第4話

 だが、悪魔同様に日頃の豪華な食事と運動不足で生活習慣病は確実であろう量の脂肪を蓄えているキュエルの主人が、豪快に贅肉を揺らしながら数歩走ったところで何かが風を切り裂く音がした。


 直後、金属が床に落ちて転がる甲高い音が聖堂内に鳴り響く。


「やっぱそうくると思った。微塵切りコースけってーい」


 久しぶりに大暴れ出来ることへの期待から、伸びた血の滴る蛇腹剣を引き戻しながらあーしは唇を舐めた。


 別に天界との関係がどうとか言う話に興味は無いし、魔界から人間界へ行った同族たちが何をしでかそうとどうでもいい。


 てか、悪魔たる者やりたい放題好き勝手やってこそだとあーしは思うから、別に放っておいても良いんじゃね、とすら思ってる。


 じゃあ何で今回の仕事を引き受けたのか。


 そんなの簡単だ。


 天界との和平のせいで、大好きで大好きで堪らないバトルが出来なくなったから。


 あーしにとって天使とのバトルは、殺し合いはとにかくブチ上がる最高の時間だった。


 まあ、別に相手は天使じゃなくて同族でも良いんだけどね。


 その辺の石ころからここまで成り上がるのに何人もヤった訳だし。


 だったら悪魔同士でやり合えばいいじゃんって話だけど、天界との戦争で人手不足だからって魔王様が同族で争うのは禁止って鶴の一声。


 そんな訳で魔王様から今回の仕事を命令された時はめちゃんこ嬉しかった。


 だってまた好き放題戦えてブチ上がる日々が過ごせると思ったから。


 ウザったい頭カッチカチのオマヌケ天使が一緒なのは最悪だけどそこはまあ、我慢我慢。


 さて、人間界で初めてのバトル。


 体の方は借り物だからちょっち動きとかに違和感あるけど許容範囲内って感じ。


 相手はザコっぽいけどそこそこ魂取り込んでそうだからちょっとは歯ごたえがあると良いな。


 そんなことを考えながらあーしはおデブちゃんの出方を伺う。


 だけどおデブちゃんはあーしの期待通りの行動をしてくれなかった。


 音のした方を見た悪魔は自らに何が起きたのかを悟った。


 手に持っていたはずの剣が落ちていたのだ、それも、手と一緒に。


 あまりの速さと蛇腹剣の切れ味の良さで気づかなかったらしいが、知覚した途端に激しい痛みが悪魔を襲う。


 悪魔は鮮血が噴き出す手首をわざわざ視なくてもいいのに、目が捉えて離さないのか直視しながら痛みのままに泣き叫び膝を付く。


 拷問好きな悪魔と言えど、本人は痛みに酷く弱かったらしい。


「……ザコ過ぎじゃね、アンタ。マジ期待外れなんだけど。片手切られたくらいで泣くなし! どーしてくれんのよあーしのパッション! 大戦以来まともにヤってないからこっちは欲求不満で爆発しそうだってのに!」


 地団太を踏んで悔しがるリリスの身勝手な言い分は悪魔の耳に一切入ってはおらず、痛みの余り混乱してしまった彼はこの場から逃れようと、手首を抑えながらイチかバチかで聖堂の入口へと向かって走る。


 しかし入り口を背に立つリリスがあっさり通して逃がす訳も無く、大きな溜息と共に彼女は拳銃を構えると引き金を引いた。


「なーんかメチャ萎えたわ~。マジテンサゲなんだけど」


 やっぱザコはザコってことなのね。


 眉間を撃ち抜かれ糸が切れた操り人形のようにキュエルの主人は倒れた。


 もうアンタの負け決定何だからさっさと出ろっての。


 口には出さないが態度に言いたいことがこと滲み出ているあーしの考えを察してか、いや、ただ単にこと切れて最早何の役にも立たない入れ物からおデブちゃんは最後の悪あがきで勢いよく飛び出した。


 ワンチャン逃げ出せるかもって思ったみたいだけど、あーしが取り逃がす訳がない。


 聖堂から逃げ出せなかった時点で察して腹括れっての。


 悪魔が飛び出た瞬間、あーしは手に文字や記号が複雑に組み合わさった円形の魔法陣を展開させ、大きく振りかぶると悪魔に向かってブン投げた。


 我ながら完璧でパーフェクトなフォームだと褒めたくなるナイスなフォームで投げた魔法陣は見事に中心部に悪魔を捕らえた。


 悪魔を捕らえた魔法陣は少しずつ、少しずつ小さくなりギチギチと締め上げる。


 どうにかこうにか逃れようと死に物狂いで悪魔は藻掻くが、締め付けが緩まることは無かった。


「おデブちゃん、魔界帰ったら魔王様にリリスちゃんはちゃんと仕事しててイケてるかわいこちゃんだったって言っといてね。よろ~」


 体が上下に分割されそうな程に魔法陣で締め上げられた悪魔の耳に彼女の言葉が届いていたのかは分からないが、返事とばかりに断末魔の悲鳴を上げた悪魔は魔法陣と共に消え去った。


 一丁上がり、どんなもんだとあーしはどや顔でおマヌケ天使にピースしてやる。


「どーよあーしの実力。マジパネエっしょ」


 流石にいちゃもんのつけようの無い実力を見せつけたおかげでおマヌケ天使は突っかかりようが無いらしく、そっぽを向いて鼻を鳴らした。


(と、とんでもないことしちゃった)


 自由の利かない視界に映る血の滴る蛇腹剣に、キュエルは背筋にねっとりと張り付く罪悪感に襲われる。


 体のコントロールを預けていたとは言え、悪魔に望み自らの手で主を殺めてしまったのだから当然だろう。


「悪魔、直ぐに彼女から出なさい。おふざけは無しです、早く」


 真面目なトーンで、馬鹿にしたり見下しての命令では無いことは感じられたからあーしは大人しくキュエルっちの体から出た。


 体の自由を取り戻したキュエルは膝を付くと真っ青な顔で震える。


「あっちゃー、根が真面目ちゃんはこうなっちゃうのね。マジメンゴ」


 あーしは一切おふざけ無しで謝ったつもりだが、少し軽薄な謝り方に聞こえてしまったらしくおマヌケ天使に睨みつけられてしまう。


 流石に空気を呼んであーしは突っかからずに両手を上げて降参の意を示しながらこの場をおマヌケ天使に譲る、というよりは投げる。


 多分あーしじゃキュエルっちを落ち着かせられないから。


「落ち着きなさいキュエル。貴女のせいではありません。やったのはあの悪魔なのですから貴女は気に病む必要はありません」


 おマヌケ天使は懸命に慰めているつもりッぽいけどキュエルっちは落ち着きそうにない。


 それどころか堪えていた物が限界を迎え嘔吐してしまい、そのまま気を失ったしまった。


 気絶したキュエルっちを前にあたふたしているのを見て、これ以上任せていても無駄だと思ったあーしは、おマヌケ天使を押しのける。


「おマヌケ天使、今からあーしがすること、何にも言わないでね。この娘の為だから」


 投げて置いて任せろなんて我ながら身勝手な気もするが、そこは悪魔なのだから別に気にする必要は無いっしょ。


 キュエルっちに入ったあーしは汚れた口元を服で拭って体を立ち上げると、聖堂を後にするのだった。

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