第14話

「確か正門はこちらのはずです。失礼しますね」


 断りを入れて昨日と同じようにシスター・イレイナの手を取った。


 こうでもしないと、彼女がまた迷子になるのが目に見えている。


 今日だって協会へ来るのが遅かった理由は道に迷ったからなのだ。


 ただ昨日と違い、今日は親切なご婦人が周囲をキョロキョロ見渡して見るからに迷っている様子のイレイナに声を掛け、そのまま案内してくれたらしい。


 イレイナと共に協会を出た自分たちは、街から出る為に正門を目指して大通りを歩き始めた。


 しかし程なくして人込みの激流によりイレイナと逸れてしまう。


「しまった、手が! 悪魔!」


「わーってるって。今串焼き屋の前で止まってっから急げ―。場所はアンタなら匂いで分かるでしょ」


 何やら動物扱いされた気がするが、今はそれどころではない。


 香辛料と肉が焼ける匂いを頼りに露店の串焼き屋に辿り着くと、イレイナは串焼きを求める人の列に巻き込まれていた。


 再び手を取った自分はイレイナには悪いと思いながらも少し強めに手を握る。


 これで今度こそ大丈夫だろうと思い数歩進んだところで、掴んでいたはずの手の感触が消えた。


「悪魔。今度は何処ですか」


「そっから三軒分戻ったとこのパン屋の前」


 イレイナが動いてしまう前に急いで向かう。


 彼女が依頼人で村まで共に向かうと分かった時、こっそりと悪魔と打ち合わせた作戦が上手く行ってるお陰で昨日よりは格段に見つけるのが楽になっている。


 作戦と言っても大したものではなく、悪魔に高所を飛ばせて上空からイレイナを探させているだけだ。


 人込みでも目立つ修道服が良い目印になっているようで、悪魔は直ぐにイレイナを見つけると場所を知らせてくる。


「失礼なのは重々承知ですが我慢してください。これ以上は時間が押してしまいますから」


 そう言って自分はイレイナの手を取るのでなく、彼女の腕に抱き着く。


 流石にここまですれば、逸れることは無いだろう。


 幸いイレイナも嫌な顔一つせず、寧ろ心なしか嬉しそうにしながら受け入れてくれた。


 それでも幾度かの逸れそうな危機を辛うじて防いだ自分たちはどうにかこうにか正門前の広場に辿り着くことが出来た。


 イレイナはここで待ち合わせているらしい、街まで一緒に来たという農家を探し始める。


 周囲をキョロキョロと見渡していると、少し酒焼けした声の、麦わら帽子を被った初老の男が荷馬車の上から声を掛けてきた。


「おーい、こっちだイレイナさん」


 どうやら彼が待ち合わせの相手らしい。


「おやおやイレイナさん、いつの間に娘が出来たんだ?」


「ウフフフ、今朝です」


「む、娘じゃないです! 薬草採取の依頼を受けた代行者のイー、じゃなくてキュエルと言う者です」


 妙齢の女性であるイレイナと自分、ではなくキュエルは母娘のように見えるらしい。


 腕に抱き着く姿がより拍車を掛けてしまっているようだ。


「はっはっは、冗談だよ。俺の名前はガデンってんだ、よろしくな。それにしてもえらく若い代行者さんだな。まあとにかく乗りな、村に着くのが遅くなっちまったらかみさんにまたどやされちまう」


「そうなったらまた私が迷子になったせいだってきちんと説明しますよ」


「それはそれでイレイナさんから目を離すなってどやされるってもんだ」


 どうやらガデンは恐妻家らしい。


 急かされながら自分たちが荷馬車に乗ると、ガデンは手綱で馬に指示を与えゆっくりと走らせ始めた。


 正門前の広場もご多分に漏れず込み合っており、馬車や馬が多く行き交うこともあって正門から出るのにこれまた時間が掛かってしまう。


 だが正門を出てもまだまだ混雑は続き、街道は渋滞していた。


 思うように荷馬車がスピードを出せないのが不満なのかガデンは溜息を吐く。


「相も変わらず帝都の出入りは面倒だな」


「人が集まる場所ですから仕方ありませんよ。焦っては事故の元ですし、ゆっくり行きましょうよ」


 イレイナは誰もが辟易するこの状況でも落ち着いており、ガデンを諫める。


 自分もどのみち時間が掛かるのは予期していたのであまり焦ってはいないが、悪魔は違うらしい。


 退屈を持て余したのか、その辺を飛び回って馬車の中を覗いたりして暇を潰している。


 本当なら止めたいところなのだが、空に向かって悪魔と叫ぶわけにもいかないのでぐっとこらえた。


 後で与える予定の天罰を一つ追加しておこう。


 渋滞と言っても完全に動きが止まっている訳では無くゆっくりとだが進んではいるので、少しずつ帝都から離れるに連れて段々と渋滞は解消され始めた。


 完全に帝都が見えなくなった頃には渋滞はすっかりと解消され、荷馬車はスピードを上げて街道をひた走る。


 馬の休憩の為にしばしばの停車を挟みつつも道中問題なくお陰でかなり進めたようで、どうにか村と帝都の間にある唯一の宿場町に日が落ち切る前に着くことが出来た。


 夜通し走れば夜明けまでには村に着ける距離にこの宿場町はあるらしいが、今日はここまでにするそうだ。


 夜道を進むのは色々とリスクが高いとのことだ。


 ガデンの知り合いがやっているという安宿に部屋を取った三人は適当に食事を済ませると早めに就寝することになった。


 明日は朝一番で出発するからだ。


 ただ、ここで問題が起きる。


 部屋の空きが無かったせいでイレイナと自分が同室になってしまったのだ。


 これでは自分がキュエルから出ることが出来ない。


 キュエルの体への負担を考えると休める時にはきちんと休ませておきたい。


 一応は自分が入った状態でも眠ることは出来るが、恐らくそれではキュエルの精神が休まらないだろう。


「とりま寝たフリで誤魔化して、イレイナが寝てからキュエルっちから出ればいいんじゃね」


 どうしたものかと悩んでいると、悪魔が事も何気にそう言う。


 シスターを騙す形になるのは天使としては如何なものかと思うが、今は悪魔の案の通りにするしかない。


 優先すべきはキュエルの健康なのだから自分の心苦しさなど些細な問題だ。


 幸いにも寝巻に着替えてベッドに入ったイレイナは直ぐに寝息を立て始めた。


「キュエル、体を返しますが頭まで毛布を被っていてくださいね」


 イレイナの顔を覗き込んでちゃんと眠ったか確認した悪魔の合図で自分はキュエルの体から出る。


 半日ぶりに体の自由を取り戻したキュエルは、体の感触を確かめる間も無く猛烈な睡魔に襲われてしまう。


 どうにか毛布を頭まで被ったところでキュエルは眠りの世界へと旅立つのであった。

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