三題噺「魔法の粉」

亜鉛とビタミン

魔法の粉

 本当に、届いてしまった。ガムテープで厳重に封をされた段ボールを開けると、そこには巷で話題の「魔法の粉」が入っていた。

 これを飲めば、みるみるうちに全身に変化が現れて、まるで眠れる森の美女のようになれるという。私もついに、雑踏のオフィスレディからパリコレのスーパーモデルに、晴れて生まれ変わることができるのだ。

 職場で、飲み屋で、オトコというオトコ全員にあからさまにガッカリされるような、私の人生はこれで終わる。マッチングアプリで会った男に開口一番、「さすがに写真、盛りすぎでしょ(笑)」なんてほざかれることもなくなる。妙に釣り上がった小さい三白眼、右の穴だけ不格好に大きな鼻、腫れぼったい明太子みたいな唇、洗面台の鏡を見るたびに溜め息をつく必要も、もう無いのだ。

 薬局で貰うようなジップ付きの小袋のなかに、キラキラと輝く銀色の粉が入っている。体の周りに振りまいたら、空を飛べるんじゃないか? そう思わせるほど、その粉には魔法的な魅力があった。袋の裏側を見ると、「たっぷりの牛乳で溶かしてお飲みください」と書いてある。なんだか、青汁みたいで少し残念である。

 私は銀色の粉をコップに入れ、そこに牛乳を注いだ。粉はふわりと舞い、やがて純白だった牛乳を薄いグレーに濁らせる。ティースプーンで何度かかき混ぜてみて、粉が溶け切ったのを私は確認した。さあ、いよいよ。

 私はコップに唇をつけた。一瞬、酸っぱいような苦味を感じたあと、強烈な甘さが口のなかいっぱいに広がる。ぐっと飲み込むと、百合のような芳香が鼻を抜けた。

 これで私は、夢にまでみたプリンセスに……。

 そう思った途端、私の意識は飛んだ。何かがプツンと切れたような感覚と、右肩を床に強く打った感触が、微かに残る。どうして私、倒れているんだろう。

 ああ、そうか。

 私はこれで、眠れる森の美女になれたのだ。

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