第12話:動き出す歯車

「獣人ですか?」

 ジスカ爺やが素っ頓狂な声で俺に言った。


「ヴェルク様が怪人騒ぎを見た途端に飛び出して、何事かと思いましたが」


 夜、ようやく戻ってきた俺に対して叱責ではなく、こうして呆れたように質問してくるジスカだった。



「ま、うん……心配かけて悪かった。でもなにぶん、急がないといけないし。こっちも」

 俺は床を……つまり、アドラム家の屋敷を親指で指した。


 使用人ゼロだし、街の支配者が空席なのはなんともマズいことだった。


 ここまで大きな建造物だから毎日の手入れが必須だし、アドラム家当主が投獄されたのは街の全員が知っているはず。

 最悪、支配者の座を巡って内乱する可能性もある。


 なので、このまま放置するとかなりの問題が出てくる。


「すると、ヴェルク様。ここからどうするか、策がおありで?」

 探るようにジスカが言った。


 もちろん、屋敷に使用人がいないというのも大問題だが、それ以上に、俺はこの世界では12歳のガキに変わりない。

 こんな俺に、街をどうのこうのする以前に――ジスカのように、とまでは言えなくとも、部下になってくれる者がいるのか?


 ――という事を、聞きたいのだろう、きっと。


「策といえるほどのもんじゃないかもしれないけどね」


 開かれた窓から、ぼんやりと外を眺めた。

 夕陽はすっかり没して、夜のとばりが下りようとしている。



「ヴェルク様……失礼ながら申し上げます」


「うん?」


「貴方様のいまのお姿は……先々代ご当主に、よく似ておられます」



 ……そうだろうか?

 先々代当主はかなりのヤリ手だったらしいと聞いたことがある。


 魔法具事業を成功させてこの街を大きく発展させ、その利益はほとんどを市民に分配・還元することで、更に発展させたのだとか。


 そんな大人物と俺が似るとはどうにも思えなかった。


「そうか、ありがとう」

 よくわからないまま、とりあえず礼を言っておく。


 とりあえず、明日の『策』に向けて準備をしなければならない。


 ■


 翌日のアドラム街、その外れにある貧民街では、ちょっとした騒ぎが起きていた。



「警備兵募集!身体能力に自信のある獣人の方、優遇します……?なんだこりゃ?」



 スラム街のいたるところに張り出された一枚の紙に、多くの獣人が群がって、不思議な顔をしていた。


 彼らは何度も何度も、募集要項にある一文を読み上げていた。

 そこには、「獣人の方、歓迎!」と書かれていた。


 文面はシンプルで、悪く言えば安っぽいものの、だからこそ誤解の余地は無かった。

 獣人をターゲットにした求人なのだ、と。



「警備兵?俺らが?どこに配備されるっていうんだ?」


「やったことねぇけど……結構給料いいじゃねぇか。やろっかな」


「バカ、こんなんウソに決まってるだろ。どうせタダ同然でこき使われるに決まってる」



 大多数の獣人は、突然の求人に対して、当初は懐疑的であった。


 だがともかく、提示された報酬は彼らがいつもやらされる荷運びなどの単純作業の約3倍となると、無視もできない。



「とりあえず、俺は行ってみるぜ。騙されたら、そん時はそん時よ」



 一人の獣人が言った。


 その一人を先頭に数多くの獣人が列をなして、指定された土地――アドラム家屋敷前に向かったのだった。



 ■


 獣人たちがアドラム家に向かうのと同日、同時刻。


 神殿では、かなりの大騒ぎとなっていた。


 多くの聖騎士たちが、訓練やり直しを指示され、あるいは独断で、修練に励んでいた。

 報告を受けた神官たちも、その対策について協議している。



そんな中で、マルヴィナは司祭の個室に呼び出されていた。


「また、例の『怪人』が現れたらしいね?マルヴィナくん」


 紫金で彩られた衣装に身を包んだ司祭は、陰湿さを含んだ声色でマルヴィナに言った。

 恰幅がいいどころではない肥満体を揺すぶるように執務机でふんぞり返っており、マルヴィナのことは当然のように立たせている。



「はっ、確認されただけでも3体が同時に現れました。


 マルヴィナは努めて冷静に、事実を報告した。

 屋根に姿を見せたトカゲ怪人、ラザード卿が変化したサル怪人、ダークハンド――の、3体だ。


「そしてその中でも――」

 ダークハンドに警戒を要する、と言いかけた時、司祭が手でマルヴィナを制した。


「君は誤解している」


「は?」


 そう言われて、マルヴィナは何についてか分からなかった。


(誤解?なんだというのだ?)


 何故か、嫌な予感がした。



「4体だよ、4体。君たちの前に現れた怪人は、合計で4体だ」


「4体ですと?」


「とぼけないで欲しいな。いたんだろ?が。なんとも派手な格好だったらしいじゃないか?」


「!?」



 まさか――


「司祭様。それは――」


「マルヴィナくん。怪人の定義はね、街の治安を乱す正体不明の輩なんだよ。充分、この範疇に収まると思うがね?」



 どういうことだ?

 司祭様は、ヴァルブレイザーと呼ばれた『あの御方』を排除したがっているというのか?



「街を守るべき神殿の騎士として、全ての怪人を排除すべし。そうだろう、マルヴィナくん?」


「……はい、司祭様」


 その言葉には、異論はなかった。


 だがマルヴィナの心には、司祭に、そして神殿に対しての疑念が生まれつつあった。

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