2-9 恋人ごっこ、其の2

11月28日、金曜日、午前11時。

 今日も私は佐野さんの病室を訪れていた。

「こんにちは、佐野さん」

「茉莉啞ちゃん、会えて嬉しいよ」

「そんなに喜んでもらえるなんて、こちらこそ嬉しいです!」

「でも、色々と世話を焼いてくれるけど負担になるなら大丈夫だよ」

「そんな事ないですよ。私たちの間柄ですし佐野さんの回復を願ってますよ!」

 また他愛のない雑談をして帰る。

 動けるようになって退院したらどこへ行こうやここへ行こうなど、正直くだらないことを並べたてその気にさせるのが私の目的だった。

 地道な行動で信頼を得ていく事に決めた以上、やるしかなかったのだ。


 12月5日、金曜日

 佐野さんの骨折の具合がだいぶ良くなり、今日からリハビリするとのことだった。

 予定より少々、治りは早いみたいであった。

 私は献身的にサポートする。時々、照れたような表情を見せる時がある。

 非常に不快で憎たらしいが、私は気にしない事にした。

 

 12月24日、水曜日

 世間ではクリスマスイブというイベントをしている。

 この時期になると町中が賑わいだす。カップルも多くなる。

 今の私には少し鬱陶しい頃合いだが、おかげでというべきかテリアは非常に混雑していた。

 今日は朝から晩までひっきりなしにお客さんが来た。

 いつもよりもカップルが多かった。絵里さんが時々、事務所で不機嫌そうにしていた。


 12月25日、木曜日

 今日はクリスマス本番だ。今日も朝からフル稼働で店をみんなで回していたが、建前で佐野さんの元へ行こうと決めていたので、店長さんに相談して夕方5時に上がらせてもらえる許可が降りた。

「茉莉花ちゃん、デートでも行くの?」

「い、いえ、そんなんじゃないんですけど、どうしても用事があって。忙しい時にすいません」

「大丈夫よ、行ってらっしゃい。帰りは人も多いと思うから気をつけてね」

「ありがとうございます」

 私はちっとも浮かばない表情で帰宅し、また私は違う私へと姿を変える。


 手土産に店のケーキを持ち佐野さんの元へと駆けつけた。

 すると中から話し声がする。聞いたことのある声がした気がしたが、私はケーキだけでも置いて帰ろうと思い部屋をノックした。

「どうぞ」

「失礼します」

 私は驚いた。そこにいたのは里見と先輩方たちだった。

「みんな、紹介するよ。友達の茉莉啞ちゃんだ」

 佐野さんはみんなに私を紹介した。誰1人として私があの篠宮茉莉花だとは気づいていない様子であった。

「どうも、こんにちは。氷上茉莉啞です。これだけお持ちしました」

「これは、ケーキ?ありがとう」

「いえいえ、皆さんで楽しんでいただければと思います。また来ますね」

「ごめんね、ありがとう」

 私はケーキだけ置いて帰った。彼女というか微妙だが一応、付き合っているような設定の彼女を差し置いて友達を呼んでいる神経が少し理解に苦しむが帰る事にした。

 里見にも悟られるわけにはいかないし、あれから連絡すらしていない。

 幸いなことに気づいていないようだったので安心した。


ー新宿某所、奥井雅道の事務所ー

 午後10時、絵里は残り物のケーキを持って勝己のところへと差し入れに来ていた。

「絵里ちゃん、クリスマスにケーキを届けてくれるなんて、女神かな」

「寂しいあんたに差し入れよ」

「そんな悪いね。せっかくのクリスマスだっていうのに」

「別にいいわよ。バイトの帰りだし」

「何か予定はなかったのかな?」

「はあ、ないわよ。バイトあったし」

「そうなのか、君もこっち側なのかな?」

「どっち側なのか知らないけど、一緒にしないでくれるかしら」

「そう寂しいこと言うなよ」

「別に寂しくないから、この部屋寒いしあんたも夜更かししないで寝なさいよ」

「わざわざ、ご丁寧にどうも」

「それじゃ、私は疲れたから帰るから」

 冬の張り詰めた空気の中、絵里はケーキだけ置いて立ち去った

「一緒には無理か、まあ1人でも美味しいからいいか」

 勝己はコーヒーを入れ、絵里の持ってきたショートケーキをそのまま掴み頬張った。

 甘い生クリームが口の中に広がる。そこに出入れたてのコーヒーを流し込んだ。少々、火傷しそうではあったけど、なんだかノスタルジーを感じていた。

 3年ほど前までは勝己にも恋人がいた。その時の事を反射的に少し思い出していた。

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