裏切られて死にかけた俺、錬金術師に肉体改造されて奴隷ルートまっしぐら?~脱走して異形の力で人生を取り戻します~

尾藤みそぎ

第1話 窮地、そして裏切り

「逃げろ逃げろぉ!急げぇ!!」


 ザインの叫び声が辺りにこだまする。


 まずい、まずい、まずい、まずい。なぜこうなった?


 俺たちの実力なら行けるはずだと、最初に言ったのは誰だった?

 無意識に責任の在り処を求めて思考が迷走する。



 古代の迷宮『オルドミストリ』。大自然が織りなす天然の迷宮。

 その第二階層への進出は、冒険者である俺たちにとって魅力的な挑戦だった。

 第一階層で大した金にもならない素材集めを続ける日々に、みんな飽き飽きしていた。


 稼ぎを増やすには深層を目指すしかない。だから俺たちは進むことを選んだ。

 魔物が多少強かろうが、慎重に探索すればなんとかなるだろう。


 誰もがそう高をくくっていた。

 リーダーのザインも。戦士のドーガも。魔導士のリサも。僧侶のエレナも。そして俺自身も。


 冒険者としてそれなりに経験を積んできたがゆえのおごり。

 間違いがあったとすれば、その考えの甘さ以外にないだろう。

 だが、今は過ぎたことを悔やんでいる場合ではない。



 俺は背後から猛烈な勢いで迫る黒い影を一瞥いちべつする。

 ワーウルフ。


 鋭利な牙をぎらつかせて駆ける姿に俺は思わず身震いする。

 圧倒的な俊敏さと爪牙の殺傷力は凄まじく、ベテラン冒険者でも油断できない危険な魔物だ。


 それが見えるだけでも10匹は下らない大群で追いかけてきていた。

 鬱蒼とした樹海の木々を縫うようにして、先頭集団が俺たちの横をすり抜けようと加速し始めている。


「ヤバイぞ、ザイン!このままじゃ囲まれる!」


 そうなったら最後だ。数の暴力ですり潰されるのは目に見えてる。


「うるせぇよ、ラルフ!そんなこたぁ分かってんだよ、くそったれがぁ!」


 振り向いたザインが額に青筋を立てて、喚き散らす。


「いや……、待てよ?」


 焦りで引きつっていたその顔に、ふと不気味な笑みが浮かんだ。


「ひとつ方法があるな。それもとっておきのやつが……」


 ザインは唐突に声のトーンを下げた。


「ラルフ。お前、正直前衛として物足りねぇんだよ。要はウチのパーティのお荷物ってことだ」


 は?


「こんな時になにを言い出すんだよ、ザイン。今は逃げ切る方法を……」


 言いかけた俺の言葉を遮るようにザインは捲し立てた。


「そうやって俺に舐めた口をきくのも気に入らなかった。だから、ちょうどいい。ここで俺らの役に立つ機会をくれてやるよ。ありがたく受け取りな」


 次の瞬間、ザインは俺を突き飛ばした。

 なにが起きたのか理解が追い付かない。


 俺はバランスを崩して転倒。

 なんとか受け身を取ろうとするも、派手に転げまわり全身を強打した。


「ぐはっ」


 痛みに悶え、地面に倒れ伏す。

 すぐさま立ち上があろうと顔を上げて俺は絶望した。


 ワーウルフの群れが俺を取り囲み唸り声を上げている。

 ザインと他の仲間たちはすでに走り去った後だ。


 囮にされた?俺が?


 信じられないという気持ちが沸き上がるより先に、血の気が引いていくのを感じる。


 終わった。1人でこの状況を切り抜けるのはどう考えても無理だ。

 俺はここで食い殺される。そんな現実が容赦なく脳裏をよぎる。


 いや……、諦めてたまるものか。

 俺はこんなところで死ねないんだ。


 そう、メアリを残して死ぬわけにはいかない。絶対に。


 意を決して、腰に差していた2本の剣を抜き放つ。


「そこをどけよ、狼ども!!!」


 街の方角を塞ぐワーウルフに向かって勢いよく駆け出す。

 双剣を振り回して目の前の狼たちを威嚇するが、向こうも鋭い牙を剥き出しにして襲ってくる。


 全神経を集中し、先陣を切った1匹の突撃を左手の剣でいなす。

 狼の牙を寸前でかわしながら、さらに前進する。


 だが、狼たちの襲撃は当然止まらない。

 今度は別の1匹が真正面から飛び掛かってくる。これでは避けきれない。


 俺は姿勢を低くし、右手の剣を水平に構えて下から剣戟けんげきを見舞う。

 狼の胴体からパッと鮮血が飛び散る。


 同族が倒れるのを見て驚いたか、ワーウルフたちが一瞬怖気づいたように後退った。


 今しかない!!


 群れの隙間めがけて、剣を構えたまま突き進む。

 包囲から抜け出せれば、まだなんとかなる。


 行ける。走れ!あと少し……。


 ドスンと、脇腹に衝撃が走った。


 足がもつれ、踏ん張りもむなしく大地に体を打ち付ける。

 体が重い。それもそのはずだ。見れば横っ腹に1匹のワーウルフが嚙みついている。


 衣服がじっとりと濡れる感覚がした。その湿り気が広がるにつれ、胴体が焼けるように熱くなっていく。


 我先にとワーウルフたちが俺の体に群がり始める。

 身体中を牙が刺し貫き、爪が引き裂く。激痛が全身を襲う。


 嫌だ。死ねない。死にたくない。

 たまらず俺は右手を伸ばす。


 その腕にワーウルフが食らいつき、肉を食いちぎっていく。

 気がつけば一切の感覚がなくなろうとしていた。


 最後に見えたのは眼前の巨大な口。


 それは俺の喉元に向かって迫り、そこで俺の意識は途絶えた。

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