おわりに

介護しか正社員で働いたことがないので、一般職は諦めて、バイト生活に戻っている。

私は今年四〇歳になった。もう、若くない。介護年金も始まる。

バイトで映画館スタッフやカラオケを転々とした。今は、パチンコ店で働いている。


自分の話を書くときに、悩んでいた。

介護の実情みたいなルポとしては役に立たず、ただの愚痴のようなものを公開するのはどうなんだろう?

もし今もどこかで、介護士として真面目に働かれている方や家族介護をされている方が読めば、不愉快に感じるかもしれない。また介護を知らない人が読めば、ますます「やっぱり介護は…」と敬遠されるだろう。

エンタメ業界でも少しずつ、介護をテーマにした作品がチラホラ見受けられる。いずれも、ネガティブな作品ばかりだ。実際の事件をエンタメにするのは、まだ早い気がする。

救いがない。

だが、私も書かずにはいられない。そんな切迫した思いがあった。

誕生日のこともあったし、誰も読まないだろと思っていたが、びっくりするくらい多くの方に読んで頂いた。

この場を借りて、お礼申し上げたい。

自分のことを書いていると、まるで自分が物語の主人公になったみたいで面白かった。ただ、もう、最後の方は、書くことが辛かった。

魂を削って書いている感覚があった。心身ともに不安定になることもあった。

時系列も前後したり、雑な文章だったり、読みにくい文章を最後まで読んで頂き、ありがとうございました。


久しぶりに、春月荘のホームページを閲覧すると、トップ画にいまだに佐久間が起用されていた。ブログページには、富岡の姿があった。一リーダーにあんなに怒られ貶されたのに、辞めずに続けていた。他のメンバーも在籍していた。


以前、働いていたカラオケ店に場所柄が近いせいか、憩いの家の職員が来ることがあった。誰も私を覚えていない。こちらも声をかけない。

三回目くらいで、宅間が気付いて声をかけてくれた。

「やっと気づいたのかよ」

私は、情けない声をあげていた。

そこで、國分と藤田が結婚したと聞いた。國分は妊娠しているという。

おめでとう。


先月、カラオケの後輩から連絡があった。

彼女は大学で吹奏楽団に入っていた。私も中学のときに吹奏楽部に所属していたので、

夏前くらいに、来てくださいと誘われていたが、その話をまだ覚えていたようだ。

私は、改めて誘われ、行ってみることにした。

半円形に広がるホールに入ったときに、懐かしい感覚があった。私は仕事終わりだったので、制服のまま上着を着ただけの状態で行ったのだが、周りは大学生や吹奏楽の関係者らしき上品な方がいた。

場違いな雰囲気に居心地が悪くなり、扉の前で立っていた。

演奏が始まると、音の厚みに圧倒された。

展覧会の絵という曲のクライマックスは、まさに圧巻だった。

演奏している学生に、「この子たちは、どんな人生を歩むのだろうか」と考えもした。いずれにしても、私よりはマシな人生になることは間違いない。

いいモノをタダで見てしまった。

何もない自分の人生に、少し良いことがあった。

その後輩に、初めての彼氏ができたと報告も受けた。

喜ばしいことだ。


偶然は重なるもので、御鍵からラインがあった。

二年ぶりくらいの連絡に、めちゃくちゃ驚いた。

「今度、飲みに行きましょうよ」

飲みのお誘いだった。

「あたし、リーダーになったんですよ」

私の古巣の『みらい』『ひかり』ユニットでリーダー職を深田とやっているらしい。一リーダーは、介護主任に出世したとのこと。

「秋水さんって覚えてます? 情報書、ほぼ白紙だった」

地獄で記載した利用者の名前を、このとき思い出した。

「あぁ、覚えてる」

「ちょっと、相談したいことがあって」

「部外者に利用者の情報を言うのは、ルールに抵触するだろ」

「部外者じゃないですよ。元職員なんだし」

「あれ? 秋水さんって、入所したの?」

「そうなんです」

「そっか」

「あ、あと、私、今度、結婚するかもなんで。知らんけど」

「どっちだよ」

相手は中島だと聞いた。

私はそうでもないが、御鍵は忙しいので、またスケジュールがわかったら連絡すると言われた。

御鍵も幸せそうで、良かった。



自分の話を書いて、少しだけ自分に自信ができた気がする。

会社では、からかわれたり、理不尽な目に合うことばかりだ。

だけど、私は、一つの作品を完成させることができた。

ほんの、小匙一杯の自信でも、自分には大きな一歩だ。


介護をしていた当時は、自分に自信はなかった。

理不尽な目に合うことはあるが、もし私に自信があったなら、違う人生になっていたかもしれない。

嫌なことからは逃げて、逃げて、逃げて。逃げ場がなくなると、穴を掘ってでも逃げて。そんな人間の末路が、今の私だ。


昔は介護士のことをヘルパーと呼んでいた。

助ける人って意味がある。

大切な人のそばにいたり、話を聞いたり。

何気ない毎日。

それだけで、お互いに助け合っている。

相手を労わる。思いやる。

それが、介護だと思います。

難しい知識や技術はなくても、みんな介護をしているんです。

綺麗事ですけど。


私は、おもいきって新しいことにチャレンジしてみようと考えている。

取材対象者に会えるかもわからないけど。

また、いつかお披露目できる日がくることを願って。

いつか明るい介護の作品を書いてみたいものだ。



























最後に問います。

「あなたは介護をしたいですか?」

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