2-8 恋人ごっこ、其の1
11月26日 水曜日
午後3時、私はテリアの仕事を早めに上がらせてもらい、佐野さんのお見舞いに向かう。
手土産にクッキーを手に持ち電車で少し移動する。一回、家に帰り身支度を変えてから向かうのが少々、億劫ではあるが身バレ防止という観点から仕方ないと割り切った。
帰宅して服装とメイクを変える。こうする事で私は私じゃない誰かになる。
声を作り一回、声色を練習してから病院へと向かった。
ー都内、救急病院ー
午後5時頃、佐野さんの病院に着き部屋を尋ねる。
「こんにちは、佐野さん」
「茉莉啞ちゃん、今日もありがとう」
「これお土産です」
私はクッキーを手渡した。佐野さんは一昨日よりも顔色はいい感じではあった。
「ありがとう。今日も来てくれるの楽しみにしてたんだ」
「本当に!こちらこそありがとう」
「話し相手がいなくて暇してたんだ。親も帰って行ったし」
「そうだよね。こんな閉鎖的な空間にいたら辛いよ」
「それに身動きもまだ取れる状況ではないし、それが辛いよ」
「うん、私も前ね、事故にあってさ。気持ちはわかるよ」
精一杯、話を合わせていた。佐野さんって意外にもお喋りなんだと気づいた。その後も何気ない会話を続けて、1時間ほどして帰った。
帰り道、ため息をつく。私は何をしているのだろうか、でもこれもこれでいいやって思った。
私も少し前までは好意を抱いていた。でも今の佐野さんにはなぜか魅力を感じない。それは記憶を失っているからとかではなく、なんか腑抜けた感じが見ていられないからである。
私は家へと帰りメイクを落とし部屋着に着替える。
姿見鏡で自分の姿を見ると、なぜだか発狂したくなってくる。
今の私は私だけれど、先ほどまでの私も私である。
私っていう概念がわからなくなるが、一回、思考をやめた。
ベッドで横たわり、私は考えごとをしながらふとドリンクを飲みたくなる衝動にいまだに駆られるが薬である程度、落ち着かせて寝る事にした。
ー新宿某所、奥井雅道のオフィスー
午後9時頃、勝己の元に絵里が差し入れに出向いていた。
「これはこれは絵里ちゃんじゃないか。今日は何ケーキかな?それとも別な要件かな?」
「いっつも思うんだけど、そういうのキモいから。花さんからケーキの差し入れよ」
「どうも、でもどうして絵里ちゃんが?」
「この後、新宿で人と待ち合わせあるからついでよ」
「え、それって、で、デートってやつ?まじかぁ、俺の絵里ちゃんが見知らぬ男とあんなことやこんなことをするっていうのか?」
「はあ、友達と飲みに行くだけよ。後、あんたが潜入捜査というなの自暴自棄に陥っているのが少し気になっただけよ」
「それは失礼。後ありがとう。まあ大丈夫だと思うよ」
「あっそ、もう次はないわよ。あんたそう何回も顔を変えられないんだから」
「心配かけているのは申し訳ないと思っているよ。でも茉莉花ちゃんまで巻き込んでしまった代償は払うつもりさ」
「言っとくけど翔の為とか言うのはもういいわよ。でもやりたいなら止めはしないわ。あの教団クソだし」
「そうだね。奴らはクソだ。だが彼らを信じて救われたと感じている人もいるのは事実だ。まあ、それは錯覚とも言えるし詐欺とも言えるが、彼らにとってはそれが正義であり心の拠り所になっているんだよ」
「でも、どう考えてもカルトでしょ」
「俺もそうだと思うよ。だから俺は中から変える事にしたのさ、そして確証を持てたら世間に公表するさ。これは俺自身のエゴでもあるけどね」
「出来るのって言いたくなるけど勝己さんはどう言ってもやるんでしょう。応援くらいはしてあげるわ」
「それだけで十分だよ。ありがとう」
絵里は飲み会に遅れそうなため、会話を切り上げて去っていった。
勝己は高層階から地上のネオンを眺めながら、次の予定を確認していた。
勝己は定期的に会合やらパーティーやらに参加していた。
まだまだ下っ端ではあるが着実に信頼を得るために行動しているのであった。
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