第3話 『転生者』



――学校に行くことを決めたのはいいが、問題はここからだ。まずは自分のことについて知る必要があるだろう。私はベッドに横になりながら考え始めた。



「ナタリー・アルディ……金髪碧眼……人形のような容姿……お嬢様……?うーん、全然思い当たる節がないなぁ……」



このキャラ、めっちゃくちゃ美形だし一度見たら忘れなさそうな顔してるのになー。うう……全然わからん。



「…考えても分からん。寝よう……」



私は考えることに疲れて眠りについた。




――夢を見た。それは数少ない楽しい記憶だった。中学生の頃の記憶である。



『ねぇ、聞いてよ!奈緒!最近、この漫画にハマっているの!』



奈緒――ああ。そうだ、私の名前は田中奈緒だった。何処でもある平凡な名前だけど、私は気に入っていた。そして彼女は私の唯一の友人だ。名前は鈴木美香。彼女とは所謂、オタク仲間だ。私は漫画とアニメが好きでよく話していた。



『へぇ~、そんなのがあるんだ!読んでみよっかな?』



『是非とも!主人公の名前はね、ローラっていうの!ローラがもう可愛くてね!もう、最高!ナタリーはライバルキャラなんだけどこれが腹黒でね!もう、悪役令嬢ってところがまた良いの!ローラとナタリーの話は面白いけど…それ以外は……うん』



ナタリー!?それって今の名前じゃん!ナタリーって悪役令嬢なのかよ!じゃあ、最後絶対にいい結末迎えられないよね!?



『え?面白くないの?』



私は苦笑いをしながら尋ねると、奈緒は勢いよく頷く。



『うん。内容はありきたりだしテンプレ過ぎてつまらない。でも、絵とローラとナタリーの話は面白いから買って損はしないかな』



ああ、そうか。思い出した。だからこの漫画買わなかったんだ。私はそういうのに興味がなかったから。ナタリーとローラの話だけ面白い、と言われても興味が湧かなかったし。……今思うと読んでおけばよかったかも――なんて今更後悔しても遅いのだけど。




目が覚めると見覚えのない天井が見えた。あれ、ここどこだ?私確か昨日……



「あっ……そうか。私、転生したのか」



一日しか経ってないのに随分と懐かしい気がする。前世の記憶を思い出したからだろうか?



「え……?」



不意にそんな声がして振り向いた。そこには綺麗で整った顔立ちをした少女がいた。ああ……昨日のメイドさんか……って今の聞かれてた!?



「ど、ドアはノックしてから入ってください!」



「ノックをしました。ですが返事がなかったので入らせていただきました。昨日、急に倒れられたのですから心配するのは当然でしょう?」



正論すぎてぐうの音も出ない。確かに私が悪かったな……反省しよう……。



「それで……聞きたいことがあるんですがよろしいでしょうか?」



「え?あ、はい」



何だ?何を聞こうとしているんだ?まさか……私が転生者なのかバレた?いやいや、流石にあり得な……



「お嬢様は……転生者ですか?」



……バレた。転生一日目にしてバレた。どうしよ……って思ったけどそれを聞いた途端に私はふっと思うことがある。



「……もしかしてあなたも?」



「……ええ。まあ」



一日目にして転生者同士が出会うなんて思ってもいなかった。



「………私の名前はリリィです。下の名前はありません。そして、私は貴方の専属メイドとして仕えることになります。これからよろしくお願いします。お嬢様。前世の名前は……どうでもいいですね」



前世の名前……確かにどうでもいいよね。ここの世界に住んでいくわけだし……。



「そうね。前世の名前なんてどうでもいいわよね」



――こうして私達は出会った。一日目にして同じ境遇の人と出会うなんて誰が想像できただろう?だけど、私には心強い味方ができた。そのことが嬉しかった。



△▼△▼



「お嬢様はこの世界についてどこまで知っていますか?」



リリィに問われて私は少し考える。



「んー……何も知らないかなぁ。私は気づいたらここにいて、自分のことを何も知らなかったの。だから教えて欲しいかな。この世界のこと……」



「そうですか。では説明させて頂きましょう」



リリィは淡々と話し始めた。この世界は漫画『恋と魔法とチョコレート』という恋愛漫画であること。そして、主人公であるローラ・クレーヴは平民でありながら貴族ばかりの学園に特待生として入学すること。そして、そこで様々なイケメン達と出会い恋に落ちていくというストーリーだということ。



そして、この物語において悪役令嬢と呼ばれる存在がいる。それがナタリー・アルディ。金髪碧眼で人形のような容姿を持つ美少女だ。彼女は性格が悪く、主人公に嫌がらせをしたり、時には暴力を振るったりと酷いことばかりしている。最終的には国外追放を言い渡されてしまう。



「……という訳なのです。お嬢様は普段性格が悪く、他人に暴言を浴びせたり、平気で人を陥れるような行為をしています。でも、それは全て主人公に嫉妬していたからなんですよね」



「そっか……」



「そして、お嬢様には婚約者だと思い込んでいる方がいます。名前はレオン・メルヴィル。そのお方を婚約者だとお嬢様は。側から見たらストーカーにしか見えません。ただの勘違い野郎ですよね」



………原作のナタリー痛すぎないか……?思い込みとかストーカーって……これで国外追放……って軽すぎるよね!?もっと重い罰があって然るべきだよ!



「そして、お嬢様の破滅エンドを回避する方法は一つしかありません。それは――レオン様のストーカーを辞める、それだけで状況は大きく変わります」



「……わかったわ。そもそも、私ストーカー気質じゃないし、レオン……って人のこと知らないし」



「そうですか。なら良かったです。後は、なるべく関わらないようにすればいいだけですから。それだけで破滅ルートは回避できます。簡単でしょう?」



確かに簡単だ。そんなので破滅を回避できるのならば簡単なものだ。



「では、そろそろ学校に行く準備をしましょうか」



そうか……学校があるのか……自分で行くと言った手前、行かないのも不味いよねぇ……

私は渋々ながら支度を始めた。




△▼△▼



学園の名前は『マグノリア学園』だ。魔法を学ぶための場所である。ここの世界は貴族しか魔力を持っていないため、貴族の子供が通う場所となっているらしい。しかし、主人公のローラは平民でありなががらも、高い魔力を持っている……らしい。リリィが凄く早口でそう語っていた。



その姿は前世で見たオタクの姿と重なって見えた。流石にそんなこと本人の前で言う勇気はないけど。



「私はナタリー様の専属メイドなので一緒に学校に行きますし、お嬢様のこともサポートしますから安心してください」



「ありがとう」



私は素直に感謝の言葉を述べる。心細かったし急に転生して不安だった。でも、リリィがいれば何とかなりそうな気がする。



「……いえ。これが私の仕事ですから」



そう言ってリリィは微笑んだ。

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