を負っている、もしくは遭難者の可能性

しかし、ここ森の奥だ。考えられる選択肢は限られるだろう。そう考えたキースは入口に戻り、エリーに状況を伝える。


「エリー」

「キース、中はどう?」

「2つ気配があった、だがどちらも瀕死の状態だ。気配が弱い。森の奥でもあるから魔物か盗賊の可能性がある。」

「2つ?1つじゃなくて?」

「ん?どうして1つだと?」


そうキースは問いかける。

するとエリーは地面に指を指した。


足跡だ。


その足跡はそこまで大きくなく、ゴブリンやウルフのような足跡でもない。恐らく子供や女性の足跡に近いだろう。それが1人分のみ。


つまりーーー


「急ぎましょう、危険な状態だと思うわ」

「まて、2つとはいうが、もうひとつは飛んでいる魔物かもしれない」

「それは無いわ、足跡が深く沈んでる。つまり何かを抱えた状態ということよ。女性の足跡にも見えるから子供を抱えてるって考えられない?」

「…確かにな、だが安全は取ろう」

「えぇ、分かってるわ」


少し足早に奥へ進む。


気配が近くなるにつれ、奥に進むほど暗くなる。

近くに極小の光を放つ【ヒカリ苔】があるとはいえ、足元がわからなくなる。


「少し明るくするわ、【ライト】」


白魔法の【ライト】で明かりを照らすと、奥が少し見えるようになった。


そのまま奥に、奥に進んで行く。


そしてーーー


「見つけた…人、だな。女性とーー」


そこには倒れた女性、そして何かを守るように抱き抱える子供の姿


「ーー、か」


すぐさまエリーは駆け寄り、最上位である白魔法の【エクスヒール】を女性と子供に唱える。



「…だめね、この母親はもう手の施しようがないわ…」


ヒール系の回復魔法は基本的に対象者自身の体力に関係する。その為、衰弱状態の身体では効果が無い。

もう少し早く発見出来ていれば、と後悔をするが、そんなことを思っていても助からない命はある。


しかし、こんなことは日常茶飯事だ。

悲しむことは出来ても、それをどうにかすることは至難。酷ではあるが、現状を認めなければならない。


すると、女性は意識を取り戻し、

俺たちに気付いた女性は、


「こ…子を…ね…ます…」


限界なのだろう。

声を振り絞り、腕に抱いた子を俺たちに渡そうとする。


エリーはその子を受け取ると、エリーは聞いた


「分かったわ。私たちが面倒を見るわ。でも教えて。この子の名前は…?」


安心したかのように、笑みを作る女性はこう答えた。


「ヌ……ル。わた…の…きぼぅ…す」


女性は子供、ヌルの顔を撫で涙を流しながら

「あぁ…ごめ…ね、…よく…い…て」

そう言い残し、笑みを浮かべながら崩れ落ちるように息絶えた。


その顔は、安心して眠るようだった。


「安らかに眠りなさい。貴女の希望、ヌルは私たちが必ず、立派に育てます。【ソウルヘブン】」


【ソウルヘブン】、魂を天に還す魔法、とされているが実際は悪霊のように憎悪や悪意を持たせないようにする為の抑制の魔法だ。

これで魂を喰われても無害の為、喰った側も力をつけることも無くなる。何も無く時も経てば天に還るだろう。


そんなことよりだ。


「私たちって、俺もか?」

「このままで終わらせるつもり?この母親がここまでしてこの子を託したのよ。それにキースも近くにいたんだから、別にいいじゃない」

「だが俺たちはただのパーティだ」


「なら結婚しましょ、それで養子にする。それなら問題は無いわね!」

「ぉうぇ?!」


いつも思うが、この思い切りの良さには苦労する。


まぁ、そんな彼女も悪くないと思っているが。


これも惚れた弱み、だな。


希望の子、ヌルはエリーの腕の中でスヤスヤと眠る。


一雫の涙を流しながら。

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